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「エリザが“悲鳴が聞こえた”って主張し続けるでしょ?」
フィオナはスコーンを指でつまみながら、真顔で続けた。
「で、事件当時、学舎にいたのは生徒会メンバーだけなんだよね?」
「ああ」
ルーシアが静かにうなずく。
「その中で女子はエリザとセシリアしかいない。じゃあ、もし女性の悲鳴が聞こえたって話になった時……」
フィオナはスコーンをくるくると回した。
「自然と“ああ、セシリアだな”ってなるでしょ?」
フィオナの言葉に、カトレアも小さく口をあける。
「つまり、エリザが“悲鳴は議会場からだった”と即座に言ったとしても――」
「そう。彼女がセシリアがそこにいたと“知っていた”って証拠にはならないんだよね」
ルーシアは目を細めた。
「それを知っていたのなら、悲鳴を聞いて議会場を疑うのは不自然ではないということか」
「うん。だから、エリザが悲鳴の出どころを正確に言い当てたとしても、“咄嗟の判断だった”って言われたら、それで終わりじゃない?」
フィオナがスコーンを頬張りながら告げる。
いつもの軽い調子のように見えたが、その青い瞳には、何かを探るような光があった。
「なるほど。つまり、言い逃れが可能な状況が残っている、というわけか」
ルーシアは、少しだけ視線を伏せた。カトレアも頷いた。
「そうですね。魔法監察官が念入りに調査されれば、全く何も証拠を残さず犯罪をすることは難しいでしょうけど」
「そうだな……」
ルーシアはふと、テーブルの花に目をやる。
そこには静かに佇む響奏花が飾られていた。小さなつぼみのまま、微動だにしない。
――この花は、大きな音に反応して咲く。
気まぐれではなく、誤作動もない。一定の強さ以上の音にしか反応しないこの植物は、装飾品の皮を被った、いわば“記録者”だ。
ルーシアは視線を落とし、指先でそっと花弁に触れる。
しっとりとした質感。まだ開いていないつぼみの静けさ。
まるで“何も聞いていない”と、沈黙を貫いているように思えた。
(議会場の出窓にも、この花が飾られていたな……)
花の記憶に、嘘は通じない。
"悲鳴があったか否か"を、人間の証言ではなく"現場"に問う方法があるとすれば。
ルーシアの瞳がわずかに細められる。
ルーシアは、ゆっくりとカトレアとフィオナを見渡し、静かに口を開いた。
「確実な方法ではないが、私なら一つ、罠を張ってみるかな」
「罠?」
フィオナが身を乗り出す。食べかけのスコーンも忘れたような眼差しで、ルーシアを見つめる。
「この都市には不思議な花が咲いているじゃないか。音に反応して咲く花が」
ルーシアの視線は、テーブルの花瓶に向けられていた。
そこに活けられた響奏花のつぼみは、ひっそりと閉じたまま。まるで、まだ語るべき時を待っているように。
「フィオ、議会場にもこの花、飾られていただろう?」
フィオナは一瞬きょとんとしたが、すぐに思い出したように頷いた。
「うん。私がちょっと騒いだ時に、ぽんって咲いたよね。あの“ぽぽんっ”て音……あれ、目立つんだよね」
「あぁ。大きな音があればこの花は咲く。つまり、悲鳴が本当に上がっていたなら、事件当日、議会場の響奏花は咲くはずだ」
テーブルの花に触れるか触れないかの位置に、ルーシアはそっと指先を伸ばした。
響奏花のつぼみは静かに閉じたまま。まるで、今この瞬間が来るのを待っているかのように。
「……エリザに聞いてみるといい。事件当時、議会場のこの花は咲いていたか? ってね」
ルーシアは短く答えた。
「えっと……でもさ、エリザが犯人だったら、『咲いていた』って答えるんじゃない? だって、彼女は“悲鳴があった”ってことにしたいはずだし」
フィオナの疑問に、ルーシアはうなずいた。
「だから、そこが罠になる」
ルーシアは静かに語る。
「彼女の選択肢は三つだ。『咲いていた』『咲いていなかった』『覚えていない』」
「……『咲いていなかった』とは言わないでしょうね」
カトレアが補足する。
「あぁ。『咲いていなかった』ということは“悲鳴はなかった”ことの証明になってしまうからな。だから、普通なら選べない」
ルーシアは続ける。
「となると、彼女の回答は『咲いていた』か『覚えていない』のどちらかになる」
「でもさ、それのどこが罠なの? 言い逃れされちゃわない?」
フィオナがスコーンをかじりながら、小首をかしげる。
「重要なのは――」
ルーシアは一度、言葉を区切った。
「エリザ以外の二人、レオナルドとラークの回答だ。おそらく二人とも『覚えていない』って答えるだろう」
「どうして?」
フィオナの眉がきゅっと寄る。
「議会場の花の位置を思い出せ。響奏花は……あの、小さな出窓の奥だっただろう? 正直、あまり目立たなかった」
「……ああ、たしかに。あの位置じゃ、注目してなきゃ気づけないね」
「レオナルドは、セシリアに駆け寄って泣いていた。あの状況で、周囲を観察する余裕はなかったはずだ」
ルーシアは静かに言い切る。
「そしてラーク。彼は入り口付近にしかいなかった。セシリアにも近づいていない。私も議会場のドアから中を見たが、あの位置からじゃ響奏花は見えなかった」
「……つまり、どっちも“花が咲いていたかどうか”を覚えていない。というか、そもそも見えてなかったってことね」
フィオナが小さく頷く。
「その通り」
ルーシアは頷くと、指先でカップの縁をなぞった。
「もしエリザだけが『咲いていた』と証言したら、当然他の二人と食い違う」
「……うん」
フィオナが小さく頷く。
「魔法監察官は、そこで突っ込むだろう」
ルーシアの声が少しだけ低くなる。
「『なぜ花が咲いたと覚えているのか?』。『そのとき、どんな状況だったのか?』」
テーブルの上の響奏花が、静かに蕾を閉じている。
「咲いたと言い張るなら、それを見た理由が必要になる。その状況の説明が出来なければならない」
ルーシアは言い切った。
「でも……その記憶は、作り物だ。だから、答えが噛み合わなくなり、ボロが出る可能性はわずかだが上がる」
カトレアが、小さく息をのんだ。
「では……エリザが“覚えていない”と証言したら?」
ルーシアは、テーブルのスコーンを一つ指先で押しながら、ぽつりと答えた。
「それでも問題ない。そのときは、嘘をつく」
「……え?」
「『他の二人は“咲いていなかった”って言ってるよ』って、そう伝えるのさ」
ルーシアの淡々と告げる。
「悲鳴が偽りなら、実際に花は咲いていなかったんだ。すると、"悲鳴は本当はなかった”という仮説に倒れやすくなる。彼女の言葉は、どちらに転んでも疑いを深める材料だ」
「……どっちを選んでも不利になるかもしれないってことね」
フィオナがぽつりと漏らす。
「そう。そして魔法監察官がそれを問うた時、エリザがどんな反応をするか。その揺らぎから何かが暴けるかもしれない」
ルーシアの言葉に、二人は静かにうなずいた。
と、その時。
ルーシアはふと我に返ったように咳ばらいをした。
「……まあ、あくまでこれは仮説だ。空想の話にすぎないからな」
そう言いながら、さりげなく紅茶を口に運ぶ。少し熱が落ちているのが気になったのか、わずかに眉をひそめた。
「まぁ魔法監察官がちゃんと調査すれば、いずれエリザには辿り着くだろう。こんな罠を張らずともな」
その声には、少しだけ照れ隠しの気配がにじんでいた。気づけば、いつのまにかずいぶん熱を込めて語っていたらしい。
何気なくスコーンを手に取り、ぱくりと一口。
だが、その味にルーシアは静かに目を細めた。
「……冷めてる」
呟きながら、向かいのフィオナをじろりと睨む。
「えっ、なんで私!?」
フィオナが素っ頓狂な声を上げる。
「確かに美味しいスコーンだ。温かかったらよりもっと美味しかったろうな……?」
「ちょっと! 理不尽すぎるよルー!」
そんなやり取りに、カトレアが静かに笑う。
「では、温めたものをご用意しましょう。ちょうど紅茶の新しいポットも届く頃ですし」
彼女の声はどこまでも上品で穏やかだったが、微笑の奥には明らかに楽しげな色が滲んでいた。
「すまないな」
「ありがとー。レアちゃん。それじゃルー、その冷めたスコーンは私が食べてあげるね」
「まったく……」
ルーシアは小さくため息をつきながらも、どこか穏やかな表情で二人を見やった。
午後の風がまたそっと吹き抜ける。
陽だまりのなか、三人のテーブルには、ほんの少しだけ、ぬるくなった紅茶と冷めかけのスコーン。そして、事件の核心へと続く静かな熱が残っていた。
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