五話 高架橋の終わり

 悪ガキ達の腹の虫が鳴る頃には終点、千々部ちちべ駅に辿り着いていた。蔦が絡まる駅舎を目にし、初めて嗅ぐ椿の匂いに悪ガキ達は鼻をひくつかせる。団地では聞こえない蝉の声が、大合唱のように耳に響き渡った。

 生き物の気配とは対照的に、千々部駅は閑散として人一人いない。観光客向けに貼られた案内所のポスターも、藁半紙のように干からびていた。一つ屋根の簡素な駅舎に、ズク達は降り立つ。周囲の観光地を記した地図は、煤けて文字が曖昧になっていた。


「なんだあ? ここは」


サチオが窓際の蔦に触れる。すると、蔦は一気に時が進んだように崩れ落ちた。ヒロは引き寄せられるように、地図を見る。


「よく見えないけど、この近くに自然公園があるみたいだね」


「きっとその公園の奥に、神社はあるんだ」


ズクとヒロは地図に釘付けになる。地図には確かに自然公園と書かれており、その奥には鳥居のマークがあった。


「この生き物何かしら? ツルツルのカモノハシみたいだけど」


マッキーが地図の端に描かれた生き物を指差す。二足歩行をする毛の無いカモノハシ。頭には皿が乗っていた。


「これは河童って言うUMAだね。自然公園に出るみたいだよ」


「目撃者には百万円プレゼントだって。絶対見つけようよ!」


賞金を見て、マッキーははしゃぐ。サチオも賞金を聞くなり、ポスターの前に躍り出た。だが、ヒロは深いため息をついた。


「残念だけど、UMAは動物の見間違いが多いんだよ。だから、河童もいないと思うんだ」


「えー、そんなあ」


マッキーががっくり肩を落とし、カメラを下ろす。サチオの明るい表情も一気に曇った。


「にしても、腹減ったなあ」


ケンが尻ポケットから駄菓子のスナック棒を取り出す。包装口を慎重に開け、グシャグシャになったスナック棒を一気に口に放り込んだ。途中で粉が漏れ、ケンの口はスナック塗れになる。


「確かに、この先も歩きそうだし、お昼にしようか」


ヒロはリュックを開け、弁当箱を取り出す。四角く切られた、一口サイズのサンドイッチが弁当箱の中に丁寧に並べられていた。ヒロはサンドイッチを一人ずつ手渡しする。ハムとレタス、チーズが入ったシンプルなサンドイッチだ。おそらくヒロ自身で作ったのだろう。


「冷蔵庫の中身をちょっと拝借して作ったんだ」 


「ヒロも意外とワルだよね」


ズクは冗談混じりに笑う。ヒロも苦笑いをし、サンドイッチを口にした。ケンはがっつくように食べ、マッキーは一口ずつ噛み締めていた。サチオは大きく口を開け、サンドイッチを一口で食べ終える。マッキーは膨らんだポシェットからおにぎりを取り出した。丸っこく可愛らしい形のおにぎりだ。


「じゃあお返しに。ママと私で作ったの」


サンドイッチを食べ終えた一行は、マッキーのおにぎりを受け取る。一口サイズで小さいおにぎりを、一行は一口で食べた。途端にヒロが悲鳴を上げ、悶絶する。


「うわっ、辛い! マッキー何入れたんだよ」


「あ、ヒロは当たりを引いたわね。それ辛子明太子よ。いいなー」


羨ましげにおにぎりを頬張るマッキーをよそに、ヒロは涙目になる。ズクも中身が怖くなり、おにぎりを噛み締めるのを躊躇した。

 

「俺、シャケ食ったの初めてだ」


ケンはおにぎりをペースト状になるまで噛み締めていた。サチオも美味しそうに、おにぎりを食べている。


「サチオは何だったの?」


「俺? 俺は昆布だったぞ」


各々の反応を見ながら、ズクはおにぎりを噛む。瞬間、顎の下から唾液が溢れた。梅干しだ。唾を飲み込むと共に、酸味溢れる梅の汁が流れてくる。


「その感じだと、ズクは梅干しを引いたな」


サチオが悪戯げな笑みを浮かべる。ズクは慌てて何事もなかったように繕うが、あまりの酸味に口がへの字になった。サチオに揶揄われるのは腹が立ったが、ズクは悪い気がしない。今まで父親と話した時に、こんなやりとりはあっただろうか。いつの間にか何気ない会話をする事を、ズクは望んでいたのかもしれない。

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