第43話 ウインが怒りっぽくなる

 アリバベルの冒険が終わりました。

 ドンタン・ファミリーとネリエベート、合流して全員がそろいます。


 乾燥したす大地の丘に着地点を定め、トキトから降り立ちます。

「俺から降りるから。見通しのいい場所のほうが危険が少ない。できれば岩場のほうがいいな。巨大アリジゴクなんてのもいたから」

 そんなことを言いながら、風魔法で速度を落としいくトキト。

 アスミチはとなりのカヒに言います。

「トキトも、ぼくたちに危険を避けるやり方を教えてくれているんだね」

「うん。みんなが得意なことを教え合うのって、なんだかいいね!」

 トキトが大きさが家くらいの平らな赤い岩を着地場所に定めました。風魔法をコントロールして、一メートルくらいの高さで停止、すっと降りました。アスミチとカヒも真似て、うまく着地できました。

 丘のてっぺんなので、あたりもよく見えます。

 水の流れが枯れてできたワジが東西にいく筋も走っているのも見て取れました。

「さて、と。ドン・ベッカーの方角は……」

 トキトの背中からイワチョビが離れて、少し北を見ています。

「ボクも、本体との距離や方角は、そんなに正確にはわからないんだよね」

 と言っています。トキトがふと疑問を覚えて聞きます。

「そのわりには、距離が離れていてもイワチョビの体は普通に動いてたよな? 意識が届かないとかそういうの、ないの?」

「えへへ。忘れてるの、トキトお兄ちゃん。ボクはみんなからちょっとずつ魂を分けてもらってるからね! みんなの誰かがいるところなら、平気、ナンダヨー」

「あ、そういう理屈なのか!」

 会話にカヒが参加します。

「またバノの腹話術のしゃべり方だね! わたし、それ好きかも」

「カヒお姉ちゃんがそう思うんじゃないかと思って、意識して、ヤッテルンダヨー!」

 カヒが好きと言ってくれたのがうれしいらしく、イワチョビは手足をぴこぴこと動かしました。もうトキトから離れたので、大きく動かしました。


 アスミチの襟元から、ウインの声が聞こえます。

「こらー、探検チーム! こっちはもう君たちを見つけてるよ。ドン・ベッカーの腕を振ってもらうから、合流を急いで!」

 イワチョビが答えます。

「はい、ウインお姉ちゃん。本体のドン・ベッカーの腕を振るよー。カヒお姉ちゃん、視覚強化でボクの本体を見つけて、ホシイヨー」

「あはは。すぐに見つけるね!」

 まもなくワジの底で手を降るドン・ベッカーをカヒが見つけて、無事に合流できることになりました。

 獣人変化で速度を上げることにします。イワチョビはふたたびトキトの背中。背負って走るのだそうです。トキトがそこまでして急ぐ理由を言います。

「なんとなくウインが、怒ってたからさ。ハートタマが病み上がりなのに無理してダウンしちゃったとか、かも?」

 アスミチもトキトに同意です。

「あ、そうだね。ちょっと違和感あった。いつもならウインはみんなに『四人が無事でよかったよ。ご苦労さま』みたいに言いそうなのに、開口一番『こらー』だった」

 カヒも同じ感想を抱いていました。しかもカヒは感応の力で、もう少し感じ取ったことがあるようです。

「たしかにウイン、いつもと違う感じだったね。トキトとアスミチの言うようにハートタマが心配っていう気持ちもあると思う。でも、なんだか……もっと怒ってた。ウインらしくない感じ、すごくしたんだよ」

 トキトとアスミチも、カヒの感応の力をよく知っています。強い感情を感じ取れるのです。

 なんだか不安になる三人でした。


 嫌な予感は的中します。


 ベッカーに戻っていつもの八人とネリエベートがそろったのです。

 そのとたん、ウインがマシンガンのように文句を言い始めたのでした。

「トキト、アリミツをたしかめずに舐めるなんて、危ないでしょ? 君はいつもそういうところがある」

 これくらいはでも、トキトを心配してのこととも思えます。ところがだんだんヒートアップしていくのです。

「カヒ! 君は今日は急ぎすぎてたよ。会話が聞こえてたけど、全員のやることを見習って自分もしたいって思う気持ち、わかる。でも戦いで前に出るのは危険なんだから。無茶している場面もあったからね! 特に最初の赤い兵隊アリのときは、もっと慎重にするべきだった」

 バノが「どうしたんだい、ウイン? まずは休憩でもいいじゃないか」となだめるようなことを言いましたが、ウインは聞こえていないのか、無視してしまいました。

 くるっとアスミチに振り向いて、いつものウインだったら決して言わないようなことを口走るのです。

「アスミチ! 間違いを反省したのはみんな褒めてたけど。でも好奇心をおさえきれずにルシアさんの弟子になりたいっていう気持ちが隠しきれていなかった! あれじゃ師匠のバノちゃんの立場がないでしょ!」

 ここまで言うと、ファミリーの中の雰囲気がぎくしゃくしてしまいかねません。

 バノの気持ちの話まで言い始めてしまいました。

 パルミがおろおろとしながら、ウインに言葉をかけます。先ほどはバノの言葉が届いていなかったのではないかと思っています。いつものウインだったらバノを無視することはないし、言えば間違いをすぐに直してくれる性格なのです。

「ウ、ウインちゃん。ちょっち、ペースを落とそうよ。いっぺんに言われるといくらアスっちでも受け止めきれないかもだから、さ? アリミツせっかくあるんだしょ? みんなであまーいアリミツ・ドリンクを楽しみながら、ゆっくりお話、しよ?」

 パルミは年上組のトキト、ウインのひとつ下です。自分も年下組に分類されることが多いけれど、アスミチやカヒが言いにくいことでも、パルミなら言える場面があるのです。それをわかっていて調整役を買って出ることが多くなってきました。

 ウインはパルミを横目でじろっとにらみます。こんな仕草も、今までしたことがありません。目は怒りの色を帯びています。

「パルミの言いたいことはわかるけど! でもアスミチに最初に態度を決めてもらわないと、どっちつかずの気まずさが続くでしょ? だから今、ちゃんとしておこう。そのあとでアリミツを楽しんだらいいよ」

 なんとパルミの提案も即座に却下してしまいました。まったくウインらしくありません。いつものウインは、副班長として、年下の意見をまとめたり、バノやトキトの先走りがちな思考や行動を言葉で説明したりしてきました。調和を自分から乱すなど、考えられないことです。

 ウインはびしっと人差し指をアスミチに突きつけます。

 鼻先二十センチメートルくらいに迫ったウインの指を、アスミチはびっくりして無言で見つめるほかありません。

「アスミチ! 今、ここで君はバノちゃんの弟子をやめてもらいます」

 息をひとつ吐いて、吸って、ウインは言いました。

「君は、破門です!」

 とんでもないことを断言してしまいました。

 

 バノとトキトが目配せしあっています。

 トキトが足を一歩踏み出しました。バノはうなずきます。トキトに任せるという意味です。

「ウイン。わかった。アスミチの話も必要だよな。けど、パルミの言う通りアリミツ・ドリンクを飲みたいってみんな思ってると思う。アスミチにはそんときに考えてもらって答えてもらおうぜ。俺たち、休憩なしでアリバベルを踏破してきただろ? 疲れちゃって」

 すかさずドンキー・タンディリーが全員に語りかけてきました。

「そうだねー。じゃあワジの砂地をならして、ボクの腕で日陰を作るよ! パルミお姉ちゃん、テーブルと椅子を作ってくれる?」

 パルミはぴょんと跳ね上がるようにして答えます。ウインの剣幕におどろいて、固まっていたのです。

「あ、あいあい! んじゃ、出口からつるっと滑って下りて、ティータイム準備するよん。カヒっちはドリンク準備できる元気、残ってるかに?」

「残ってるエビ!」

 パルミとカヒがベッカーを下りていき、パルミはテーブルセットの準備、カヒはドンの左足のスミヒエオ(冷蔵庫)でドリンクの準備をします。

 バノがウインの後ろから近づいて、「まずは探検チームの疲れをとってもらおうか」と、ことさらにやさしく言いました。そしてウインの両肩を軽く両手ではさむようにして、自分の体にくっつけて、歩かせます。

 ――む。体が熱いな。

 バノはすぐにウインの体調の異変に気づきました。

 ――無理をしていたのはハートタマだけではない。全員が、限界近くまで疲労してもおかしくない日々だった。免疫低下や、どこか変調くらい引き起こしてもなんの不思議もない。

 この思考はハートタマに依頼してウイン以外の全員に届けられました。

 ネリエベートがヒトの姿で、バノとウインに近寄ります。

「ドリンクを作ったら、疲れを癒やしたり体調を整えるハーブをみんなに出そうと思うの。待っている私たちも、じっとしているぶん、心が緊張したでしょう?」

 薬草やハーブにくわしいネリエベートがそう言うのは不自然ではありません。

 でも意図ははっきりしています。

 ネリエベートの心もウイン以外に届きます。

 ――みんな、ウインを休ませてあげて。探検チームのことを誰よりも心配していたのはこの子だからね。

 全員が同じ気持ちでした。


 午後のティータイムとなりました。

 アリミツは、イェットガで仕入れたミルクや調味料とも相性がよく、飲みやすくて甘い味のドリンクが何種類かできました。

 ハートタマは、わざとらしさを隠しきれずに言います。

「なんだこのアリミツっつーやつ! 甘くて、いろんな花の蜜が混じってて、こりゃあ滋養がたっぷりだなー! オイラこんないいもん飲ませてもらえて、幸せもんの果報もんだぜ。探検チームに蟻塚に入ってもらって、ほんとよかったなー!」

 結論までぜんぶ言ってしまったので、ほかの者が受け止めづらくなってしまいました。

 カヒがドリンクについて言います。

「折りたたみ風呂敷の中だったらミルクも傷みにくいんだって。だからしばらくこのドリンクを楽しめるよ。蜜はいっぱいあるから、ほかの料理にも使えるし、うれしいね!」

 みんな口々に「そうだね」「やった」などと言って同調しました。

 ただ、ウインは暗い顔をしています。むずかしい表情が、「まだアスミチの問題が結論を出していない」と無言のうちに訴えています。

 トキトがバノに思念で相談します。

 ――悪いけど、バノ。ウインが破門つったのは言い過ぎだけど、一度そういうことにして、もう一度アスミチを弟子にする流れにできないかな?

 リーダーとして、いちばん穏当に「元通り」になる方法を考えていたようでした。

 バノも同意です。

 ――それがいいだろうね。ウインはおそらく病気だ。この世界には地球にない風土病がある。あとで治療法をさぐることにして、今はトキトの言う通りにするよ。

 ――おう。ウインは悪気はないと思うから、穏便に頼むよ。

 ――もちろんさ。私にとっても大事な妹だからね!


 バノは短くアスミチに心のメッセージを送り、思うところを伝えました。

 それから、ウインにしっかり聞こえるように宣言します。

「ではアスミチ。君は破門だ。私の弟子ではない」

 アスミチはこれが芝居だと知っていました。バノは破門をすぐに解くつもりで言っているのです。ウインに納得させるために。

 ――うわ、うわ……わかってるのに、本気でバノがぼくを見捨てたわけじゃないってわかってる……のに!

 目に熱いものがこみあげてくるのをアスミチは必死にがまんしました。

「わか……わかった。わかりました。ぼくは弟子をやめます」

 ウインの表情に全員が注目しています。もっと怒ったりするのでしょうか。

 そんなことはありませんでした。

 ウインが真っ先に涙を流し始めたのです。

「そ、そうだよ。バノちゃんも、アスミチも、辛いよね……泣いていいんだよ……でも、ちゃんと、しなくちゃ、いけないんだから……ね。アスミチ、選んで。ルシアさんをルリビリで追いかければ、間に合うから。ルシアさんの弟子になりたい気持ちがあるって、認めてた、でしょ? でも、バノちゃんだって、いい師匠だと思うよ? アスミチといっしょにいてもっと教えたいこと、あると、思うよ? どっちの、弟子になりたいの? 今、選んで、アスミチ」

 みんな理解しました。ウインは別人になってしまったわけではないのです。

 バノのこともアスミチのことも大事にしたい気持ちが、これほど強く残っています。

 けれど、その気持ちを表に出すとき、怒りのフィルターを通してしまうようでした。

 バノはウインの肩に手を置きました。ウインはそこで言葉をつぐみます。涙と鼻水は止まっていません。

 さらにバノはもう片方の手でウインの片手をそっと握りながら、言います。

「アスミチ、聞いてのとおりだ。君は自由の身になった。選ぶことができる。ルシアは事実だけを語っていたと私も確信する。彼女の弟子になればいずれ宇宙船を建造して地球に帰るという手段が取れるかもしれない。それを認めよう。だが、私も君という弟子……いや、君という弟がいとおしい。手放すのは身を切られるような思いだよ」

 ウインがしゃくりあげ始めました。パルミとカヒがもう片方のウインの手に手を重ねています。

 アスミチは、一人、まっすぐバノを見つめています。

 涙は目の表面に盛り上がっていたけれど、こぼれていません。

「ぼくは、バノの弟子になって学びたい。ぼくの理想はバノだから。だから、あらためて、弟子にしてもらえませんか?」

 途切れずに言えました。

 バノは答えます。言うべきことは決めてありました。しかし自分の手がこまかい震えを見せ始めていることにバノは気づきました。自分が動揺している自覚などなかったというのに。バノは自分の気持ちにも気づくこととなりました。

「いいよ。アスミチ、じゃあ弟子として、これから私とともに学び、地球への帰還方法を探していこう」

 バノはそう言って、精一杯の笑顔を作ります。ウインが自分の横顔を見ているのは気づいていました。

 ――一片の嘘も偽りもないさ。ウイン、君の感応の力ならそれがよくわかるだろう?

 ウインはなにも言いませんでした。

 アスミチは、大きくうなずきます。声に出してもはっきり言います。

「うん!」

 これで、ウインも納得したようです。


 お茶の時間が終わると、バノに抱えられるようにして、ウインは眠ってしまいました。

 ネリエベートがウインの飲み物に心が安らぐ薬草を入れておいてくれたのも効果があったのでしょう。

 パルミがゆっくりと椅子を変形させる魔法をかけてくれました。ドンキー・タンディリーの腕の下の木陰に、大きな石のソファが生まれて、二人の体をすっぽりと収めています。

 ハートタマがウインの症状に心当たりがあるようです。

「こりゃあ、“メヌシュン”の大暴れっつー病気じゃねえかな」

 カヒが聞き覚えのない言葉を聞き返します

「メヌシュン? 大暴れ? どういう意味なの?

「心の中に、俗に言う喜怒哀楽っつー感情があるだろ? こっちの人間はそれぞれの感情に名前をつけてるみてーなんだ。怒りの感情はメヌシュン」

 ネリエベートがあとを引き継ぎます。

「ハートタマの言う通りね。よその地域にはあまり見られない、ダッハ荒野で多い感情が暴走する症状。命に関わりがあるようなことにはならないはずだけれど……この状態で旅を続ければトラブルのもとだし、ケルシー集落で騒ぎを起こしたりすることになったら、目立ってしまうでしょう?」

 トキトが答えます。

「それは困るな。誰よりもウインが、きつい思いをすることになるからさ」

 リーダーがウインのことを心配してくれて、まわりのみんなも安心する思いでした。騒ぎになって旅がむずかしくなったら、まさにウイン本人がつらくなってしまうでしょうね。

 ネリエベートは言います。

「手持ちの薬には、特効薬は、ないの。けれど、地元の人間なら、治療方法を知っていることが多いものよ」

 カヒが、ぴんと来ました。

「そうか。地元の人、わたしたちは知ってる。グーグー族の三人の男の人、あの人たちは地元の人だよね?」

 トキトが賛成します。即座の判断でした。

「それ有力な手がかりだよな。みんな、俺たちがアリバベル前で出会ったルシアさんの護衛をしていた三人の行方を探したいんだけど、いいか?」

 全員が賛成でした。

 ハートタマがふわっとトキトの頭の上に浮いて、明るく言います。

「だったら、オイラを頼ってくれ! 知ってるだろ、オイラは人間がいる場所を感知することができるぜ。今度はオイラがキョーダイたちに、ウインに恩返ししたいんだ」


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