第46話 親玉

 ニマティにやさしくしてやればよかったかも――

 そうパルミが言ったのでした。


 今、帰り道にはネリエベートという大人の女性がいます。

 パルミにとって幸いと言えるでしょう。彼女の言葉を受け止めるのは大人のほうが適しています。

 今日のネリエベートは大いに助けになりました。グリジネ集落でなにもかもがスムーズに行ったのは同じグーグー族の彼女がいたからだし、薬草の知識があってギンリンソウの細かな注意点もすべて聞き出してくれたのです。

 ハヤガケドリを呼び、やってくるのを待ちます。

 居残り組のカヒから、魔法道具の尾羽根おばねを借りてありました。それを使ったのでほどなくハヤガケドリが現れるでしょう。

 ネリエベートは眠気が多少強まってきたようです。でも、パルミに話しかけます。

「やさしくすればよかったって、どうすればよかったと思ってるの?」

 そう問い返されるとパルミも頭を抱えます。

「うにゃにゃー、どうする、っちゅーのはないんだけど……あれかねぃ、コンビニでお釣りを渡す時みたいにちょっと手を重ねるみたいに、こっちからも握手っぽくしたら、ニマっちはうれしいって思ってくれたかなー、とか?」

 パルミは小学五年生です。まだまだ異性の気持ちがよくわかりません。

「それをしたらニマティ喜んだでしょうね。ちょうどいいと思う。彼が、パルミに好意を持っていたのは感じ取ってたのね。よく見ていてえらいよ」

「うん……今まで学校とかだとさあー、男子が多くて、いちいち触ってきたり、嫌なことを言ってきたり、多かったからね。そんで、男子が近寄らないように、わざと嫌われるようにしたりさー、してたんだけど」

「うん、地球では嫌なこともあったんだね」

「そーなんよねー。でもこっちの世界に来たらさ、シルミラでもトアッカでもイェットガでも、そんで今のグリグリ村でも、みんな素直にあたしに興味があるなら好かれようと思ってくれてんのが、なんかわかったんだよねぃ……」

「グリジネ集落、ね」

 と、アスミチがいないので、ネリエベートが訂正役ていせいやくねました。そして続けます。

「そうだね。ま、ウーキラは、違ったと思うけど? パルミを見て美人だなと思っても、そういうアプローチは一切なかったと、ネリエは思うけどね?」

「にゃはー、なかったよん。ウーキラっぴは紳士しんしだった。んで、俺は恋をしてるーっておノロケ言ってたよん。んー誰のことかな、そんな素敵な恋って誰にしてたんかにゃー?」

「やだもう、パルミ! 大人をからかって。でも、もっと言っていいのよ? ウーキラは浮気者じゃなかったのなんて知ってますけど! でもパルミやバノやウインやカヒを見てもみんなかわいいけど、なびかなかったのね」

「そだよーん。あー、そーゆーのがいいんだよねぃ……あたしそういう恋のほんわかにも、弱いんだぁ」

 そんな話をしているとハヤガケドリがやってきました。

 トキトの頭の上に出てきたハートタマが言います。

「んじゃ、女子トークの続きは騎乗中にしたらいいぜ。オイラが思念で補助すっから、大声じゃなくても会話できるだろーぜ」

 トキトがハートタマのお腹のあたりをぽす、っとタップします。

「気が利くな。さすが年のこう

「オイラわりと生まれてたぶん数年だけどな……魂は、アダルトだぜ。たぶんな!」

 ハヤガケドリ三羽に分乗ぶんじょうして、ドン・ベッカーのある野営地に戻ります。

 先ほどの会話に出たように、今日の活動はそこで終了となるでしょう。

 ギンリンソウの洞窟は、明日の課題です。

「ウインちゃんには、明日まで待ってもらわないといけないにぇ……」

 パルミがきゃしさを込めてつぶやきました。

 アリバベル攻略で半日をついやしましたから、仕方がないスケジューリングです。


 騎乗中、ネリエベートが、こうパルミに話すのでした。

「さっきの話だけど。パルミはニマティにも十分にやさしかったよ? 君、ニマティが君にかなり興味を引かれてたのに、はじめから気づいてたんでしょ?」

「あり……ネリエっぴ、敏感だね……まあ、はじめから、視線があたしに何度も向くよなーって思ってたよん」

「パルミに木材を渡すときにも、ニマティがちょっと手に触れたりして。でも邪険じゃけんにしなかった。それも、がんばったんでしょ?」

 パルミはこれを聞いて、鼻の奥がつんとしてしまいました。

「うえ、ネリエっぴ、わかってくれて、あんがと……」

「パルミが嫌な思いをしてきたの、ちょっとはわかるの。私も薬草師で、よその集落を回ったりしたからね。女はね、なにかと危険を覚えたりする」

 トキトは口を出さずに聞いています。

 ――なるほどなー。力の強い男が、べたべた触ってきたりしたら、怖いし、嫌だし、男嫌いになるよなー。

 ハートタマが思念で答えます。

 ――トキトも、理解してやれよ。パルミは男嫌いっつーより、自分を守るためにああしてるとこがあるんだろーぜ。

 ――俺、今までパルミのことわかってなかったんだな。これからもっと気をつけないと。今日も背中を手で触っちゃったし。あれも怖かったんかな?

 ――それは気にしないでいいぜ。トキトとアスミチは怖いって思わないみてーだし。

 ――おおお! ハートタマがいてくれて、俺、すげえ助かる! 女子の気持ちとかぜんぜんわかんねーもん。俺は怖いって思われてないの? よかった!

 ――ま、女子として気をつけてやんな。ずけずけ体調のことを聞いたりすんのはNGだからな。

 ――うえ、体調を気づかうがダメなのに、背中に触ってもいいの? それ、わかんねえ……あとハートタマ、だいぶ前世の記憶が戻ってきてない?

 ――キョーダイたちと過ごしたから、なんとなく人間のことが思い出せるっつーか、わかるようになった気がするんだよな。記憶じゃなくて、なんだろな、オイラの魂がそれをわかる形をしてるみたいな感じだ。ま、背中に触るのもできればよしとけ。

 ――あー、魂ね。よくわかんないけど、生まれ変わっても魂が人間だから人間のことがわかるんだな。で、体調のことを聞いたらダメなの、なんで?

 ――オイラも男だからよくわかんねーけど、そういうもんだろ?

 ――そーなの? よくわからないけど、なんかわかったってことにしとくよ。

 と、こんなふうに精霊ピッチュのハートタマに教わっているトキトなのでした。


 三羽のハヤガケドリでほどなく野営地に着くでしょう。

 騎乗する大きなトリの背中は心地よい揺れを体に伝えます。二本の長いたくましい脚が大地を蹴るのに合わせてヒトのほうも体を上下に揺らすとだいぶ楽です。トキトもパルミも、まるで自分がハヤガケドリと一体になったような感覚で楽しく大地を走ります。

 ネリエベートはだいぶ眠気がぶり返してきたようでした。

 パルミとの会話もそこそこに、無口になってきています。どうにかハヤガケドリからずり落ちずにいます。後ろを走るパルミがはらはらし始めるころに、ゴールが近くなってきました。


 ドン・ベッカーのいる野営地が見えてきました。

 ネリエベートは眠そうですが、もうひと頑張がんばりするつもりです。トキトがポンロボ・ホンで連絡してカヒに眠気覚ましのハーブティーを用意してもらうように伝えます。

 ネリエベートには地図の作業があるのでした。

 まずは、ギンリンソウの洞窟の位置をドンキー・タンディリーの記録している大きな地図と、各自が持っている小さな地図に記します。つぎに、グリジネ集落の若者が知っていた金属遺跡の位置も書きこむことになります。


 グリジネ集落訪問組は、無事に合流しました。


 バノはウインのいる石のベッド(体をすっぽり包むタイプのソファの形ですが、体が大きく沈むので眠りやすい形です)から起き上がっています。ウインは一人で眠っているようです。

 バノとカヒと、二人で夕食の支度を行っているところでした。トキトが違和感を覚えて聞きます。

「あれっ。バノが寝かしつけしてなくてもウインはずっと眠ってた? 今度は眠り病になっちゃったとか? そんなの困るんだけど?」

 バノは笑って答えます。

「起きそうになっていたけれど、カヒがやさしく言ってくれたんだ。『夕食まで、眠っていてね、ウイン』って」

 パルミが冷やかしまじりに言います。

「ほーひーっ。まるで眠りの魔法みたいにゃのね。でもよかった、ウインちゃんの花粉っちゅーのも、もう解毒したんでしょ?」

「したともー! 私が少し手本を見せたら、いとしい弟子が、一人で完了した」

「うわああああ! パルミと同じいじり方だよ、形容詞が、恥ずかしいよ!」

 アスミチを照れさせたのでした。『愛しい』は、小学生には早すぎましたね。


 地図への書きこみを済ませると、ネリエベートはすぐにひと眠りしました。

 夕食までのわずかな時間だけでも、まず眠りたいのだそうです。

 ウインの石のベッドの隣に、パルミがもうひとつ同じものをこしらえました。


 夕食ができて、ネリエベートも起き出します。

 ウインも目覚めました。

 “メヌシュンの大暴れ”は、風邪に近い症状のが出るようです。熱っぽくて、のどや鼻の粘膜ねんまくれていました。吐息が熱く、呼吸も荒くなりがちです。

 怒りの感情も、熱が出るとよけいに制御しづらいのでしょう。また、頭がぼうっとするようで、ウインは自分が病気っぽいことはわかるものの、半分夢を見ているような、現実をとらえきれていないところがありました。

 花粉は除去しました。しかし病気がすぐに治るわけではなかったようです。怒りっぽさが続いています。

 しかも、さっき反省させたばかりのアスミチのことまで、またぶり返しています。これは病気としか説明がつきません。

 ウインが言った怒りの言葉は、こんな感じでした。

「いつもいつもバノちゃんは危険なことばっかり!」

「トキトは自分ひとりが危ないことして、みんなを守ろうとして! トキトも大事なファミリーなのに!」

 こんな感じで、言葉をしゃべるときは一気に言います。それが終わると、熱のためか息を荒くしてふーふーと赤い顔で下を向いてしまいます。

 ほかのメンバーにもこんな言葉を向けました。

「パルミはみんなを気遣いすぎ! ジョークでなごませてくれて、自分の気持ちを放置するところが!」

「アスミチは今回のアリバベルで心に負担かけすぎてた! もっと楽していいの!時間をかけていいのに!」

「カヒも成長を急ぎすぎてるよ! もう、あんなに危ないことをいっぱいやって……もっと、みんなが守れるときに、ウインやバノちゃんやパルミにも、守れるときにしてくれたら、心配しなかったの!」

 ウイン以外のメンバーは全員が、病気のための“メヌシュンの大暴れ”なのだと理解しています。素直に「うん」とか「はい」とか答えてやりすごします。

 どうやら“メヌシュンの大暴れ”は、材料がなければ『思い出し怒り』という形で怒りの材料を調達するもののようです。

 感情が増幅されるのではないようです。怒ることそのものが症状で、材料はなんでも手当たり次第、なのでしょう。

 パルミが思念でほかの仲間に伝えます。怒りの内容が、必ずしも理不尽なクレームではなかったと感じているのです。

 ――あたし、この病気になったのがウインちゃんだったのが、不幸中の幸いだって思うんだぁ。もしあたしがこの病気にかかったら、もっとひどいことをトキトっちやアスっちに、言っちゃったと思うから。

 自分をあえて悪く言うパルミ。おそらくウインがみんなから悪く思われることを防ぎたくて、自分の身に引き寄せてこんなことを言うのでしょう。

 ――ほんとはね、男子二人にも、ぜんぜん、嫌なところあるなんて思ってないパルミなんだけどね!? メヌシュンがなくても、たまに当たりがきつくなっちゃうからね? 危ないよね。

 バノが答えます。

 ――ウインの言葉の端々はしばしに、「仲間のことが心配だ」「仲間を大事に思っている」というのが出ているよね。彼女らしい。パルミが病気になったのだとしても、そんなに違わなかったと私は思うが?

 バノの言葉は、ウインばかりかパルミのこともやさしくフォローするものでした。

 さらにカヒがバノに同意します。

 ――そうだよ、パルミ。気づいていないかもしれないけど、パルミがみんなのことを大好きなのはネリエっぴも言ってたみたいに、バレてるからね。トキトっちもアスっちも、大大、だーい好き!って思ってるの、バレてるんだよ?

 カヒがバノに乗っかって、いつもの加速をしました。

 こんなふうにしてパルミを真っ赤にさせました。

 ウインも怒りを忘れて、笑いました。


 夜がけて、バノとカヒの二人が、ウインにネリエベートお手製のハーブティーを飲ませました。怒りの表情があまり変わっていませんが、しゃべり続けているわけではなく、食事時よりはましになってきていました。

 お風呂どき、ウインにはバノとカヒがついて三人で入浴しました。ウインはお風呂でも「ここ、こんなに水垢みずあかが残ってる!」「私がちゃんと気をつければよかったのに!」と、今度は自分に怒りを向けていました。

 カヒが気をそらすようにウインの背中に手を当てて「イワハネゴケに消化されてやけどみたいになっていた背中、もうすっかりきれいになってるね」などと話しかけると、「え? そう? それならよかったよ」と少し素に返ったりもしていました。バノがイワハネゴケにやられたあとが痛まないかと聞くと、「ありがとう。うん、平気だね。バノちゃんの魔剣のすごさを私は体験したんだねえ。物語の中にいるみたいだよ」と笑顔も出ました。

 バノとカヒは思念で短くやり取りします。

 ――花粉を分解した効果も、あったかもしれないね。

 ――えへへ。そうだね。話しかければ、いつもウインっぽい返事をしてくれるね!

 けれど間があくとすぐに「イワハネゴケのときも! ウインが気をつけなかったからみんなに心配をかけた!」と自分への怒りがわいてしまうようでした。カヒがお風呂上がりにまたアリミツ・ミルクを飲もうと提案して、話をそらすことに成功しました。

 危なっかしいものの、二人がついていればウインの暴走はだいぶおさえることができそうです。

 バノがウインの額に手を当てて「うわ、ウインが熱い。まるでお湯みたいだ」とジョークを言うと、笑って「もう、バノちゃんはおもしろいことを不意打ちで言うんだから。お風呂なんだからお湯の温度なのは当たり前じゃない」と、怒りではなく笑いで返ってくる場面さえありました。ただ、風邪の熱に当たったようなところは残っていて、自分の状態がちょっとおかしいことはよくわかっていないふうです。


 お風呂上がりに、トキトとネリエベートが声をかけます。

「三人ともお疲れ。明日にはギンリンソウを取ってくるからな!」

「ギンリンソウの処方と適量は私がグリジネ集落の人たちから聞いてあるからね。あと一日の辛抱しんぼうだからね」

 二人はウインだけでなくバノとカヒの疲労も心配していたのでした。

 そのあとのお風呂はパルミはネリエベートと、男子のアスミチとトキトも組になってすませました。

 就寝しゅうしんも、バノとカヒの二人で、ウインにつきっきりです。いつかの寝かしつけの逆で、バノがウインをそっと抱えて、カヒがその横で世話をします。

 おそらく二人はよく眠れないかもしれません。明日の探検チームはウイン、バノ、カヒを除いたメンバーになることでしょう。とくに誰が言ったわけでもありませんが、全員がそれをわかっていました。

 イワチョビがいつものように、野営地のいちばん外側で、見張り番をしています。

「ボク、心配な気持ちにちっともならないんだ。ウインお姉ちゃんは、明日の夜には、いつものとおりに戻っているって、わかってる気がするからね!」

 トキトにそう言って、「わかってるじゃーん」と頭をなでられました。みんなその言葉を聞いていました。ウインは熱でほっぺたが赤くなっていましたが、なにも言わずに自分の袖口そでの布地を口に当てて、熱い息をらしていました。


 バノはウインの手を握ってやり、カヒは物語を読み聞かせをしました。まもなく、ウインは眠りました。


 翌朝。

 ウインの症状は治まっておらず、探検チームがギンリンソウの採取に向かいます。

 今日の探検チームは、五人。

 トキト、パルミ、アスミチの三人と、イワチョビ、ハートタマです。

 ギンリンソウの洞窟へ、向かいます。


 目的地が近づくと、アスミチが観察眼を発揮します。

「カエンチュルのいた宝の地図の谷を思い出すね。大地の変動で、谷ができてる。しかも、小さいのを含めると何十も連続している」

 トキトも自分なりの解釈をして言います。

「水を抜いたあとの乾いた田んぼみたいだな! あっちこっちひび割れしててさ」

 たしかにそのようにも見えるのでした。

 パルミが昨日のグリジネ集落のことを思い出して言います。

「にゃるほどね。これじゃ地元の人以外ギンリンソウを見つけるの難しいわ。このへんってわかってもどこから探したらいいんだか」

 イワチョビが採取チームの前に一歩出て言います。

「地図に完璧に書き込んでもらったからね! ここからはボクが案内できると思うよ。ついてきてね、みんな」

「おお。頼もしいぜ、イワチョビ!」

 リーダーのトキトも、今日はイワチョビのあとを歩くことになりました。


 目的地の洞窟は、大きな大地のひび割れた谷のひとつのようです。

 しかも洞窟そのものへの近道として、縦穴があるのです。

 アスミチが折りたたみ風呂敷を展開しながら言います。

「この縦穴が、グリジネ集落で聞いた、ロープで下りられる穴っていうやつだね。岩にロープをくくりつけて、縄梯子なわばしごにして下りるのがいいのかな……」

 トキトが「任しとけ」と言って、作業を担当します。

 パルミは魔法の準備です。

「シルミラ洞窟んとき、水中に潜るために風魔法を使ったじゃん? あれならガスがあっても吸わないですむよね。多めに空気をまとうようにしとけば、落ちちゃった時にクッションにできたり、いろいろよさげ」

 アスミチが同意します。

「うん。それがいいね。あとは金属棒を全員ハーケン・リーケンに、つまり鉤爪かぎづめに変形させておけば、鉤爪でにじり下りるっていうこともできそうだよ」

「あり? そんならロープなくてもよさげじゃん。あ、帰りを考えたらロープがあったほうがいいよね。洞窟の天井が高かったら縦穴までぴょーんって跳んでも届かないかもだし?」

「うん。手間を惜しまずに、いくつかの脱出方法を考えておくのがいいね。洞窟が丸みを帯びていたとしたら、穴までハーケン・リーケンで登るのはたいへんそうだ」

「いやー、アスっちがバノっちの代わりをやってくれるから安心して探検できるわー。すっかり成長したのねぃ、おねーさんは涙が出ちゃうよ、よよよ……」

「それ泣いてる擬音なの、よよよって」

「そーだよん。聞いたことなかった?」

 昨日のグリジネ訪問チームから、ネリエベートが抜けてアスミチが入った形です。年の近いアスミチが話し相手になって、パルミは気楽におふざけ気味の会話を楽しんでいます。

 そうこうするうち、トキトの縄梯子づくりが完了しました。縄梯子といっても、等間隔とうかんかくに結び目をつけて手足をひっかけられるようにしただけです。異世界効果で手足の力も増しているので、パルミやアスミチでも、手足の力だけで登れることでしょう。


 イワチョビが最初に下りて、次がトキトという順番です。

 もしもガスなどがあってもイワチョビならば安全でした。

「ガス、ないよー。あとギンリンソウって、これかなあ。あたりにいっぱいあって、洞窟が明るいよー」

 イワチョビが伝えてきました。

 残りの三人も下りました。


 トキトが息を漏らします。

「こりゃ、すげーな……ギンリンソウって光を出すんだな。なんだか、宝石の中に入ったみたいに感じる」

 アスミチも言います。

「熱帯魚とかのきれいな魚の、うろこを洞窟いっぱいにきつめた感じだね。ギンリンソウの袋の中で光を四方八方から照らされてる……ギンリンソウはコケ類や地衣類ちいるいの仲間なんだろうな」

 パルミはきょろきょろとあたりを見回します。

「きれーだけどにぇー。まだ安心できないよ? だって薬草師の人が生きて帰れなかった場所なんっしょ? 冬眠中のヒグマとか、出くわしたりしないんかにぇー。ガスがなかったのは、ラッキーだけど」

 なにも生き物の気配がないと見ると、パルミはしゃがみました。

 ギンリンソウの美しさに、彼女も興味津々だったのです。

「半透明なんだね……もんじゃ焼きのヘラの形と大きさ……でもゼリーみたいな透明感会って、光ってて……コケワールドの美女クイーンに推したいくらいだにぇー」

 今度はトキトが周囲を警戒します。

「たしかに洞窟だよな。横穴で、南のほうが入口で、外の光が見える。奥のほうは真っ暗だ……ん?」

 なにかを見つけたようです。トキトは視覚強化をして洞窟の奥の暗闇に目をらします。アスミチもすぐに同じようにしました。

「トキト、なにかに気づいたんだね……たしかに、奥のほうにやけに強い光がある。ギンリンソウの弱い光と似てるけど、だいぶ明るいね」

「だよな。行ってみるか、アスミチ」

 パルミも立ち上がって、同じようにします。

「ありゃ、ほんとだ。もしかして、もしかして、今度こそぴっかぴかのお宝ちゃんがあったりするのかも」

 アスミチが冷静にツッコミを入れます。

「この距離に宝石とか財宝が見えていたら、薬草師の人がとっくに見つけてると思うよ」

「うにゃああん! 夢が一秒でくだけ散った! パルミも理解するけど、もうあと何秒か、わくわくしていたかったよん」

 イワチョビがふたたび先頭を務めるようです。

「じゃ、ボクがぴっかぴかのお宝ちゃんかもしれなかったものをたしかめるね!」

「過去形じゃーん! あ、でもその前に採取、ちょっぴりしてからにしよ? ウインちゃんの薬のぶんを先にさ」

 パルミの言うことはもっともでした。ギンリンソウをそれぞれ風呂敷に入れていきます。つまむとかんたんにはがれて取れました。ただ取った先から光は消えて、しぼんでしまうのでした。風船から空気が抜けたように、しなしなになってもとの美しさは少しも残りません。

 パルミはがっかりしています。ギンリンソウにべつの期待をしていたのです。

「じつは、見たときから光るアクセとかにできないかなー、これでデコったらいろんなものが光るから野営地に置く常夜灯じょうやとうにできるかもなー、なんて思ってたのよねー。はがしたらこんなになっちゃうんね」

 パルミの期待した使い道は、なくなりました。トキトはパルミの発想に同意します。

「光ったまま持ち帰れたら、そういう使い道もあったんだろうな。パルミの常夜灯っていうのいいアイディアだったのに。ちょっと残念。でも薬の材料としては、これでいいはず」

 アスミチがパルミに聞きます。

「食べるのには向かないのかな? 薬になるってことは、成分が濃すぎるのかな」

「そーみたいよん。大量に食べたら毒になるんだってさ」

 薬草師と同じように採取して、立ち上がります。

 四人で歩きます。

 奥の光に向かって。


 果たして、そこにあったのはギンリンソウの親株おやかぶでした。


 いちばん最初に根付いた、洞窟すべてのギンリンソウの祖先なのでしょう。

 球形の鱗茎りんけいめいた姿をしています。

 トキトが山野の経験からこんなふうにたとえました。

「大人二人でかかえられるかどうかの、でっけえユリの球根って感じだよな。しかも半透明で、光ってる。かなり強く光ってるから、こいつが洞窟の親玉なんだな」

 アスミチが少し笑います。

「球形に近いから、まさに親玉だね! ユリの球根っていうのも、鱗状の小片が集まってるって図鑑で見た。こういう感じだったね」

 パルミはユリの球根がわかりませんが、べつのたとえを思いつきます。

「あ、あれだったらサイズも形もこんな感じかも! どんぶらこっこー、すっこっこー、と流れてくる桃太郎のモモ!」

「あー! ギンリンソウから生まれたギンタロウが出てきそうだよな!」


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