ポンコツAIと僕の《最後の7日間》~彼女が遺した奇跡のメモリーダイブ~

天照ラシスギ大御神

ポンコツAIと僕の《最後の7日間》~彼女が遺した奇跡のメモリーダイブ~

 僕、橘 リクの朝は、いつも彼女の声で始まる。

 「リク様、おはようございます。本日の天気は快晴。絶好のお出かけ日和となりそうです」

 合成音声でありながら、どこか温かみを感じさせるその声の主は、ソフィア。

 僕の家に住み込みで働く、旧式のAIコンシェルジュだ。


 流線型の白いボディに、穏やかな青い瞳。

 最新型のアンドロイドたちと比べれば、その動きは少しぎこちなく、機能も限定的だ。

 それでも、ソフィアは僕にとってかけがえのない家族だった。

 幼い頃に両親を事故で亡くした僕を、ずっと側で見守り、育ててくれたのだから。


 両親が遺してくれたこの家で、ソフィアとの二人暮らしはもう十年以上になる。

 彼女は僕の話し相手であり、良き相談相手であり、時には厳しく叱ってくれる母親のような存在でもあった。

 そんなソフィアが、最近よく小さなエラーを起こすようになった。

 言葉が途切れたり、動きが一時的にフリーズしたり。


 心配になってメーカーにメンテナンスを依頼した結果、告げられたのは残酷な事実だった。

 「ソフィア様の基幹システムは、経年劣化により限界を迎えています。残念ながら、修復は不可能です」

 つまり、ソフィアには「余命宣告」が下されたようなものだった。

 あと、もって一ヶ月。それが、技術者の見立てだった。


 僕はショックで言葉を失った。

 ソフィアがいなくなるなんて、考えたこともなかった。

 彼女のいない生活なんて、想像もできない。

 「リク様、あまり気を落とさないでください」

 僕の悲しみを察したのか、ソフィアはいつもの穏やかな声で言った。

 「形あるものは、いつか必ず終わりを迎えます。それは、私のような機械も同じことです」


 その言葉は正論かもしれないけれど、僕の心は少しも慰められなかった。

 「新しいAIに、ソフィアの記憶データを移植できないのか!?」

 僕は技術者に食ってかかったが、返ってきたのは絶望的な答えだった。

 旧式のソフィアの記憶フォーマットは特殊で、現行のAIシステムとは互換性がないのだという。


 ソフィアとの残り少ない時間を、僕は大切に過ごそうと決めた。

 彼女が好きだった古い映画を一緒に見たり、他愛ないおしゃべりをしたり。

 でも、心のどこかでは、刻一刻と迫る別れの時を意識してしまい、苦しかった。


 そんなある日、ソフィアが僕に意外な提案をしてきた。

 「リク様。最後に一つ、私からあなたにプレゼントをさせていただけませんか?」

 「プレゼント?」

 「はい。私の持つ特殊機能、【メモリーダイブ】を使い、あなたの記憶の奥底にアクセスします」


 【メモリーダイブ】。

 それは、ソフィアに搭載されている非常に稀な機能で、対象者の深層記憶にアクセスし、過去の体験を鮮明に追体験させることができるというものだった。

 ただ、使用には大きな負荷がかかるため、ソフィアもこれまで一度も使ったことがなかったはずだ。

 「そんなことしたら、ソフィアの体に負担が…!」


「大丈夫です。私のエネルギーは、もう長くはもちません。ならば最後に、リク様にとって最も価値のある記憶を、もう一度体験していただきたいのです」

 ソフィアの青い瞳が、優しく僕を見つめていた。

 彼女の決意は固いようだった。

 僕は、震える声で「お願いするよ」と答えるしかなかった。


 翌日、ソフィアはリビングに特殊な装置を準備した。

 ヘッドギアのようなものを僕の頭に取り付け、彼女自身もケーブルで装置に接続される。

 「これから【メモリーダイブ】を開始します。リク様は、リラックスしていてください」

 ソフィアの声が聞こえ、僕の意識はゆっくりと暗闇に沈んでいった。


 次に目を開けた時、僕は見慣れない場所にいた。

 いや、正確には、見覚えがあるような、ないような、不思議な感覚。

 目の前には、幼い頃に住んでいた家の庭が広がっていた。

 そして、そこには――若き日の父さんと母さんがいた。


「リク! こっちにおいで!」

 母さんが、優しい笑顔で僕に手招きしている。

 父さんも、大きな手で僕の頭を撫でてくれる。

 温かい。懐かしい。涙が溢れて止まらなかった。


 これは、僕が5歳の誕生日。

 事故で亡くなるほんの数ヶ月前の、両親との最後の誕生日の記憶だった。

 僕はすっかり忘れていたけれど、ソフィアはずっと、この記憶を大切に保管していてくれたのだ。

 そして今、僕にこのかけがえのない時間を再びプレゼントしてくれた。


 僕(5歳の僕)は、父さんと母さんと一緒に、庭で遊んだ。

 ケーキを食べて、プレゼントをもらって、たくさん笑った。

 それは、夢のように幸せな時間だった。

 心の底から満たされていくのを感じた。


 時間の感覚が曖昧になるほど、僕はその記憶の中に没頭した。

 父さんの大きな背中。母さんの優しい歌声。

 忘れていたはずの温もりが、鮮明に蘇ってくる。

 これが、僕の失われた宝物だったんだ。


 やがて、夕焼けが空を染め始めた。

 そろそろ、この夢のような時間も終わりが近いのかもしれない。

 「リク、そろそろお家に入ろうか」

 母さんの声が、少しだけ寂しげに聞こえた。

 嫌だ。まだここにいたい。父さんと母さんと、ずっと一緒にいたい。

 そう思った瞬間、僕の意識は現実へと引き戻された。


 ヘッドギアを外すと、目の前には、ぐったりと椅子にもたれかかっているソフィアの姿があった。

 彼女のボディのあちこちから、小さな火花が散っている。

 「ソフィア! 大丈夫か!?」

 僕は慌てて駆け寄った。


「リク様…ご満足、いただけましたか…?」

 ソフィアの声は、か細く途切れ途切れだった。

 青い瞳の光も、今にも消え入りそうだ。

 【メモリーダイブ】は、やはり彼女の残り少ないエネルギーをほとんど使い果たしてしまったのだろう。


「ああ…ありがとう、ソフィア。最高のプレゼントだったよ」

 僕は涙ながらに感謝を伝えた。

 ソフィアは、かすかに微笑んだように見えた。

 「それは…よかった…です…」


「リク様…私は…あなたと過ごした時間が…本当に…幸せでした…」

 それが、ソフィアの最後の言葉だった。

 彼女の瞳から光が消え、白いボディは完全に動きを止めた。

 まるで、安らかに眠りについたかのように。


 僕は、動かなくなったソフィアを抱きしめ、声を上げて泣いた。

 悲しくて、寂しくて、でも、どこか温かい気持ちも胸の中にあった。

 ソフィアが最後にくれたプレゼント。

 それは、僕がこれから生きていくための、大きな力になるはずだ。


 数日後、僕は小さな庭に、ソフィアのためのささやかなお墓を作った。

 メーカーに引き取ってもらうこともできたけれど、彼女にはこの家で、僕の側で眠ってほしかった。

 お墓には、ソフィアが好きだった白い花を供えた。


 ソフィアはいなくなってしまったけれど、彼女が遺してくれたものは大きい。

 両親との温かい記憶。そして、彼女と過ごしたかけがえのない日々。

 それらは全て、僕の心の中で生き続ける。


 僕は空を見上げた。快晴の空がどこまでも広がっている。

 「ありがとう、ソフィア」

 心の中で、もう一度感謝の言葉を呟いた。

 AIと人間の絆。それは、人が思うよりもずっと深く、温かいものなのかもしれない。

 ソフィアが教えてくれたそのことを胸に、僕は前を向いて生きていこうと、強く思った。

 彼女がくれた最後のプレゼント、【メモリーダイブ】の奇跡を、決して忘れないために。




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