死んだ彼女が還ってきました

ぴあす

第1話 

三年前の今日、俺は大好きだった彼女を亡くした。急に交差点にトラックが突っ込んできたんだ。運転手は熱中症でふらふらの状態。搬送先の病院で死んだ。怒りをぶつける相手がいないとなれば俺にできるとなんて泣くことぐらいだった。でも今はもう吹っ切れてる、と言いたいが今日もあいつの墓の前で泣き崩れてる。未練たらたらとはまさにこんな感じだろうな。「くそッ、また会いてぇよ...」泣きながら墓石に額を押し付けた。その瞬間背後に気配を感じたんだ。あいつの気配をな。「けんじ、久しぶり!」一瞬頭がフリーズしたよ。死んだあいつの声が後ろからするんだからな。遂に俺の頭が狂った可能性が一瞬過ぎって振り向くのを躊躇した。だが振り向かずにはいられなかった。たとえ狂って見てる幻視でもあいつにまた逢えるならなんだって良い、そう思ったからだ。そこにはあの日と変わらず若干のぎこちなさを含んだ笑顔のあいつがいた。「あかりッ...!」俺はあかりを抱きしめた。締め殺す寸前ほどに力強く。痛いよ、と呆れ半分であかりは笑った。幻視じゃない。抱きしめた感触、肌の温かさをしっかり感じる。俺はもう一生分の涙を枯らす勢いで大泣きした。よしよしと俺の頭をあかりは撫で、俺が落ち着くのを待ってくれた。ひとしきり泣いて平静を取り戻した俺はあかりに一つ質問をした。「戻ってきてくれたのは嬉しいんだけどさ。一体どうやって生き返ったんだ?」素朴な疑問をあかりにぶつける。その質問を聞きあかりは胸に手を当て目を閉じる。「神様に何回もお願いしたんだ。大好きな人にもう一度会って果たせなかった約束を果たしたいって。多分百回はお願いしたかな」俺を思ってずっと死後の世界で神に頼み事をしていたとは。俺たちの思いが同じだったことに胸の奥が温まった気がした。立ち話はなんだと思い車に乗り二人で住んでいたアパートに向かった。車の中ではあかりがいない間の俺の話を尋問のように聞き出され続けた。ほぼ毎日墓参りに行っていたこと、あかりが死んで一ヶ月以上仕事が手につかずクビになりかけたこと、部屋にはまだあかりのものばかりで一つも捨ててないこと、その全てを聞きあかりは「未練たらたらじゃん」と嬉しそうに言った。あかりは家に着き次第部屋の中を物色し出した。「ホントだー!全部残ってる!あ!このワンピースお気に入りのやつだ、まだ着れるかな?」あかりはご機嫌でワンピースを取りあっち向いてて、と言い着替えを始める。久々にあかりのある部屋の空気を感じられて俺はまた泣きそうになった。「もういいよ!こっち見て!」フリルの付いた純白のワンピース、それは俺が初めてあかりにプレゼンしたものだった。昔と変わらず華奢で風に飛ばされそうなその体と白い肌、俺にはその姿が天使に見えた。「ねぇ、なんか言ってよ...あんま、似合ってない?」すぐ心配そうな顔をするのも変わってない。「いや、ちょっと見惚れてただけだよ。似合って...」目から涙が溢れ出した。やっと、ようやくまたあかりと暮らせる。多分もうしばらく俺はこの感じなんだろうと思った。唐突に泣き出した俺の背中をあかりは困惑しながらさすった。「もう、そんなに似合ってた?」あかりは皮肉交じりににそういうとさすっていた手を振り上げて思い切り俺の背中を引っ叩いた。「ッッッ!」俺が悶えるとあかりは大笑いして元気出た?と聞いてきた。「今ので元気出ただろうしどっか遊びいこー!涼しいとこがいい!この部屋暑過ぎ!」胸元をパタパタさせ額の汗を拭きながら言った。エアコンが壊れてるせいで夏は熱く冬は寒い。俺もこの暑さにはうんざりしていたからいい気分転換ができると思った。涼しい場所、思い浮かぶのはプールや海何かの夏の風物詩だ。「海とかどう?夏らしいし、初めてあった場所でもあるしさ」海!?と興奮気味に言うとあかりは俺の方によってきて目を輝かせた。「いつ?いつ行く?今日でもいいよ!ていうか今日行こう!」そう言うとあかりは押し入れを漁りだした。確か何年か前に海に行ったときの水着やら浮き輪がまだ残っているはず。あかりが押し入れを漁っている間に俺は海までの経路や駐車場を調べ始める。行ったのは何年も前のことだ、もう前とは色々変わっているだろう。観光サイトを見漁り良さげな店をいくつかピックアップした。もしかしたら泊まりになるかもしれないと思い一応ホテルも探しておいた。計画に一段落ついた頃、押し入れの中からあかりの声がした。「あった!あったよ!こっち来て!」押し入れの方に目をやるとしまっていたものが散乱し大変なことになっていた。脚の踏み場を探りながら押入れの方へ行くと、なかなか攻めたデザインのビキニとブーメランパンツを手に持ちこちらを見つめるあかりがいた。数年前の自分を恨んだ。なぜ敢えてブーメランなんだ。こんなの着れるかと俺は狼狽えた。一方あかりは着る気だし着せる気のようで上機嫌でバックに黒歴史確定水着たちを詰めていた。時間が時間だったのもあって俺達二人はすぐに海に向かった。車の中で流す曲は昔二人で作ったプレイリスト。懐かしがってあかりは曲を飛ばしまくって自分お気に入りの曲を探し始めた。「あったあった!この曲好きだったんだよなー!」選んだ曲はアップテンポで夏らしい爽やかな曲だ。俺はあかりの選ぶ曲が好きだ。明るくて元気になるような曲ばかり。この曲もその一つで二人で飽きるほど聞いた。懐かしさにふけっていると、助手席から翡翠のような歌声が聞こえてきた。聞き惚れてしまうような声だ。俺は明かりの歌声も大好きだ。生前歌手として活動していたあかりの声は人を魅了する特別な力が有るように感じる。一緒にカラオケに行くとついあかりに歌ってほしくて曲をいれるのを渋ってしまう。車を飛ばして二、三時間ほどかけて海に着く。海は観光客でごった返している、わけではなく思いの外、人が少なかった。「人思ったよりいないなー。これならいくらでもイチャイチャできるね?」ニヤつきながら俺の方を見る顔は眩しい日差しに照らされている。「そんなバカップルみたいなこと、もう卒業しただろ?」俺の返答が気に食わなかったのかあかりのローキックが俺のふくらはぎにめがけて飛んできた。そんなに怒る?と思い謝ろうとすると、あかりが腕にしがみついてきた。「今日くらいは良いでしょ...」今日くらい、何か予定でもあるのか?まあ今そんなことはどうでもいい。せっかく海に来たんだ。存分にイチャつくし、存分に遊ばせてもらおう。海での時間は何もかもが懐かしく、美しく見えた。あかりが死んでから、あかりを思い出しそうな場所はほぼ避けていた。海なんてもってのほかだった。初めて出会ったのも、告白したのもここ。でも今はあかりがいる。日が暮れるまで俺たち二人は遊び続けた。海で水をかけ合って屋台を巡り、二人肩を合わせて夕陽を見た。学生時代に戻ったような気分だった。車に荷物を積んでる途中、あかりは何かをぶつぶつと呟いていた。何を言っているのだろうかと近づこうとしたが、すぐこちらに気付き慌てて帰り支度を手伝ってくれた。準備を終え二人で車に乗り込む。エンジンをかけ出発する。

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