第27話 寄り道

 オランジェットに洞窟ホテルのウエルカムスイーツがスイカゼリーに決まりそうだと夜に書斎で報告した。


「スイカは青臭さが嫌いな人間もいると思うが、ブラウニーさんなら美味しいぜゼリーにしてくれるか……」


「試作が出来上がり次第、連絡くださるそうです」


「わかった。あと、明日は俺も同行できるから」


 明日は週末だ。サブレ、アンミツ、キャンディを伴って街から遠い場所へ調査しに行くことになっていた。洞窟群の各洞窟内部がそれぞれ広ければ、周囲に観光スポットがない分、ホテル滞在がメインとなるようなスイートルームを作る予定だ。もしシングルルーム程度の洞窟しか見つからなければ、ホテルとして使用することは諦める。


 工事が終わらないのでオープンまで時間はかかるが、ピール領に点在する洞窟ホテルの調査は大詰めを迎えようとしていた。


◇◇◇◇◇◇◇


 

「私、時間があるなら行ってみたい場所があるんだよね」


 それは街から離れた洞窟群の調査が早々に終わった時に、サブレが発した言葉だった。調査序盤で終了した。最初の洞窟を奥まで進んだ際に、サブレのカナリアが反応したからだ。私たちは危険を察知して爆発したカナリアに、水のバリアのような球状の膜に覆われ、アンミツの転移魔法で外に出されたのだ。一瞬の出来事で本当に怖かった。危険の原因はわからないが、匂いもなく吸ったら即死する毒もあるという。


「一応聞きます、どちらに行きたいんですか?」


 オランジェットはソワソワと浮き足立つサブレに対して警戒して尋ねた。


「ここだよ!」


 みんなで彼が開いた地図を覗き込む。地形図を見た限り、ただの山のようだった。


「何があるんです?」


「地下洞窟だよ。さっき精霊に付近の調査に行かせていたんだ。そしたら、木々に隠れた巨大な穴を地面に見つけてね。ピール領は今まで洞窟の調査に訪れた研究者がほとんどいなかったから、何か出るんじゃないかと踏んでいるんだ! 世紀の大発見は、いつも偶然から始まる。例えば――」


「話の途中すみません。休日返上してずっと協力していただいた先生には本当に申し訳ありませんが、危険な可能性があるなら了承するわけにはいきません」


 珍しくオランジェットが話の腰を折った。


「先生、俺はやれます!」


 みんなが声の主を見る。アンミツだ。彼は先ほど複数人を転移魔法で移動させたことで疲労して座り込んでいたが、目が爛々らんらんとしている。


「俺で役に立つことがあるのなら、先生は背中を俺に預けて探検に行ってください!」


 ハイになっているな。確かに先ほどは本当に助かった。転移が成功した時のアンミツの嬉しそうな顔といったら。こちらにまで気持ちが伝染した。


「行こう、アンミツ君!」


 キャンディはみんなの動向を見守っている。実は私は行ってみたい。何か発見しそうな洞窟なんて、専門家も一緒でなければこの世界でだって今後行くことはないだろう。


「キャンディと伯爵は、アンミツと外で待っているということで、私も先生に付いて行きたいなーなんて……」


 オランジェットが睨んできたので目を逸らした。キャンディは申し訳なさそうに、「外で待っています」と言った。


「私、おばけとか怖いものが苦手なんです。深い洞窟って真っ暗で何か出そうじゃないですか……実は今しがた歩いた洞窟も動悸がすごくて震えが……。どうにか自分を奮い立たせて前に進んでいたのですが……」


「そうだったの! ごめんね!」


 洞窟の中で、いつもは隣にいるキャンディが私の前をズンズンと先導して歩いていた。いつもより気迫があったのはそのためか。


「ムースさんを守れず申し訳ありません」


「あなたの本来の役目は侍女だからね。大丈夫よ」


 侍女の仕事ってなんだっけ?というくらい、キャンディにはさまざまなことでお世話になっている。責任感もある彼女がこんな事を言うのだ、相当だろう。


「俺も一緒に洞窟へ入る。アンミツとキャンディは洞窟の外で待機していてくれ。先生、俺たちが一緒に入ることをお忘れなく。危険だと判断したら踏み込まずにすぐに帰りましょう」


「ああ、わかった! さぁ、探検にいざ行かん!」


 皆で徒歩で洞窟まで向かう途中、こっそりオランジェットに聞いてみた。


「許可するとは思いませんでした」


「だってあの人、放っといても行くだろ。アンミツや俺たちがいる状況で行ってくれた方がまだ安心じゃないか」


「なるほど」


「君も好奇心に負けず気を付けるように」


「わかっています」


 とはいえ、わくわくして少し浮かれていた。


 地面の上に出た木の根や枝がそこら中にある歩きづらい森を三十分ほど歩いた頃だろうか。鬱蒼とした森に急に開けた空間に出た。地面にぽっかり穴が空いている。直径にして、三メートル程だろうか。


「こんな巨大な穴、上から見つかりそうなものですが……」


 そう言って天を仰ぐと、うまい具合に巨大な広葉樹が枝を広げて空が殆ど見えなかった。


「では、これから中に入る。アンミツ君、いざという時は頼んだよ」



(つづく)



 

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