第50話 魔力制御


「魔力制御……なるほど。そういうことなんだね」


 俺は師匠の言葉にそう答える。

 魔力制御か。今までは感覚的にしていた、というよりはそうせざるを得なかった。そこはシリウスさんとエレナさんにも言われていたけど、まだ俺の理解は浅いから。


「魔術師たちは例外なく、幼少期から魔力の扱い方を教えられる。そして魔力制御とは主に二種類に分けられる。おい、エレナ。私のことを本気で殴れ」


 師匠がそう言うと、エレナさんは軽く驚く。けれど心なしか嬉しそうだった。


「いいのですか?」

「もちろん。本気で来い、エレナ」

「では、日頃の恨み──ではなく。アレンのために実演しましょう」


 エレナさんは魔力によって身体強化をしていく。俺はその魔力の流れをじっと見据えて捉える。綺麗に、まるで清流のように魔力が巡っていく。


 そして、エレナさんは思い切り踏み込んで距離を詰める。右腕を引き、体全体を捻って体重をしっかりと乗せた拳を師匠のお腹へと叩き込んだ。


 ドォン! と鈍い音がしたけど、そこにはズボンのポケットに手を入れたままの師匠が立っていた。その表情に全く変化はない。


「ふはははは! これが身体強化だ! ま、エレナもなかなかやるな!」

「……くっ。流石は特級魔術師ですか」


 師匠は高らかに笑い、エレナさんは少し悔しそうだった。でも……今の当たり方は……。


「ぐっ……!」


 その声は師匠が漏らしたものだった。軽くよろめいて、膝をつきそうになる。


「エレナお前……本気マジで撃ってきたな……」

「? はい。ベル様が本気でこいと仰ったので」

「くっ。お前、明らかに公安時代より強いだろ……調整少しミスったな。今からでも戻れるぞ」

「いいえ。私の全てはアレンのためにありますので、公安には戻りませんよ」

「……そうか。ただエレナ。目が怖いぞ」

「? 普通ですけど」


 その後、師匠はこちらへと視線を向けてくる。


「アレン。今の攻防、どう思った」

「二人とも身体強化をしていたけど、エレナさんは拳に。師匠はお腹に魔力を集めていたよね?」

「その通り。肉体を魔力で強化する。これがまず、魔力制御の第一歩だ」

「でも、全体を満遍なく魔力で強化する方がいいんじゃないの? 局所的に強化した場所以外に攻撃を貰うと危ないでしょ?」

「あぁ。だから満遍なく魔力で肉体を覆い、相手の攻撃を読んで魔力を流動させていく。ただしこれは、魔力制御の内部流動インサイドの話だ」


 内部流動インサイド──というのは、言葉の通り内部の話だろう。つまり、魔力制御の二種類のもう一つは。


「外に魔力を出す技術もあるんだね」

「流石はアレンだな。そう。もう一つは──外部流動アウトサイドと呼ばれる。良くあるのが、魔力球だな」


 師匠は指先に魔力球を生み出して、それは綺麗にくるくると回転していた。


「原典以外の魔術的技術。それは魔力制御であり、内部流動インサイド外部流動アウトサイドに分類される。アレンは今まで感覚的に使用していたものだ。確かにアレン自身の原典はお前にしか分からない。そこを指導するつもりは私もない。だが、魔力制御は知っていて損はない。こればかりは努力によって伸ばせるからな」

「おぉ……! 流石は師匠だ!」


 師匠の話はいつもスッと入ってくる。俺のことを良く考えてくれているのがよく分かる。


「シリウスとエレナが魔力制御の詳細を教えなかったのは、アレンの魔力が特殊だったからだ」

「特殊?」

「そうだ。アレンの原典は再現。それは魔力もまた再現対象だろ? アレンは感覚的に魔力流動が私に似ている。おそらくは無意識のうちに私の魔力を再現しているんだろうな」

「……そっか。確かにそうかも」


 俺が見た初めての魔術師は師匠だ。きっと無意識の内に師匠の魔力の流れを再現していたんだろう。


「で、本題はどうやって魔力制御を鍛えるのかということだが──この木の棒が役に立つのさ」


 師匠は木の棒を取り出して、それに魔力を流していく。一気に魔力が満ちていき、鋭利な刃物のような魔力が一定の状態で保たれている。

 

 魔術を知れば知るほど、師匠の偉大さを知っていく。この些細な魔術的な動作だけでも、師匠が特級魔術師であることを実感する。


「外部的物質に魔力を流すのは、外部流動アウトサイドではあるが、これを維持するのは内部流動インサイド的な要素も必要になる。アレン、とりあえずやってみな」

「うん!」


 師匠の言う通り、木の棒に魔力を流す。掌から送り出された魔力は表面を滑ることなく、そのまま内部へと染み込んでいった。


 木の繊維を無視し、魔力は一直線に押し進む。細い流路の一箇所で流れが詰まり、逃げ場を失った魔力が一点に集中した。


「あっ……」


 次の瞬間。乾いた破裂音が鳴った。内側から引き裂かれるように、木の棒は砕け散る。

ささくれ立った断面が、魔力を通したのではなく、流し込みすぎたことをはっきりと示していた。


「やはりな。アレンはまだ繊細な魔力制御が出来ていない。確かに破格の才能を持っているが、あくまでそれだけ。より繊細なコントロールを身につければ、さらに魔術師として大成できるだろう。ま、魔力制御も慣れてくれば──」


 師匠は魔力を流した木の棒を軽く地面に向かって振る。するとそこには、地面を抉り取ったかのような鋭利な跡が残った。


「こんなこともできる。まあ、私は得物えものを使う魔術師じゃないからこの程度だな。ツバキとかはもっとヤバい」

「ヤバい?」


 ツバキさんはアオイのお姉さんで、特級魔術師の一人。確か血統的な原典は剣術に特化したもののはずだ。


「あぁ。完全に肉体と刀を一体化した魔力流動をしている。私よりもずっと洗練された技術を有していて、得物を持った時の殺意は一級品だ。といっても、私は天才だから負ける気はしないけどな! ははは!」


 師匠は高らかに笑う。確かに思えば、アオイも魔力の流れがとても綺麗だ。それはきっと長年の研鑽ゆえのものなんだろう。


 ただ──師匠に教えてもらったことで、何となくぼんやりと自分の道が見えた気がした。


「ま、私が教えることができるのはこんなもんだな。後は大会まで頑張るといい。最低でも一時間は維持できるようになれよ」

「うん! ありがとう師匠!」

「おう。頑張れよ、アレン」


 師匠はそう言って、ゆっくりと歩みを進めて去っていく。よし。師匠の言う通り、木の棒が破損しないように魔力制御を頑張っていこう!



 †



「ベル様」

「なんだ? 別に見送りはいらないが」

「物質に魔力を通して維持するのはいいとして、木の棒なんて不安定なものを一時間も維持するのは流石に厳しい要求なのでは?」


 エレナはベルの教えを黙って見守っていたが、流石に思うところがあった。仮にエレナが教えるならば、もっと基礎的な部分。内部流動インサイドを重視した教え方をしていたからだ。


 アレンに教えたのは上級者向けの内容だった。


「アレンは多分、私たちと異なる魔術的感覚質を持っている」

「……」


 どこか遠くを見ながら、ベルは語る。


「どれだけ天才的な魔術師でも、魔力回路が存在していて魔力を常に貯蔵して体内で回している。そして原典を利用することで、魔力は魔術へと昇華される。しかし──アレンは違う。アレンはこの世界の異能全てを再現する特殊な才能を有している。型にハマった教え方は通用しないだろう。あの教えだって、ぶっちゃけテキトーなもんだしな」

「なっ……! テキトーなことをアレンに教えたのですか!?」

「あぁ。私だって何が正解か分からないさ。そこから先はアレンが自分で見つけていくしかない。いや、アレンだけじゃないさ。魔術師はいつだって、自身の原典と向き合わなければならない。あれはアレンが自分と向き合う要素の一つに過ぎない」

「……それは」


 エレナもそれ以上追及することは出来ない。彼女もまたベルの言葉を感覚的に理解していたからだ。


 魔術師とは原典に導かれる存在である。


 そしてそれは、自分自身でしか分からない感覚だ。他者は決して介入することのできない神域ですらある。


「ま、大会は自由にやらせるといい。アレンの才能はまだ途上だ。いずれは──〈降臨状態〉にも届くだろう」

「降臨状態ですか……。アレンはどこまで行ってしまうのでしょうか」

「さぁな。それこそ──神のみぞ知る、だな」

 

 魔術的臨界点を超えたその先。そこに広がるのは、魔術の極地であり真奥。アレンはすでにそれを知覚していた。ジュリアの〈降臨状態〉をその目で見てしまった以上、もう後戻りはできない。


 彼の原典は学習する。

 この世に存在する万物の情報を取り込み、理解し、再構築するその異能は、確実に魔術の極地へと歩みを進めていた。


 その先に待つものは──

 破滅か。それとも、救済か。


 そしてついに。

 下層出身の魔術師であるアレンが、上層の世界でその才能を開花させようとしていた。

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下層スラムでガラクタを修理していた転生者はあらゆる魔術を〈再現〉し、世界最高の魔術師へと至る〜原典魔術の創造者〜 御子柴奈々 @mikosibanana210

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