第42話

「……うふ、うふふふッ、あはッ、あははははッ、あひッ、あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」


 厚本あつもと彩羽いろはは仄暗い瞳で虚空を睨んでいたかと思うと、突然大声で笑い始めた。


「……厚本さん、厚本さんったらッ!! どうかしっかりしてくださいっすよッ!!」


 馬酔木あしびが肩を揺すっても、まるで反応がない。焦点の合わない弛緩した表情で、ただひたすらゲラゲラと笑い続けていた。


「……あれはもう駄目だな。敗北のショックで精神に相当のダメージを負っている。おそらく、もうギャンブラーとしては生きていけないだろう」


 躑躅森つつじもりが彩羽の様子を見て、ポツリとそう言った。


「…………」


 誰もが目を伏せて彩羽を直視できない中、ただ一人、花屋はなや友成ともなりだけが真っ直ぐに彩羽を見ていた。


「いやァ、流石は厚本先輩です。自らの敗北を認められず、自我を崩壊させるとは。いやはや、壮絶なまでの覚悟で勝負に挑んでいたのですねェ」


「……花屋君ッ!!」


 気がついたときには、わたしはその名を大声で叫んでいた。


吉高よしたかさん、どうしたんです? そんなに怖い顔をして」


「花屋君、君の目的は何だ!?」


「……何って、僕はただギャンブルで真剣勝負を楽しみたいだけですが?」


「だったら、もうこんなことをするのはやめるんだ。ただ勝負を楽しみたいだけなら、こんな莫大な大金を賭ける必要なんてどこにもないじゃないかッ!!」


「吉高さん、それでは駄目なんです。確かに僕はお金に対してそれ程執着しているわけではありません。しかし僕が求める戦いは、勝とうが負けようがどちらでもいいというようなものではない。お互いに絶対に負けられない戦いでなければならないのです。そうでなければ面白くない」


「でも、だからって厚本さんをここまで追い詰めることはなかっただろ!?」


「何を言っているんです? 元はと言えば、僕に借金できる限界いっぱいまでの勝負を挑んできたのは厚本先輩の方ですよ。だったらどちらかが破滅するまでやるのは当然です」


「…………」


 確かに、彩羽は馬酔木が花屋に所持金以上の賭け金をふっかけたとき、それが当然なような顔で黙って見ていた。結果、その行動が自分に翻って返ってきた。


 目の前の光景はただそれだけのことなのかもしれなかった。


「だから僕は厚本先輩に対して少しも同情しません。あるのは最後まで敵として僕に立ちはだかってくれたことへの感謝と敬意だけです」


「……花屋君、たとえ君がそうだったとしても、負けた側がそう考えるとは限らない。今後は恨みを買って、報復されることもあるかもしれない」


「それは何もギャンブル対決に限った話ではありません。身に覚えのないところで恨みを買うことは、誰にだってあることでしょう。その報復がギャンブル対決でというのであれば、僕としては願ってもないことですが」


「…………」


 駄目だ。どれだけ言葉を並べても、わたしの気持ちが花屋に届くことはない。


 ――花屋友成。この男の頭の中にあるのはギャンブル対決。それだけなのだ。


「……花屋君、悪いけど、もうわたしは君に付いていけない。かと言って、君を止める術を持ち合わせているわけでもない。わたしは君とは不釣り合いな人間だ。だから、ここでお別れだ」


「……そうですか」


 花屋はそう言って、少しだけ寂しそうな目をしてわたしを見ていた。


「さよなら、花屋君」

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