第4話:Killer AI


「昨日はドうもなあ」


 車の中、少年が赤いパイプレンチを琉樹に突き付けて、する。


 空の運転席で走る自動運転の車の中。

 後部座席には琉樹と、昨晩の少年の二人だけである。


 ――――完全に油断していた。


 昼食を摂りに出かけがてら、買い物でもしましょうか、という名護の提案により3人で外出していた。

 アニーが狭い道路わきに止まっていた高級車のドアが急に開き―――外から駆け出した少年が無理やり琉樹を後部座席に押し込めた。

 続けて少年も車に入り込み、離れてアニーを呼ぶ名護の声も届かず、そのまま車は発進した。





『ちょっと君! うちの子に何かするつもり!? 怪我でもさせたら―――承知しないからっ!!』


 エンジン音無く動き続ける静かな車の中、琉樹のポケットに入っていた、デバイスカードの中のAIの美球が急に話し出す。


「……出しや。心配せんでモ、無理やり奪ったりするようナ真似はセンよ」


「……」


 相手がパイプレンチを足元に置いた事を確認し、琉樹がカードを取り出す。

 少年は「せめて手助け位はシテもらいとうてな」と言った。


 モゾモゾ…


「先ずお前―――そのデバイスカードガ何か……知っとルか?」


「いや…異様に薄く作られている事と、あと……なぜか俺の、姉が、AIに…」


 少年の質問に、言い淀みながら琉樹は答える。

 死んだはずの姉の姿が、自分のパーソナルAIデバイスカードの中に入っているという話が言いがたいという事もあるが、何より―――


 モゾモゾ


「お前…そこ………大丈夫?」


 ―――股間を労わる少年のしぐさにちょっと不安を感じていたからである。


「………まだちょっと痛……何か、感覚ガ、チョッと、分からな……少シ怖いわ………」


 少年は琉樹から目をそらし、喪失感を湛えた瞳で窓の外を眺めて流れる雲を見つめた。


「ねぇっ!病院行こ! 病院! 一緒に着いて行ってあげるから!! 阪神が!中山が!打球が場外ホームランでああああああ!!!!!」


 今朝見たハイライトシーンが琉樹の中でフラッシュバックする。

 人として、一人の男として、彼の未来を、心から案じた。


「なんやお前も阪神ファンか? それはそれとして、襲い掛かった相手に連れられテ、ノコノコそんなところイケる訳ないわ。末代までノ恥や」


「バカ野郎!! お前が末代になるかもしれないんだぞっ!」


 プライドとか、かなぐり捨ててさ。病院行こ。


「余計なお世話ヤっつーねん。そもそもお前、俺が誰か分かっとるんか!」


「いや、(アニーに股間を蹴っ飛ばされた憐れな少年という事以外は) 知らんが―――」






















圓山まるやまや、言うたら…わかるヤろ」

「――――――――っ!!」


 心臓が跳ねた。

 体中の毛が逆立つほど、ゾワリと冷たい電流が奔るような感覚。

 心が、呼吸の仕方を忘れて……息が詰まる。


「目の色、変わったナ。まあ、流石に知っとっタか」


 ……圓山という名前を、知らないわけが無い。

 1年前の……暴走した自動運転車による交通事故。

 被害者は1名。語るまでもなく琉樹の姉、美球だ。

 加害者も1名。車を運転していた中年男性。

 そして………死者は、2名。


「圓山……あの…事故の」


「ソウ、息子や。圓山まるやま 高雄たかおいう。よろしうセンでええよ」


 姉が死んだ自動車事故、そのニュース映像を思い出す。

 あの時、突っ込んだ車はあっという間に炎上。

 だから、当然……美球のみならず、ドライバーの方も即死していた。


 圓山の父である事故を起こした男は、大阪の小さな会社の社長だった。

 ただ、彼の妻が台湾にある半導体巨大企業の役員であったのだ。

 事故当時はそのあたりを面白おかしく突いて考察した情報発信が溢れ―――琉樹の周囲の人々が被害者遺族を見る目も奇異のソレに変わっていった。


 彼らの息子が―――が、今琉樹の目の前にいる少年、高雄になる。


 彼が言うには、日本のニュースでは圓山の父が違法に近い改造をしたことが原因だと報じられたが、それは違う。

 ちょっとカーオーディオの調子を良くする程度のものとかで、運転に競合するような電装は一切ない。

 そもそも改造なんていう程のものではない。動画サイトに素人工事で簡単に出来ると紹介される程度のものだ。


 さらに言えば、パーツは通販で購入はしていたが――――箱から出してさえもいなかったのだ。

 だのに、自動運転が暴走するなんて―――余りにも腑に落ちなかった。

 故に彼自身も独自に調査していたとのことだ。


「………で、なんで俺のデバイスカード……このそもそも何で姉さんが、AIになってこのカードの中に入ってんだ!!」


 静穏な車の中、琉樹が吠える。


「日本に出向している、うちの会社の若いもんの通信記録にナ、おかしなデバイスカードの存在が見られたんや」


 彼の実家である台湾の半導体製造企業は、日本で合弁会社を設立していた。

 今やだれでも知るその会社では、デバイスカードの日本国内トップシェアを誇っている。


「お前さんのソレに限らず、日本に配られるパーソナルAIのデバイスカードの何割かはその会社で作られとる」


 パーソナルAIのデバイスカードにデバイスカードは、国民が16歳になる1年以上前から製造される。

 内容をアトランダムにするのではなくもし外観アバターや、その詳細を変更したい場合は半年以上前に申請する必要があった。


「余り知られとらんがな、一部のカードは…悪い言い方をするとな、親の趣味というか子供への教育の方向性を反映させるための調整しとるんやな」


 パーソナルAIが子供への悪影響になるような提案を避けさせたり、隠し財産的に電子通貨の情報まで刻んでいるなんて話もあるとのことだ。


「まあ、現場デハ、せっせこせっせこ社員が、AIアシスタントそのものの微調整しとるワケやがな、カード自体に金箔細工を施すような、成金趣味を反映サせたものまであるんや」


 つまり、予め指定のデバイスカードを送り付け、それをパーソナルAIデバイスカードとしてし、1年後に子供のもとへ届けるというスキームが出来ているとのことだ。

 その過程でカードの送り主の名前に「沖 美球」の名前があったという。そしてそれは異様に薄く作られていたと現場にいた社員が語っていたという。

「その名前を見つけたときハ、さっきオレの名前を聞いた時のお前と、同じ顔をしとったろうな」と圓山は語った。

 カード自身はすでに既定の予定に合わせて、発送されるべきところ……琉樹の元へ送られたというところで、圓山が調べられる足取りは途絶えたという事だ。


「デバイスカード自身が集積していた情報の質に、オレ自身、がでたンや。――――っと着いたか」


 自動運転の車は目的地に着いたようだ。



 ―――――FIRMA:New AI Bussiness Solution―――――


 FIRMA, 台湾にある圓山の母親が役員を務める半導体メーカーと、日本の総合電子メーカーが作った合弁会社である。

 ここはその、半導体製造と各種製品の工場になっているところだ。


「お前さんのデバイスカードな、ここから発送されタんや」


 工場は通常通り稼働中である。

 まだ入場していないが、外からでも空で世話しなく動く配達用のドローンや出入りするトラック、自動運転の小型運搬車両の姿が見て取れる。


「工場見学って形で予約しトる。付き合ってもらウで」


 ―――圓山に、琉樹を傷つける意図は無かった―――

 状況が呑み込めない突っ立っている琉樹の手を引こうとしただけだ。

 運悪く、圓山の指に引っ掛けていた車のキーホルダー、その丸い2重環が、琉樹の手に刺さってしまった。

「痛っ」と小さく琉樹が声を上げた。刺さった所から、あかい血が滲みだす。

 それだけだった。

 琉樹に怪我をさせてしまった事実に気づいた圓山が、「スマン!」と言いかけたところで―――


 ―――突如、琉樹の持つデバイスカードが熱を持った!

 カードの中の美球は姿を消し、画面は真っ赤に染まる。

 世界が反転するような、不協和音が奔った気がした。

 そして外に止めてあったトラック、その上に積まれていた配達用ドローンの3つが、琉樹と圓山に向って飛び出してきた。


「――――なんや!?」


 ドローンのうち、一台が、圓山の頭を直撃し制御を失い地面に落ちた。


「くそっ!! 何なんヤ一体っ!!」


 配達用のドローン自体は小型で、当たった所で大きな怪我にはならない。

 だが攻撃された者にパニックを起こさせるには十分だ。


 一台は琉樹の前に止まっては動くを繰り返す。

 まるで彼が圓山と合流しないように―――引き離すために動いているようだった。


 そしてもう一台は、圓山の周りを一回りし、彼を追い掛け回す。

 圓山はたまらず道路に飛び出した。


 その圓山目掛けて――――先ほどまで、琉樹たちを乗せてきた車が突っ込んできた。

 ドローンに気を取られて圓山は自身の危険に気付く余裕がない。


「!」


 目の前の状況に、かつてニュースで見た、姉の事故映像が重なりあう。

 このまま圓山にぶつかると、琉樹が思った瞬間――――



「間に合った!!」


 ―――どこからか現れたアニーが、圓山を抱えて歩道側へ転がりまわる。

 車はしばらく走った後、街路樹に盛大にぶつかり停止した。






  ・

  ・

 タクシーの支払いを済ませて、駆け寄ってきた名護が圓山に声をかける。


「無事で良かったわね。君。ところで、ここまでのタクシー代は、誰に請求したらいいのかしら?」


「あの車の、保険が下りたラ払ったるわ」


 街路樹がめりこみ、前面がつぶれた車を一瞥してから圓山が答えた。


「君、この子を…琉樹君を傷つけたね?」


 名護が、確認するように圓山に問いかける。


「……偶然。ちょっと手を引いたろ思っただケや。やりたくてやったワケやないが。……ここまでとは思わンかったわ。おイあんた、あいつのデバイスカードが何か知っとんのやロ?教えたれや」


 琉樹に理解しがたい会話をする二人を

 手の中、デバイスカードの熱はもう収まっていた。

 カードの中の姉は、いつもの表情で琉樹を見つめる。

 名護も琉樹の方を見て、口を開く。そして。


「琉樹君…あなたのパーソナルAIアシスタント……その中にいる、美球さんは――――」























「――――『Killer AI』……人を殺す力を持ったAIよ」


 死んだはずの姉が、人を殺すための存在としてデバイスカードの中にいる事実を告げた。










  ――――――AIに仕事を奪われる――――――


 2025年、日本のタクシー総車両数は20万台程度。

 もし全てが自動運転に切り替わった場合、20万人の人間が勤め先を失う事になるのだろうか。


  ――――――AIに個性を奪われる――――――


 電子の海に溢れるイラストや文章。

 これらは個人が長い時間を懸けた結果、発現したものである。

 しかしAI学習の結果、遜色はあれど個人の作らしいものを簡単に生成できるようになった。

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 AIによって多くのものを享受する結果、それに等しいものを人類は欠落していくのだろうか。そして、いつかは。


  ――――――AIに命を奪われる――――――


 人間が、人間を殺すことは非常にリスクが高い。

 一個の生命である以上、他者の排除を不可逆的に望む事は幾度もあるというのにだ。

 さにあれば、人間の代わりに人間を殺してくれる存在を望むことは一つの演繹えんえき的な結論となるのかもしれない。

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