魔法だけ手に入れて元の世界に転生した

 魔法がある前提の世界より、魔法がない世界で自分だけ魔法を持っていた方が得だと思う。そう思った私は、道を引き返して──この時の私は、光の粒みたいな、魂の姿で暗い道を漂っていた──元の自分がいた世界に生まれてくることにした。

 そうして魔法を持って生まれた私は、神童と言われ何一つ不自由することはなかった。転生したぐらいだから、前世は酷いものだった。でも、今では高級車とか貴金属とか……ラッパーが欲しそうなものは大抵手に入れて、サンパウロの街中にそびえたつ一番高いビルの最上階に住んでいる。最上階ワンフロアぶち抜きで、屋上のプールも私たちのモノ。


[カミラ]

 私たち──愛しい人も手に入れた。名前はカミラという。茶色の瞳が綺麗でまつ毛が長い、顔小っちゃい、足長い。ブラジルで一番、人種をまたいでいいなら世界一美しいと思う。気が合うし一緒に住んでても楽しい。

 唯一彼女に欠点……欠点かどうかは分からないけど……があるとするなら、彼女は極度の人見知りだった。家から出たところを見たことがない。じゃあ、どうやって我が家に入って来たのかというと、酔っぱらって帰ったら朝、隣にいたから覚えてない。彼女は一日中ゲームをするかアニメを見てる。部屋はアニメのグッズであふれかえっている。それらは大抵Amazonか何かで買って、外の宅配ボックスに入れられる。それを彼女は、人目を気にしながらトコトコと歩いて取りに行く。自分の趣味について彼女は

「私みたいにこれだけ美しくて完璧だと、大抵何か、膿を吐き出す対象があるはずだよ。誰しも完璧じゃないってこと」

と以前言っていた。

 食材とかを買いに行くのは私の役割だった。コーラを買って来てと、カミラによく頼まれる。料理も洗濯も……洗濯はたまに手伝ってくれるかな?……全私の役割だ。家政婦を雇っていたけど「他人が家にいるのが嫌だ」と言われて、今はいない。

 じゃあ、私は他人じゃないんだなと思って嬉しかった。彼女の愛情を独り占め出来ている気がする。たまに部屋で一緒にゲームしてたりすると、彼女の方からキスしてくることがある。「気が散るから入ってくんな。私は真面目にゲームしてるのに」と言われる。冷蔵庫にコーラを取りに来るときとか、寝る前とか、朝起きた時とか。

 今朝も目を覚ましたら、隣でじっと彼女が私を見ていた。それから「やろ」と独特なかすれ声でささやく。起きたばかりで髪が乱れていて可愛かった。私は寝起きで目があんまり明いてないし、髪がぼさぼさだし、口の中が渇いて気持ち悪かったし、寝汗をかいたし……まあ全体的に気持ち悪かったと思うけど、彼女は気にせず顔を寄せて来る。掛け布団の中で手を伸ばして彼女の股をさすると可愛い声を上げる。

 サイドテーブルの上から、昨晩使ったペニスバンドを取って装着する。衛生的にどうかと思うけど、まあいいや。彼女は入れられるのが好きだった。私はあまり感じないから舐められる方が好きだけど、たまには彼女にクリトリスをさすられながら突かれるのが好きだった。


[私のこと]

 カミラのことは置いておいて、私にもちゃんと現世で果たしたいことがある。高級マンションの最上階で彼女と四六時中くつろいでいるわけではない。

 この街は、中心部は栄えているけど、端の方に行くと貧困層の住宅が連なっている。私も前世は貧しい家に生まれた。そういう子供は大抵、地域のマフィアに加入して、麻薬を売るか人を殺すか……もしくは両方をするしかない。それで自分も麻薬に溺れて……私もそのパターンだった。最初は年上の彼氏に無理やり注射をやらされて、それから彼に付いて麻薬を売るようになった。それでも末端の私には多くは稼げなかったし、男と違って気晴らしは薬ぐらいしかないから、自分が売る分にまで手を出した。それがばれて組織の上の人に撃ち殺された。なにも殺さなくてもいいと思うけど、今思えば薬で頭のイカレタ私があまりにもみすぼらしかったから、殺してくれたのかもしれない。

 そういうわけで、現世では魔法を使って政府を裏で操ったり、場合によっては実力行使で麻薬カルテルを解体したり、なるべく誰も私みたいに巻き込まれないようにしてる。中南米は大体平和になったと思う。あまり自分が関わりすぎるのも良くない気がするけど、最近は北米とか中東の改善にも取り組んでいます。玄関を出て瞬間移動すれば一瞬でつくので。

 もう少しで二十歳になる。前回の人生よりも長生きしてる。十数年の人生で、大抵の目的は果たしたように思える。


[天使たち]

 そして私の敵がもう一勢力あるのだけど、今丁度、彼女等の一人が街の外周に張り巡らされた結界に引っかかってコバエみたいに落ちた。

 折角だから引っかかった地点まで行って回収することにした。オープンカーを降りると、足元に転がった少女の身体がある。電気ショックを受けたみたいにビリビリと痙攣しているけどまだ生きている。足で転がすと恨めしいような眼を向けてきた。

彼女たちは基本的に少女の形をしていて、軍服みたいな白いコスチュームを着てるから天使と呼んでいる。カミラの好きなアニメに出てきそうだった。目的は私を殺すこと。誰も魔法を持たないはずの世界で魔法を持っている私は異分子で、彼女等の排除する対象らしい。

 私にとっては敵であり、悪魔だけど、唯々敵対してきたわけじゃない。幼いころから互いを高め合ってきた仲だし、昔はライバル的な奴もいた。私が国の軍を蹴散らし、世界情勢を操れるほど強くなったのも彼女たちのおかげだ。今では私が強くなりすぎて、直接戦うまでもなく結界で倒せるぐらいだから、面白くないと言えば面白くない。

 動けないまま倒れている彼女を車に積んでうちに帰る。それから、プール付きの屋上に運び込む。

 今からやるのは、彼女達を送り込んでいる神的なモノへの当てつけと、単なる気晴らしだ。


 まず魔法を使って彼女を空中に束縛する。四肢を縛って、×印の格好で。

 次に馬鹿みたいな太さのペニスバンドを装着して、彼女を四つん這いの格好にする。手は持ち上げられているから、背中が反っていて綺麗だった。腕ぐらいの太さがあるペニスバンドにローションを塗って、後ろから押し込む。じわじわと沈んでいく。穴の淵が張ってミシミシと音がするようだった。あからさまに股の間に何か入っていくことがわかるぐらい、お尻が膨らんでいく。彼女の悲鳴が屋上から見晴らす街に響く。

 取り合えず満足したので、穴に入れたままバンドだけ外して、彼女の前に回り込む。今は悲鳴も出さず、あきらめたような表情だった。顎を上げ、青い目を覗き込んで「フフ」と笑うとゾッとしたような表情に変わった。

 私は手術道具が並んだようなキャスター付きの籠を近くまで持ってきて、ナイフを一本取る。束縛を持ち上げて少し彼女の身体を起こす。それから、首元から刃先を這わす。表面の皮だけ割くように。切ったところから血が伝って来た。胸元まで来たら左の胸から、乳首の上をなぞってお腹の中央まで曲線を描く。今度は右の胸を同じようになぞる。血が出てる部分が赤いドレスの生地みたいになってる。

 最後に、ナイフの刃先を少し起こして、お腹を着る。白い肌に刃先が沈んでいく。ぱっかり空いたら、文字通りお腹の中を掻きまわす。ぐちゃぐちゃ音が鳴る。耳の上で天使の絶叫がする。

「こんなもんかな」と出来上がった作品を、丁度雲の隙間から太陽光が差し込んで神秘的な方向へと向ける。

「見てるかな」神様がどこにいるか分からないけど。私はこの世界があんまり好きじゃない。

 でも、カミラと出会わせてくれたことには感謝している。


 そんなことを考えていたら、丁度カミラが屋上の扉を開けて出てきた。天使は普通の人には見えないので、気にするそぶりもなく普通にこっちに歩いてくる。

「どうしたの?」

「空が綺麗だったから。あっちは雨が降ってるのかな」

 さっきの晴れ間よりちょっと隣の空は暗い。

「でも、あっちは晴れてる」

 もう雨が降り終わって、幾本もの光線が雲の隙間から街に降り注いでいる。

「後何してるのかなって」

 私の肩に寄り添った彼女の足元は天使の血で濡れている。言おうか迷ったけど、知ったらグロいだろうからやめておく。

「それが主な目的」

 つまりは部屋でゲームしてたけど会いたくなったらしい。腰を引き寄せると、同じように手を回してくる。

 暫く、雨と晴れが隣り合っている空を見ていた。

「じゃあ、戻るは」

「もう戻るのかよ」

「キスして」

 軽くキスすると、カミラは嬉しそうにワンピースの裾をはためかせて屋上を去っていく。

「ちょっと待って」

 足に血がついたままでペタペタと木の床に赤い足形がついていた。家の中でまで見たくないな。

「何?」

 振り返って立ち止まった彼女の肩足を持ち上げて、付いてる血を舐める。

「どうしたの? くすぐったい」

 見上げると、こそばゆい表情をしている。バランスが悪くて転びそうになったので、テラス席の白い椅子に座らせる。それからもう片方の足も持ち上げて舐め上げる。

「こういうプレイ」

「変なの。でもいいかも」

 ふくらはぎの方まで下を這わしたら、「やだ。外だよ?」と嬉しそうに笑う。屋上のプールは風を受けて水面を軽く震わす。そのまま太ももまで行って、ワンピースの裾を捲って股の間に顔をうずくめる。あったかかった。そのまま動きを止めてじっとしていたら

「何もしないのかい」

「こっから課金」

「私がしてほしくて始まったわけじゃないんだけどな……いくら?」

「カミラだけ夜ご飯抜き」

「そしたら私、お腹減って一晩中悶えてるよ」

「私は気にせず寝てる」

「それってなんかエッチだね」

「それは良く分かんないわ」

「まあ、いいでしょう。でもコーラは飲んでもいい?」

「私のお尻に垂らすから舐めて」

「ヤダ汚い」

「汚いとか言わないでよ」

「だってシンプルに嫌じゃん……ねえ、このスカートの中に顔突っ込んだまま喋ってるの、凄くシュールなんだけど」

「股に息がかかって興奮するでしょ」

 そう言ったら無理やり頭を掴まれて押し込まれた。唇と鼻先が彼女の性器に着いて、彼女の匂いが濃くなった。ねたっとした感触がする。

「いいから早く舐めて」

「うん」


 結局彼女もいっしょに夕食を食べた。それからいつも通り、一緒にお風呂に入ってベッドに隣り合って寝転ぶ。まだ電気はつけたままで、おしゃべりしている。

 驚いたのは、彼女が枕の下からナイフを取り出して突然突きつけてきたから。

「これは……どういうジョーク?」

「もう、役割は果たしたからいいかなって。これ以上やったら返ってパワーバランスが崩れちゃうし、もうわたし達じゃ、あなた強くなりすぎて止められないもん」

「……あなたも天使なの? でも──」

 ああ、そっか、だから人を遠ざけてたのかな。私に人間といられるのを見られたら、その人は天使である彼女の存在に気づかず、自身が天使だとバレてしまう。

 でも天使ならどうやって、この家に入ってこれた? ああそっか。結界は面だ。越えてしまえば問題ない。きっと酔っぱらった私に接触して、一緒に連れて帰らせた。

「うん。私は幻、貴女だけの幻。他の子たちも、貴女を育てるための幻」

 私にだけ天使が見えるんじゃなくて、見させられてたんだ。それで、上手い事操られてた。

「思ってたより強くなりすぎたけど、来世ではもう少しうまくやるわ。またよろしくね」

「待って、もう終わったみたいに言わないでよ……」

「じゃあ、貴女に私が殺せる?」

「それは……無理……愛してるもん」

 彼女を殺すことぐらい、それか生かしたまま監禁するぐらい造作もないけど。

「貴女が殺したいのなら殺してくれたら嬉しい」

 それも本望かもしれない。

「ねえ……私のこと恨んでる。貴女の仲間たちに酷いことした」

「今更気付いても遅いけど。そうね、恨んでるけど……貴女はとてもよくやってくれた、正義のためにね。世界中を回って、たくさんのものを犠牲にして……普通だったら途中であきらめちゃうと思う。あなたは頭のおかしい所業を成し遂げたわ。そのための犠牲だとしたら彼等の死は仕方ないことよ。それが仲間を無残な姿にされた悲しみと、あなたへ恨みを解消するわけではないけど」

 カミラ……いや、もう私の知っているカミラではないのかもしれない。彼女は私の目元に付きつけていたナイフを、私の寝巻を切り裂きながら体の下へと下げていく。身体の真ん中に線が描かれた、私が書いて来たのよりずっと荒い線だ。血濡れたショーツが切り裂かれた。上手く切れなくて勢い余って太腿を刃がかすった。それから、私の身体をナイフの刃が貫く。

 ぐさぐさ、ぐさぐさ。部屋に血の匂いが広がる。

「……ねえ、これだけ……」

 私は自身の悲鳴の中に、何とか自分の意思が入り込む隙間を見つけてた。もうすぐ、致命的な傷を負ってしまいそうだから。その前に。

 ナイフを振りかぶった手が止まった。いつもの愛らしい茶色い目は無機質な青色に代わっている。髪も半分白くなって、褐色の肌が一部剥がれ落ちて、白くなっていた。カミラ……カミラなのかな? でも愛してるよ……。

「来世でも、また会える?」

「きっとね。天使と救世主だもん」

 振りかぶったナイフが心臓に振り落とされる。


 光の粒が暗い道を漂う。魔法がある前提の世界より、魔法がない世界で自分だけ魔法を持っていた方が得だと思う。そう思った私は、元来た道を引き返して──何故か一抹の不安を覚えたけど、でも何かが待っていてくれる気がする──

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