六話 謎の管理人

 軽い昼食を終えると、悪ガキ達は駅前の自然公園を歩き始めた。静けさの中に、澄んだ川のせせらぎだけが聞こえる。夏の強烈な日差しを、生い茂る木々が弾いた。川沿いの冷気に当てられると、涼しさが足元から込み上げてくる。湿り気のある地面が、足の裏をしんと濡らした。時々聞こえる鳥や虫の音が、悪ガキ達の耳を敏感にさせる。初めて目にする川を眺めながら、悪ガキ達は歩を進めた。


「長い間、人の手が加わっていないみたいだね」


ヒロが辺りを見回す。所狭しと伸び切った草花。足元まで伸びる木の根。足跡一つない地面に、五人の痕跡が次々に付いていく。ケンは川の水に手を突っ込む。


「ひゃあ! 冷てぇ!」


ケンは大声を出し、慌てて手を引っ込める。近くの木々から烏が一斉に羽ばたいた。澄み切った川の水は、水底の石までありありと映している。


「サワガニにメダカ、ヤマメもいるなあ」


ヒロが次々と川底の生き物を見つけた。清流の中、生き物たちが生き生きと泳いでいた。ズクもしばしの間、川の中を見つめていた。団地にいたら見られない世界が、そこには広がっている。

 ふと、公園の奥から奇妙な足音がした。何かを引きずり、跳ねるような音だ。子供達はすぐさまサチオにしがみつく。サチオも足をすくませ、その場に凍りついた。熊か猪か。重々しく響く足音は、真っ直ぐこちらに近づいていく。

 木々の隙間を縫って現れたのは、二十代くらいの一人の男性であった。紺色の作業帽子を目深に被り、深緑色のツナギを着ている。茶色の髪は無造作に伸び、あちこちに跳ねていた。産毛のような無精髭を生やし、不気味な印象を与えてくる。ゴムの長靴を履いた左足には、痛々しく包帯が巻かれていた。ひどく猫背で、手をだらりと垂らしている。森林管理員のようだが、無表情なその顔は幽霊のそれだ。無言のまま管理人は、賑やかな来訪者達に近づく。片足を引きずり、やや痛々しくも見える。


「あ……あの……。もしかしてここの管理人ですか?」


恐る恐る尋ねるサチオの言葉に、管理人はゆっくり頷く。明らかに人の手が加わっていないはずの自然公園にいる管理人。実は管理人を名乗る不審者ではないだろうか。あるいはこの世ならざる者ではないだろうか。管理人が纏う川底のような匂いが、そう思わせられる。管理人は作業帽子から覗く琥珀色の瞳で、来訪者達を一瞥した。子供達も目の前の不審人物の異様な雰囲気を感じ取り、言葉を無くす。


「あの……この先に、神社ってありますか?」


慎重に話すサチオ。管理人はぴくりと眉を上げ、表情が険しくなった。胸元から紙を取り出し、何やら乱暴に書き殴る。ペンを握り締め、ひどく書きにくそうだ。書き終わると、所々貫通した紙を広げる。

 

「"夕千Tリヰソン。カヱン"? どういう事だ?」


支離滅裂な文章に、サチオは首を傾げる。紙を押し付けると、管理人は足を引きずりながら、跳ねるように林の中へと消えていった。不自然な事にその後には足跡がない。奇妙な人物に、その場にいた誰もが戦慄した。先ほどのおどろおどろしい文体の紙も、呪詛のようなものにも思えてくる。サチオは紙をくしゃくしゃにし、すぐさまポケットに入れた。


「……なんだ? アイツ」


ケンが青ざめた顔で林の隙間を見る。彼がいた痕跡は何もなく、足音も川の流れにかき消されていた。だが、子供達はあの琥珀色の瞳を忘れることはできない。あれは人間の目のようには見えなかった。


「もしかして……幽霊?」


マッキーは震え上がり、サチオのタンクトップの端を引いた。サチオの顔面にも冷や汗が一気に浮かぶ。


「そ……そんなことは無いはずだぞ。幽霊は紙に字なんて書けっこないだろ」


「でも、あの人足跡が無いよ」


から元気を出そうとするサチオに、ズクは管理人の通った後を指差す。一行はさらに蒼い顔になった。川の冷たさとは別の、ひんやりと湿った感触が足から染み込んでくる。


「くっだらねー。幽霊なんているわけねーよ。それより先行こうぜ」


石ころを蹴飛ばし、ケンはスタスタ進む。石ころは川に落ち、鈍く響く音を立てた。後には嫌に残り続ける泡が揺らめく。勇み足とは裏腹に、悪ガキ達は離れないように身を寄せ合いながら進んだ。あの男が運んできた川底のような匂いは、纏わり付くように漂っていた。

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