-9-

「エリザが“悲鳴が聞こえた”って主張し続けるでしょ?」

 フィオナはスコーンを指でつまみながら、真顔で続けた。


「で、事件当時、学舎にいたのは生徒会メンバーだけなんだよね?」

「ああ」

 ルーシアが静かにうなずく。


「その中で女子はエリザとセシリアしかいない。じゃあ、もし女性の悲鳴が聞こえたって話になった時……」

 フィオナはスコーンをくるくると回した。


「自然と“ああ、セシリアだな”ってなるでしょ?」

 フィオナの言葉に、カトレアも小さく口をあける。


「つまり、エリザが“悲鳴は議会場からだった”と即座に言ったとしても――」

「そう。彼女がセシリアがそこにいたと“知っていた”って証拠にはならないんだよね」


 ルーシアは目を細めた。


「それを知っていたのなら、悲鳴を聞いて議会場を疑うのは不自然ではないということか」

「うん。だから、エリザが悲鳴の出どころを正確に言い当てたとしても、“咄嗟の判断だった”って言われたら、それで終わりじゃない?」


 フィオナがスコーンを頬張りながら告げる。

 いつもの軽い調子のように見えたが、その青い瞳には、何かを探るような光があった。


「なるほど。つまり、言い逃れが可能な状況が残っている、というわけか」

 ルーシアは、少しだけ視線を伏せた。カトレアも頷いた。


「そうですね。魔法監察官が念入りに調査されれば、全く何も証拠を残さず犯罪をすることは難しいでしょうけど」

「そうだな……」


 ルーシアはふと、テーブルの花に目をやる。

 そこには静かに佇む響奏花が飾られていた。小さなつぼみのまま、微動だにしない。


――この花は、大きな音に反応して咲く。


 気まぐれではなく、誤作動もない。一定の強さ以上の音にしか反応しないこの植物は、装飾品の皮を被った、いわば“記録者”だ。


 ルーシアは視線を落とし、指先でそっと花弁に触れる。

 しっとりとした質感。まだ開いていないつぼみの静けさ。

 まるで“何も聞いていない”と、沈黙を貫いているように思えた。


(議会場の出窓にも、この花が飾られていたな……)


 花の記憶に、嘘は通じない。

 "悲鳴があったか否か"を、人間の証言ではなく"現場"に問う方法があるとすれば。


 ルーシアの瞳がわずかに細められる。

 ルーシアは、ゆっくりとカトレアとフィオナを見渡し、静かに口を開いた。


「確実な方法ではないが、私なら一つ、罠を張ってみるかな」

「罠?」

 フィオナが身を乗り出す。食べかけのスコーンも忘れたような眼差しで、ルーシアを見つめる。


「この都市には不思議な花が咲いているじゃないか。音に反応して咲く花が」


 ルーシアの視線は、テーブルの花瓶に向けられていた。

 そこに活けられた響奏花のつぼみは、ひっそりと閉じたまま。まるで、まだ語るべき時を待っているように。


「フィオ、議会場にもこの花、飾られていただろう?」


 フィオナは一瞬きょとんとしたが、すぐに思い出したように頷いた。


「うん。私がちょっと騒いだ時に、ぽんって咲いたよね。あの“ぽぽんっ”て音……あれ、目立つんだよね」

「あぁ。大きな音があればこの花は咲く。つまり、悲鳴が本当に上がっていたなら、事件当日、議会場の響奏花は咲くはずだ」


 テーブルの花に触れるか触れないかの位置に、ルーシアはそっと指先を伸ばした。

 響奏花のつぼみは静かに閉じたまま。まるで、今この瞬間が来るのを待っているかのように。


「……エリザに聞いてみるといい。事件当時、議会場のこの花は咲いていたか? ってね」

 ルーシアは短く答えた。


「えっと……でもさ、エリザが犯人だったら、『咲いていた』って答えるんじゃない? だって、彼女は“悲鳴があった”ってことにしたいはずだし」

 フィオナの疑問に、ルーシアはうなずいた。


「だから、そこが罠になる」

 ルーシアは静かに語る。


「彼女の選択肢は三つだ。『咲いていた』『咲いていなかった』『覚えていない』」

「……『咲いていなかった』とは言わないでしょうね」

 カトレアが補足する。


「あぁ。『咲いていなかった』ということは“悲鳴はなかった”ことの証明になってしまうからな。だから、普通なら選べない」

 ルーシアは続ける。


「となると、彼女の回答は『咲いていた』か『覚えていない』のどちらかになる」

「でもさ、それのどこが罠なの? 言い逃れされちゃわない?」

 フィオナがスコーンをかじりながら、小首をかしげる。


「重要なのは――」

 ルーシアは一度、言葉を区切った。


「エリザ以外の二人、レオナルドとラークの回答だ。おそらく二人とも『覚えていない』って答えるだろう」

「どうして?」

 フィオナの眉がきゅっと寄る。


「議会場の花の位置を思い出せ。響奏花は……あの、小さな出窓の奥だっただろう? 正直、あまり目立たなかった」

「……ああ、たしかに。あの位置じゃ、注目してなきゃ気づけないね」

「レオナルドは、セシリアに駆け寄って泣いていた。あの状況で、周囲を観察する余裕はなかったはずだ」


 ルーシアは静かに言い切る。


「そしてラーク。彼は入り口付近にしかいなかった。セシリアにも近づいていない。私も議会場のドアから中を見たが、あの位置からじゃ響奏花は見えなかった」

「……つまり、どっちも“花が咲いていたかどうか”を覚えていない。というか、そもそも見えてなかったってことね」

 フィオナが小さく頷く。


「その通り」

 ルーシアは頷くと、指先でカップの縁をなぞった。


「もしエリザだけが『咲いていた』と証言したら、当然他の二人と食い違う」

「……うん」

 フィオナが小さく頷く。


「魔法監察官は、そこで突っ込むだろう」

 ルーシアの声が少しだけ低くなる。


「『なぜ花が咲いたと覚えているのか?』。『そのとき、どんな状況だったのか?』」

 テーブルの上の響奏花が、静かに蕾を閉じている。


「咲いたと言い張るなら、それを見た理由が必要になる。その状況の説明が出来なければならない」

 ルーシアは言い切った。


「でも……その記憶は、作り物だ。だから、答えが噛み合わなくなり、ボロが出る可能性はわずかだが上がる」


 カトレアが、小さく息をのんだ。

「では……エリザが“覚えていない”と証言したら?」


ルーシアは、テーブルのスコーンを一つ指先で押しながら、ぽつりと答えた。

「それでも問題ない。そのときは、嘘をつく」

「……え?」

「『他の二人は“咲いていなかった”って言ってるよ』って、そう伝えるのさ」

 ルーシアの淡々と告げる。


「悲鳴が偽りなら、実際に花は咲いていなかったんだ。すると、"悲鳴は本当はなかった”という仮説に倒れやすくなる。彼女の言葉は、どちらに転んでも疑いを深める材料だ」

「……どっちを選んでも不利になるかもしれないってことね」

 フィオナがぽつりと漏らす。


「そう。そして魔法監察官がそれを問うた時、エリザがどんな反応をするか。その揺らぎから何かが暴けるかもしれない」

 ルーシアの言葉に、二人は静かにうなずいた。


 と、その時。

 ルーシアはふと我に返ったように咳ばらいをした。


「……まあ、あくまでこれは仮説だ。空想の話にすぎないからな」

 そう言いながら、さりげなく紅茶を口に運ぶ。少し熱が落ちているのが気になったのか、わずかに眉をひそめた。


「まぁ魔法監察官がちゃんと調査すれば、いずれエリザには辿り着くだろう。こんな罠を張らずともな」

 その声には、少しだけ照れ隠しの気配がにじんでいた。気づけば、いつのまにかずいぶん熱を込めて語っていたらしい。


 何気なくスコーンを手に取り、ぱくりと一口。

 だが、その味にルーシアは静かに目を細めた。


「……冷めてる」

 呟きながら、向かいのフィオナをじろりと睨む。


「えっ、なんで私!?」

 フィオナが素っ頓狂な声を上げる。


「確かに美味しいスコーンだ。温かかったらよりもっと美味しかったろうな……?」

「ちょっと! 理不尽すぎるよルー!」


 そんなやり取りに、カトレアが静かに笑う。


「では、温めたものをご用意しましょう。ちょうど紅茶の新しいポットも届く頃ですし」

 彼女の声はどこまでも上品で穏やかだったが、微笑の奥には明らかに楽しげな色が滲んでいた。


「すまないな」

「ありがとー。レアちゃん。それじゃルー、その冷めたスコーンは私が食べてあげるね」

「まったく……」

 ルーシアは小さくため息をつきながらも、どこか穏やかな表情で二人を見やった。


 午後の風がまたそっと吹き抜ける。

 陽だまりのなか、三人のテーブルには、ほんの少しだけ、ぬるくなった紅茶と冷めかけのスコーン。そして、事件の核心へと続く静かな熱が残っていた。

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