第6話
「……」
たった数分馬車に揺られていただけなのに、学園で過ごした何気ない日々を思い出していた様な気がする。
「お嬢様、着きました」
「ありがとう」
運転手にパーティー会場である王宮に着いたと告げられ馬車を降りる。
「……お嬢様」
「何かしら?」
「……いえ、お気をつけて」
「ありがとう」
馬車の運転手もまたリリーが幼い時からグランツ家に仕えている。きっとこれからリリーの身に何か起きる事を危惧していたのかも知れない。
そして、会場へと足を踏み入れた瞬間――。
「……」
「……」
既に来ていた参加者たちの視線が一斉にリリーの方へ向いたと感じた。
しかし、リリーの元に駆け寄って来る人はいない。一応これでもエミル王子の婚約者で生徒会副会長でもあったのだが……そんな物好きはいない。
一斉に向いた視線はすぐさま逸らされ、その代わりに聞こえるのは「よくここに来られたわよね」とか「私なら来られないわよ」などと言った陰口ばかりだ。
殿下相手にこんな事を言おうものならすぐさま「不敬だ」と言って罰せられるだろうし、それは婚約者であるリリーにも同じ事が言えるので本来であれば彼女たちは牢に入れられてもおかしくない。
しかし、リリーはあえてそれを野放しにしている。そして、その結果。助長して本人がいても聞こえる声量で陰口が言われる様になっていた。
そんな彼女たちを一瞥しつつ会場をゆっくりと歩いて行くと……そこには殿下の姿があった。
「……ごきげんよう、殿下」
別に陰口だろうが自分の事を好き勝手に言おうがどうでもいい。
ただ、リリーとしては「そんな陰口を言うくらいなら本人を前に堂々と宣戦布告をするくらいの気合いが欲しい」と思う。
そう、今。リリーと対面している殿下の隣に立ち、殿下の目の色と同じワインレッドのドレスを見に纏っている……彼女『ハンナ・フルート』の様に――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「リリー様はエミル様を王子としてしか見ていないんです! もっと殿下ご自身を見て下さいませ!」
彼女との出会いは、放課後。誰もいない廊下を歩いていたリリーを呼び止めて言ったそんな一言から始まった。
「あなたは……」
リリーは見た瞬間、彼女が殿下の密会相手だとすぐに分かった。
特徴的な澄んだ青い目に自分とは対比するかの様に綺麗なブロンドの髪。そして何よりその髪に付いている髪留めがかなり特徴的で可愛らしかった。
「ハンナ・フルートです」
「ああ、フルート男爵の……」
確か、定期テストではリリーのすぐ下の成績だった事を思い出した。
この頃には殿下に勉強を教えるなんて事はしていない。それは本人が「勉強位自分で出来る」など啖呵を切ったからである。
正直、リリーとしても逐一殿下に教えているだけの時間もなかったのでこれはありがたかった。
ただ、殿下の成績は何とか赤点を免れるくらいで「正直王族としては……」と周囲の人間は苦笑い気味だという事を当の本人は知らない。
そもそも、魔法学園の定期試験はかなり難しく、基本的に上位の成績を修めるのは上位貴族が多かった。
そして、リリーは定期テストで常に一位を取り続け、その結果。殿下には「私をたてずに全く可愛げがない」などと疎まれる事も増えていた。
しかし、そんな中でのこの成績はなかなかのものである。そして、公爵令嬢であるリリーに対して面と向かって言えるこの度胸――。
リリーはそんな彼女の姿を見て「これは……使える」と感じた。ひょっとすれば上手く行くかも知れない……そう感じたからだ。
そこでリリーは彼女に近付きこう尋ねた『あなた……私に代わって本当にこの国の王妃様にならない?』と。
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