第44話 小さな集落 グリジネ


 ウインが病気になってしまいました。

 “メヌシュン病”――

 地球にないものです。メヌシュンとは怒りの感情。これが大暴れしてしまう症状なのでした。


 アリバベルのふもとで出会ったグーグー族の三人の男性を、探すことにします。

 現地の人間が風土病の手がかりを知っている可能性が高いからです。有害物質が原因ならばバノの魔法で解毒げどくすることも可能になります。

「なんにせよ、原因を特定しなければいけない」

 バノの考えどおり、原因を知っている可能性のあるグーグー族を探すのがよさそうです。

 ハートタマが中心となって、グーグー族を探すことになりました。


「オイラの感応は、知ってると思うが、近けりゃ近いほど感度がいいんだ。そのグーグー族の三人がいたところからたどる手があるけど、どうだい?」

 アリミツ・ドリンクを飲んでハートタマは元気が回復しています。世話になったから働きたいそうです。

 ハートタマの言葉にカヒが「わ。イヌが匂いを追いかけるみたい」と言ったので、トキトが吹き出しました。

「イヌの尾行屋さんだな、ハートタマ。何でも屋が開業できるんじゃね?」

「おう。つぎにヒトに転生したら、殺しから子守りまで、なんでもやりますの何でも屋になってやるかな!」

 いつものジョークのやりとりでした。

 アスミチがウインと、彼女を寝かしつけているバノを見やります。

「ウインが眠ってくれてよかったね。ジョークも怒られちゃいそうだから」

 アスミチはさっきいちばん厳しく言われました。それだけにしみじみと言いました。

 パルミがとりなします。

「わかる。わかるよ、アスっち。でも悪く思わないでやってよ。ウインちゃんの病気のせいなんだからね? あと怒りながらでもアスっちの気持ちすんごく考えてたっしょ?」

 言われると、そのことも思い出せるアスミチです。

「うん。あのおかげでぼくはリスタートできた気がしてる。もしウインが言ってくれなかったら、本当の気持ちをバノに伝えられなかったかもしれない。バノの本心を気にしてびくびくして過ごしたかもしれない」

 自分の気持をこうして全部隠さずに言えるのも、さっき破門なんていう状態になったからかもしれません。

「わかってるアスっちだねぃ。パルミ安心した」

 カヒも一言つけ加えます。

「うん。ちょっと言葉が強くて感情が出ているけど、いつものウインがしゃべってるって思えた。病気だもん、治せばもとにもどるんだよ」

 アスミチの視界の隅に、バノが見えます。ウインを抱えながらしきりにうなずいているのが見えました。バノも含めた全員、思うところは同じだとわかりました。

「ウインが起きたときに私がいなかったら、心配するだろうから、バノは残ることにするよ」

 そのあとに「ね、カヒ」と付け加えるバノでした。仲間たちは感応の力の強いカヒに念を入れて聞いたのだと思ったでしょうね。

「うん。ありがとう、バノ」

 カヒはカルバ・エテラが落ちた夜のことを覚えています。あのときバノに伝えた言葉がちゃんと心の奥まで届いていたと知り、嬉しく思いました。


 ネリエベートがひかえめに手をあげています。

 彼女は仲間のグーグー族を追ってドン・ベッカーに乗っている同行者。一時的な仲間にすぎませんが、ときどき重要なアドバイスや情報をくれるのです。

 今回もドンタン・ファミリーに協力してくれるつもりのようでした。

「トキトの言葉だけど。私、まさにイヌの便利屋さんだからね……?」

 トキトに上目遣うわめづかいで、少し「怒りを覚えています」というような表情を作りました。

「おわあっ、ごっ、ごめん、ネリエさん! 俺そういう意味で言ったんじゃない……あば、俺、獣人変化を教えてもらったくせに……えっと、俺も、あの、弟子失格だったりすんの?」

 素直トキトが言ったのはジョークではなかったのかもしれません。本気で申しわけないと思ったので、つい弟子失格などという言葉が出たのでしょう。

 でもこの発言のおもしろさに、ネリエベートが笑ってしまいました。

「あは、あっはははは! そういうところも、どこかウーキラを思い出させるのね、トキト! あなたたちはきっといいコンビだったんでしょうね。さっきのは冗談。ちょっとだけ気をつけてくれればいいからね、ちょっとだけね」

「うっ、ご、ごめんね?」

 きっと恋人のウーキラとも、こんなやりとりがあったのに違いないと仲間たちは想像するのでした。

「それで、このネリエベートは、文字通り鼻が利くの。イヌの特徴を強く出せる生まれつきの獣人だからね」

 カヒがわっと声をあげます。

「そうだよね。あんなに小さくなれて、完全にミニチュアダックスフントになれるんだもん。じゃあ匂いで追跡、できるの? 警察犬みたいに」

 アスミチが獣人変化ではもとの生き物の特別な能力は使えないと話したばかりでした。そのことをカヒも覚えていたのです。ネリエベートは笑顔です。

「できるよー! でもケイサツケンっていうのがわからないわ。なにか追跡したり捜査するイヌか獣人が、地球にいるのかしらね」

 ネリエベートは近世界人なので、地球のことがわからないのです。パルミが訂正を加えます。

「ごめんにぃ、ネリエっぴ。地球には獣人はいないのん。警察犬っちゅーのは、訓練する人といっしょにがんばって、強盗をした人とか、悪い薬を持っている人を追いかける仕事をして人間からも尊敬されてるイヌなんだよん」

 アスミチは気づきました。

 ――パルミが説明してくれた。いつもならウインかぼくが言いそうな感じのこと。パルミも、ほかの誰かの役割をしようとしてくれてる。照れ屋だから言わないでおくけど。ぼくは、覚えておこう。

 考えてみるとパルミは器用です。交渉、ゴーレムづくり、弓矢での戦いと、ほかのメンバーにない、オールラウンドな活躍をしています。病気になったウインの代わりに説明役も、負担しようとしたのでした。

「パルミ、ありがとう。それじゃ、ネリエベートはケイサツケンをやるからね! それにツチュたちの匂いがある。私の部族の男たちもアリミツ狩りの帰りにはツチュの匂いをぷんぷんさせてた。匂いでの追跡は、有効だと思うの」

 ハートタマもうれしそうです。

「おっ。オイラの感応か、ネリエの鼻か。どっちがすぐれているか、協力しながら競争な!」

 追跡チームの結成です。


 まず三人が追跡チームで確定です。

 居残りをしていたパルミ、警察犬の役目のネリエベートが、そして感応レーダー役のハートタマでした。この三人は戦いが得意とは言えません。パルミが弓矢を使えてゴーレムを作れますが、接近戦が心もとない組み合わせです。

 ウインとバノが今回も残ることが確定しています。イワチョビは移動速度が遅いため、カヒ、アスミチも年下組なので待機することになりました。

 ここはやはり、トキトがふたたびチームを率いるのがよさそうです。危険に出会う可能性を考えると、それしかないのでした。ただトキトも探検チームで帰ってきたばかりです。疲労の問題を仲間たちは心配します。

「いんじゃね? 俺さっきのアリバベルじゃ、アスミチとカヒにだいたいやってもらっちゃって。ひと働きしておきたいって思ってたし」

 トキトが無理をして言っている感じではありません。楽をしたわけではなく、アリバベル内でのリーダー役は負担であったことはみな理解しています。けれどここはトキトが同行するしかなさそうです。

 カヒが自分の折りたたみ風呂敷をパルミに渡して、「持っていって」と頼みました。それからなにかを頼んでいるようです。

 トキトも減っていた水や食料を補充して、さらにイワチョビが持ってきてくれた蒸しタオルで頭と顔をさっぱりさせました。

「おお、気が利くなあ、ドンは」

 感謝するトキトに、イワチョビの体でドンが答えます。

「うん。ウインお姉ちゃんが、親類のお姉ちゃんの運動帰りによく蒸しタオルを渡していたんだよ! それを覚えていたからね!」

 ウインは、気遣いのできる子なのでした。

「いつもウインお姉ちゃんは、みんなのことを考えてるんだ。今もね」

 眠っているウインを全員が見つめます。

 早く治療してやりたいと思うのでした。


 パルミもネリエベートも、冒険装備をあらかじめ準備していました。アリバベル探検チームを救助する場合を考えていたからです。もう、出発できます。

 アリバベルは大きく見えています。

 まずそのふもと近くまでゆき、グーグー族の追跡をするとなりました。


 イヌに変化したネリエベートと、トキトの頭に乗ったハートタマが、追跡役。

 トキト本人とパルミは、あたりを警戒。

 まもなくアリバベルのふもとに到着して、このコンビネーションで四人チームはグーグー族の三人を追いました。

 さいわい、半日と経っていなかったために匂いも人の気配もしっかり残っていました。


 トキトが質問します。グーグー族の去った方角へ進みながら。

「ネリエさん、グーグー族の三人は自分の集落に戻ったかな?」

 ネリエベートが答えます。ミニチュアダックスフントの姿です。服は着ています。

「そうね。ギシャーン・ツチュに井戸の木を奪われたのが数年前。新しい集落をどこかに築いているんでしょうね」

 聞いたトキトは、ポンロボ・ホンでアスミチに話しかけます。

「バノの持ってた地図と、ドンが保存した地図にも、このへんにそれっぽい集落はなかったんだよな?」

 すぐに居残りのアスミチから返事がありました。もう調べていたようです。

「集落の記録はないみたいだ。どうかな、見つけるの厳しそう?」

 アスミチの心配は無用だったようです。

 トキトの頭をピッチュの触手がぽすぽすと軽くタップしました。

「もう、オイラは見つけたぜ。おっと、ネリエのほうもこっちをおんなじ目で見てるな」

 ネリエベートも言います。

「うん。そうだよ。トキト、グーグー族の集落への道がわかった」

 どうやら追跡勝負は引き分けのようですね。


 パルミがみんなに伝えます。

「ね、あたしも獣人変化、やってみるよん! そのほーが移動速度が上がるっしょ?」

 トキトがパルミの背中をぽすっとタップします。さっきハートタマにされたからでしょう。

「やる気じゃん、パルミ。そういうの、いいな!」

「あったりまえっしょー。カヒっちに教わって伸縮自在の服にしたのも、あたしがいちばん上手にやれたんだからにぇー!」

 男子に触れられても、パルミは文句を言いませんでした。

 トキトは触れたあとになって、怒られるかもと気づいたのです。けれども、意外になんでもなかったので意外に思います。そこで考えました。

 ――あれっ、パルミが怒らなかった? 俺またデリカシーを忘れて背中を叩いちゃったけど。いつも男子に当たってくるのはやっぱり照れくさいからなんかな。女子って男子にそうやって当たるコミュニケーションするんだろうな、やっぱり。

 間違いとは言えません。でもイェットガでバノとアスミチが推測したとおり、トキトは「女子はからかってくるもの」と思っているのでした。


 まもなく集落が見つかりました。


 井戸の木ムアブ・トリチェラは生えていません。

 ムアブ・トリチェラがないとなると、水を手に入れるのがむずかしいはずです。そのためでしょう、枯れたワジの底に、多数のかめを並べて、地面にため池を作り、そこに粗末な家が二十戸ほど。

 ハートタマが言います。

「水がねえっつーのは、最悪だぜ。水が命のぜんぶの源なんだからな。オイラたちピッチュだって、草の露を飲んだりしなけりゃ生きていけない」

 トキトが「そうなんだな」と言うと、ハートタマは続けます。

「人間だったら毎日もっとずっと水が必要なんだろ? こんな荒野で、どこから水をくんで運んでくるんだろーな……」

 水を手に入れるのがむずかしい土地で生きていくのは、どれほどの苦難をともなうことでしょう。トキトたちは想像することもできませんでした。地球では上水道がどの家にも水を運んでくれたのです。

 集落の家は、土壁に木の補強材で囲い、藁屋根わらやねをふいてあります。小さい家がほとんどで、おそらく一戸に一部屋しかないでしょう。厳しい自然にどうにか立ち向かう最小限度の集落でした。

 ネリエベートがヒトの姿に戻ります。

「私が君たちの雇用主っていう体裁ていさいでいいかな?」

 トキトとパルミは大歓迎です。年長で同じグーグー族のネリエが交渉を担当してくれるのが最適でした。

 ハートタマはいつものようにトキトの上着にすべりこんで隠れます。


 ネリエベートを先頭に近づくと、すぐに若い男が出てきました。

 旅人と思われているようです。若者は警戒心もわずかに見せています。

「旅の人か! これは珍しい。名乗らせてもらいましょう。グリジネ集落のニマティ。そちらは……」

 そう言いかけて、気付いたようです。トキトに見覚えがあったのです。

 このときのトキトの容姿は成長魔法で十六歳くらい。グーグー族と違って赤みのある短髪で、地球の装束しょうぞくに近い服装。なによりダオーの青い色のラウンドシールドが目立ちます。

「俺はトキト。さっきの人だよな、ニマティ。ルシアさんを助けてほしいって頼んできた」

「ああ、ああ、そうだよ! あんたたちだけでも無事……いや、あんた一人だけか、帰ってこられたのは……残念だ!」

 沈痛な面持おももちを浮かべるニマティでした。

 しかも続けて、こう言い始めます。

「俺たちが、俺が、君に無理を言って押しつけたからだ……なんと言ってわびたらいいか。命であがなうことはできないが、できることはなんなりと」

 深刻な謝罪になってしまいそうです。

 トキトはあわてます。彼が勘違いしたと気づいたのです。あのときともにいたアスミチとカヒとイワチョビの姿がないので、ニマティがそこから「三人は帰ってこられなかった」と考えたのは無理もないことですが。

 すぐにニマティの言葉をさえぎって割りこみます。

「違う、違うからっ!」

 なにが違うのかニマティはわからず、きょとんとします。目がまだ深い心の痛みをたたえています。トキトはできる限り短く全部が伝わるようにしゃべります。

「俺もあとの三人も無事! 死んでないからなっ! あとルシアさんも蟻塚から脱出した! ちゃんと依頼も果たしたよっ。あの人は、女王をたっぷり観察したあとで、ケルシーに戻った!」

 一気に伝えました。

 トキトのセリフをパルミがとらえて言います。

「今の伝え方、トキトっち、ナイスなエクスプレッションだねぃ。ルシアさんが『知りたがり』っちゅーのを聞いたらニマっちもほんとのこと言ってるって信じるもんね。ね、そーよね、ニマっち!」

「ニ、ニマっちとは、君たちの部族ではそういう愛称で呼ぶのか」

「いんや、あたし個人の親しみを込めた言い方だけど? 同じ国の人間でっちゅーたら、何千人か、似たような言い方する人がいるかもだけど」

 パルミが「にしし」と言いながら笑いかけ、ニマティは数秒間地面を見ました。たぶん十五歳に成長したパルミに照れたのでしょう。



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