第6話




 リビングに鎮座する真っ白な革製のソファ、左の肘掛けを使って座っている今の位置が彼の定位置。



 私もいつもなら何でも無いようなことを話したりもするのだが、今日に限ってはだんまりを決め込んでいた。



 友夜くんに会えば無条件で元気になれると信じて疑わなかったのであるが、この段になってそれは幻想であったことが判明した。



 友夜くんはというと、私の様子がいつもと違うことを察してか、黙々と読書に勤しんでいる。



 少しすると、無言だけが支配するリビングの雰囲気を気まずく感じたのか、読んでいた本を置くとスマホを弄り音楽を流しだした。




 彼が使っているのと反対側の肘掛けに背中を預けて、ソファの上に足を放り出す。

 

 ゆうに大人が三人以上は腰掛けられるそれにあっては、私の足が彼に届くことはない。



 膝を抱えるように座り直すと、足で作った三角形の頂点におでこをつける。


 彼の隣でいると元気が湧き出てくることはなかったが、ネガティブな思考に落ちていくことも無くなっていた。



 こうやって私が落ち込んでいるときに、彼が詮索してきたことは今までたったの一度だってない。


 そもそも踏み込んだ話をしたことがなかった。

 心のパーソナルスペースに踏み入る遥か手前で足踏みしている、そんな感じ。


 だからといって、こんなに面倒くさい私のことを否定することも、突き放すこともしない。

 そこに彼の微かな優しさを感じてしまう。




 思えばこれまでだって気分が上がらない日がなかった訳じゃない。


 両親の前で自分を出せず我慢することに疲れたとき、バイト先で大きなミスして落ち込んだとき、学校での些細ないじめに心を痛め病んだとき、私は決まって友夜くんに会いに行った。


 殊更なにか話すわけでもなく、慰めてくれるわけでもない、何も言わずいつもそばに居てくれる。



 ただそれだけの事で、心が救われるような気がした。



 体育座りしたまま背中から彼に寄りかかり思慮を巡らす。


 もっと優しい人がいるのかもしれない。

 ちゃんと愛してくれる人もいるのかもしれない。

 一緒に悩んで一緒に心を砕いてくれる、そんな人もいるのかもしれない。


 考えだしたら止まらない。



 それでも今は彼の隣でいるこの無言の時間が、何ものにも代えられないくらい心地よかった。





 背中に感じる体温を堪能しているときだった。


「あのさ」

 と、どこか言いにくそうに口を開く彼。


「どうしたの?」


「年末に一緒に行った串カツ屋のこと、覚えてる?」


「おぼえてるけど」


「いま無性にあそこの串カツが食べたくてさ、ちょっと遠いけど今日の晩飯あそこでいい?」


「……え」


「そんな気分じゃなかった? 悪い忘れて」


「ぜ、全然そんなことないよ、私も行きたいから行こ」


「ならいいんだけど、朝陽はすぐ出れる?」


「すぐ終わらせるからお化粧直したいかも、ごめん」


「じゃあ本でも読んで待ってるわ」


「ごめんね」



 急いでリビングを飛び出す。


 恥ずかしいけれど、どうしても伝えたいことがあったのでドアが閉まる寸前で口に出した。



「…ありがと」



 想定していたよりもかなり小さくなってしまったその声に、彼が反応を示したのかはわからなかった。





 車に揺られること約30分、県庁所在地である都市にやってきた。


 より正確に言えば、この市に在るのは府庁であるが、日本第二の都市といえばここを想像するひとも少なくないのではないだろうか。



 心賽橋筋商店街という通りを歩いていると、人の多さに辟易した。


「どのあたりだったっけ?」


「疲れすぎだろ、もうちょっとだから」


 笑いながら励まされる。



「人が多すぎるんだもん」


「あの先に見える服屋の角を曲がればすぐそこだよ」


「あのCU?」


「せっかく名前は出さなかったのに」


「何に対する配慮なの?」


「さぁ?」


 おどけながら言う彼に笑いながら角を曲がった。



 らむぷ屋と書かれた暖簾をくぐると地下に続く階段をおりる。


 店内は10席程度のこじんまりとした広さで、地下という立地も相まって隠れ家的な様相を呈していた。



 一度連れてきてもらっただけなのに、優しげな雰囲気の女性が営むこのお店のことがとても好きだった。




「おいしい」


「ありがとうございます」


 大きな海老の串を頬張りながら思わず声に出すと、にっこり微笑んだ店員さんに返されてしまう。


 恥ずかしくなった私がもじもじしていると、友夜くんが話しを引き継いでくれた。




 お腹も膨れてきて、最後に注文した品を待ちながら話しかける。


「連れてきてくれてありがとう」


「俺が食べたかったんだよ」


「そっか、でもありがとうね」



 初めてこのお店に連れてきてくれたときの帰り道、私はひどくはしゃいでいた。


 その味が、優しげなお姉さんのどこかノスタルジーを感じさせる店の雰囲気が好きになったから。



 当時なるべく喜怒哀楽を出しすぎないように気を配っていた事も忘れ騒ぎまくる私を見て、彼は優しく笑っていた。


 彼の前でもう少し自分を出してもいいのかもしれない、そう思えるきっかけをくれたこのお店が大好きだ。





 口には出さないけれど、一度来ただけで大好きになったこの場所を覚えてくれていて、落ち込んだ私を見かねて連れてきてくれたのだろう。


 ほんとうにズルい、そう思った


 たまに見せるこういう優しさにやられてしまう。





 お店を出て駐車場へ向かって歩いている。


 以前この道を歩いたときに比べると幾分か暖かくなった夜風がとても気持ちよかった。






 部屋に戻ると彼はいつものソファでゲームを起動する。


 色んなキャラクターが銃を手に走り回っている画面を見ながら彼にしなだれかかった。



「おい、操作しにくいだろ」


「見てるの飽きたちゃった」


「だから二人でできるゲームやろうって言っただろ」


「ゲームしたい気分じゃないもん」


 彼の髪を指先に絡めていると、手ではたかれた。



「くすぐったいからやめろって」


「あ、やられちゃったね」


「ったく、しょうがねぇな」


「きゃっ」



 "部隊壊滅"と映し出された画面を無視しながら、ソファに向かってコントローラーを雑に放り投げる彼に、お姫様だっこされた私の短い悲鳴が部屋に響く



 寝室のベットに投げ出すように放り込まれる、上から覆いかぶさる彼の髪を両手でそっと掴むと、首元にキスが降る。


 どちらともなくお互いを求め合う私たちは、そのまま肌を合わせた。


 何もかもを忘れて彼の温もりを全身で確かめる、彼から求められる喜びに今は溺れてしまいたかった。





 次の日は二人してだらだらと1日を過ごした。


 ゲームをして本を読んで、動画配信サービスを利用して映画を見て、そんなふうになにかして飽きては別のことで時間を潰す、生産性に欠ける1日を過ごしたのだった。



「ねぇ、今日も泊まってっていい?」


「いいけどさ明日の用意とかもろもろどうすんの?」


「大丈夫、制服はあるし最悪どうとでもなるよ」


「なら泊まるくらい別にいいよ、今さらだろ」


「ほんとにありがとうね、それでさ迷惑じゃなかったら明日もどうかな?」


「明日は予定あるんだよね、悪い」


「そんな謝んないでよ、ずっと居座っちゃってごめんね、そうだ今日の晩ごはんごちそうするよ、なにか食べたいものある?」


「んー特に無いしいいや、あんま腹も減ってないし」


「そ、そっかわかった」


「ちょっと片付け無いといけない仕事あるから書斎に籠もるわ、あれなら先寝といてね」


「うん、がんばって」


「ありがと」



 そう言い残し書斎として使っている部屋に消えて行ってしまう。




「明日からまた学校か、ていうか家に帰るのやだなぁ」



 そう言いながらソファを一人で占拠するように寝転んだ。



 そろそろちゃんと両親とのことも考えないとな、瞼を閉じてあれこれ考えているといつの間にか本格的に寝てしまっていた。



 次の日に目覚めるとブランケットが体にかかっていて、ちょっとした優しさに心が震えた。

 今日一日なんとか頑張ろう、心の底から活力が溢れ出して止まらなかった。






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