第41話

「……ゼナー・カードか」


 躑躅森がポツリとそう呟いた。


「……ゼナー……何ですって?」


「ゼナー・カードとは、ESPイーエスピー(超感覚的知覚)実験用のカードの一種だ。花屋の紙コップに描かれた十字四角の五種類の絵は、そのゼナー・カードの記号とそっくり同じなのだ」


「……えーと、その記号が紙コップに描かれていることに、一体どういう意味があるんです?」


 わたしは疑問に思って躑躅森に質問する。


「……さァな。どうせまた良からぬことを企んでいることだけは間違いないのだろうが」


 馬酔木が六法全書に栞を挟み込んで、花屋と彩羽がそれぞれページ数を予想して回答する。


「えー、正解に近かったのは厚本さんっす。それでは厚本さん、花屋君の聖杯を1つ奪ってくださいっす」


「…………」


 ――ここまでは予想通りの展開だ。『本のページ当て』クイズでは、やはり花屋に勝ち目はない。


 つまり花屋がこのゲームで勝つには、彩羽に致死量の毒を取らせる必要があるということだ。


「……ふーん、今度は全ての紙コップに印をしてきたってわけね。花屋君、君はどうしても私と心理戦がしたいようだけど、私が君の戦い方に付き合うことは金輪際ない。何をしたところで無駄だよ」


「ふふふ。それはどうでしょう? やってみなければわかりませんよ」


 花屋はそう言って、不敵な笑みを浮かべるのだった。


「……『チェック』」


 彩羽が指し示したのは向かって右端の杯、のマークが描かれた杯である。


「花屋君、その杯の中を見せて頂戴」


「……わかりました」


 花屋は言われた通り、右端のが描かれた紙コップを持ち上げる。


 ――中にピンポン球は入っていない。


「……これは厚本にとって苦しい展開かもな」


 躑躅森が顎に手を当てて、ニヤリと笑みを浮かべている。


「それは厚本さんが『チェック』で毒杯を探り当てられなかったからですか?」


「それもあるが、さっきのゲームまでは『チェック』した杯が空だったら、安心してその杯を取ることができた。しかし、今は違う。花屋が先のゲームで見せた、1つの紙コップに2つのピンポン球を押し込んだ猛毒杯。もし花屋が今回も同じ手を使ってきていれば、『チェック』で無毒を確認することに何の意味もなくなってしまう」


「…………」


 どうやら彩羽も躑躅森と同じ考えに至ったようだ。『チェック』を使用した後も、暫くじっと5つの青い紙コップを眺めていた。


「……右から二番目の杯だ。その四角のマークが描かれた杯を戴こう」


 彩羽が選択したのは『チェック』した右端のの杯ではなく、その隣の四角の杯である。


「……へェ。『チェック』したの杯じゃなくていいんですか?」


「ええ、早くその杯をこっちに寄越して頂戴」


「……本当にこの杯でいいんですね?」


 花屋が向かって右から二番目の四角が描かれた杯を伏せた状態のまま、ゆっくりと前に動かした。


「…………」


 彩羽が紙コップを持ち上げる。


 ――そこには、オレンジ色のピンポン球が1つ入っていた。


「……うふふ、やってくれたわね、花屋君」


 それを見て、彩羽はにっこりと微笑んだ。


「認めるよ。君は強い。だけど、これ以上君の好きにはさせないよ」


「……マズいな。今ので厚本が完全に落ち着きを取り戻してしまった」


 躑躅森が小さく舌打ちした。


「どうしてです? 毒杯を1つ取って追い込まれたのは厚本さんの方じゃないですか」


「……ああ。確かに厚本が花屋に毒杯を選ばされた形ではあるが、毒杯が1つ出たということは、裏を返せばもう猛毒杯を警戒する必要はなくなったということでもある。つまり、先程『チェック』したの杯が安全であることが確定した。花屋サイドの明かされていない聖杯は残り3つで、毒入り杯はそのうちの1つだけ。確率だけで言えばこの状況、厚本にまだ少し分がある」


「…………」


 次の『本のページ当て』クイズも彩羽が勝って、再び彩羽が花屋の聖杯を奪うターンとなった。


 ――残る聖杯は、十字の4つ。


「さて厚本先輩、次はどの杯を選びます?」


「……右端のの杯を」


 彩羽が選択したのは、既に安全が確定している杯だ。


「……これで、厚本が手堅く無毒の聖杯を1つ獲得か。いよいよ次のターンで勝負が決まるな」


 躑躅森がそう言終えたそのとき、あり得ないことが起きた。


 ――


「……嘘ッ!? さっき『チェック』をしたときは、確かにその紙コップの中には何も入っていなかった筈ッ!!」


「……ええ。だからこそ、必ずあなたがこの杯を選ぶとわかっていましたよ」


 花屋が彩羽の選んだ、が描かれた紙コップをくるりと180°回転させる。そこには何と、のマークが描かれていた。


「……そうか、ピンポン球入りの紙コップの反対側にを描き込んだのかッ!? そして、私が『本のページ当て』クイズに注意を向けている隙に、『チェック』した紙コップの反対側にを描いて位置を入れ替えたッ!!」


「御名答です。紙コップ全てに異なる記号を描いたのは、紙コップの位置の入れ替えへの警戒心を緩める為。おそらく一回戦のあなたなら、こんな単純な手に引っ掛かることはなかったでしょう。……まァそれは兎も角、これで二回戦も僕の勝ちですね、厚本先輩」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る