第28話 潜入

 私は巨大な穴の中に魔法で作った炎の球をそっと投げ入れた。炎がゆっくりと洞窟の中を柔らかい光で照らしながら進んで行く。入り口付近は急な坂道で、次第になだらかになりながら、見えない奥へと続いているようだ。壁は上下左右が岩のおおわれていて、ところどころ苔が生えており、濡れたような質感をしている。


「ムース君は羽があるから飛べるね。オランジェット君は私のホウキの後ろに乗りなさい。ある程度平らな場所まで飛んで行こう」


 カナリア、サブレ達、私の順番で洞窟の中へ降りていく。入ってすぐ周囲の気温が下がり、雨の後のような土や草の匂いが強く鼻に充満した。風の音が聞こえる以外は静かだった。巨大な洞窟は随分遠くまで続いているようだ。


「ここらで降りよう。滑らないように気を付けて」


 声が反響する。オランジェットとサブレがホウキからゆっくりと降りた。


「スポンジの上を歩いているみたいだ」


 オランジェットが降りた地面はこけに覆われており、踏んだ場所からは水がジュワッと染み出しているようだった。


「そうだね。地下河川や湖があるかもしれないな」


 炎の明かりで照らされた岩壁にサブレが触れる。よく見ると、岩の隙間から細く水が下へ流れていた。


「そういえば、ショートケーキ殿下とフレジエ君と私で洞窟探検を計画したことがあった。あれは殿下が十歳の時だ」


 そうしてサブレは歩きながら語り始めた――。


 サブレとショートケーキの出会いはとあるパーティーだった。サブレが地質学を専攻しており探検にも出掛けると人々と話していると、ショートケーキはサブレをこっそり人気ひとけのないバルコニーへ連れ出した。


「どうか私を連れ出してくれ!」


 まるで駆け落ちをしてくれと言わんばかりのショートケーキの言葉にサブレが呆気にとられていると、「彼は今、冒険小説にハマっているんです。探検に行きたいということですよ」と、バルコニーの隅の暗闇にいたフレジエが言い添えた。


「どうせ父上は許してくれない。私は冒険というものがしてみたい!」


 尊大な態度が目に余るという噂のショートケーキが懇願する姿を見て、サブレは心を動かされたという。


 それからサブレはよく王宮を訪れては、ショートケーキとフレジエで洞窟探検の計画を練った。警備が手薄な時間、洞窟までの移動手段、もしいないとバレた時の対処方法。


「考える時間はとても楽しかったよ。しかし計画は実現しなかった。殿下の世話役が計画を知って、監視が厳しくなったんだ。私は王宮への出入りを禁止されてしまった」


「その程度で済んで良かったですね。もし実現していたら、バレた時に誘拐だの大ごとになっていたでしょう」


 オランジェットは滑りそうな岩を避けて壁伝いに歩きながら言った。


「浅はかだったとは思うけど、行ってみたかったな」


 マカロンの中のショートケーキは、プライドが高く、何かに執着せず、いつも冷静だった。いや、私に国外追放を言い渡した時の様子は冷静とは言えなかったな。茶織に夢中になっていたからかもしれない。


 それから三叉路の広い道を選んだり、行き止まりで元に戻ったりを繰り返しながら歩き回った。やがて、入り口と同様の坂道が初めて現れた。


「……水の音がする」


 耳を澄ませたサブレがささやいた。現時点で歩き始めてから一時間半ほど時間が経っている。


「オランジェット君、ホウキに乗ろう。ムースさん、私たちと離れないように。アンミツ君、合図したらすぐに戻してくれ」


『了解です』


 アンミツの声が頭の中に響いた。


 オランジェットは、「肩にでも乗っていろ」と声を掛けてくれる。

 

「では失礼しまして」


 はぐれないようにしっかりと、オランジェットの首に襟巻のようにしがみつく。なんかいい匂いがする! よこしまな浮ついた心は、サブレの話で現実に戻された。


「地下水が溜まる場所には有毒ガスが溜まりやすいんだ」


 サブレが事もなげに言う。先ほど訪れた洞窟で毒ガスに遭遇したばかりなので、緊張感が走る。


「帰りたい」


 オランジェットが、至近距離でも聞こえるか聞こえないかぐらいの声でつぶやいた。昨晩は今日のために夜遅くまで仕事していたみたいだし、疲れたのだろう。


「私はもう少し探検したい気分です」


 小声で答えると、サブレが振り返った。


「有毒ガスのことが気になるかな? 洞窟には硫化水素などが低い場所に溜まりやすいんだ。これは硫化水素が空気よりも重いから――」


 喋りながらホウキはふわりと宙に浮かび、坂道に沿って下へ下へ進み始めた。次第に私も水の気配を感じ始めていた。臭くはないんだけど、湖の近くのような独特の水の匂いが強くなった気がする。


「あっ、着いた」


 サブレが声を上げる。炎が照らす先には、何やら空間が広がっているようだ。カナリアは全く反応していないので進み続ける。


 そして私たちは地下に広がる巨大な空間に辿りついた。


 

(つづく)




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