第5話 露見



『フォームアウト』


 街の裏路地で、元のエリシアの姿に戻る。


「あ、あなた――」

「きみは――」


 振り返ると、そこにいたのは――

 騎士団員と、貴族の令嬢だった。


 この顔は知っている。


 鎧を着ているのは、王国騎士団長バロット・マーダイン侯爵。

 そして、令嬢の方は、王太子の婚約者候補筆頭、ヴィルネア・ローレンツ公爵令嬢だ。


「あなた……確か、ローゼ伯爵家の長女ね?」


「マーダイン侯爵様、ローレンツ公爵令嬢様……どうして、こんなところに?」


 まずいところを見られた。

 しらばっくれるしかないか?


「魔族軍の襲撃の報を聞いて、城壁に向かっているところだ。きみ……今、姿が変わらなかったか?」


「姿? 何のことでしょうか?」


 しらばっくれてみる。

 全部見られていれば、ごまかすのは難しいだろうが。


 幸いにも見られていたのは一瞬だったらしく、私の態度に、マーダイン侯爵は戸惑いながらもそれ以上追求してこなかった。

 見間違いだ、と思われたのだろう。


 だけど、そう思わなかった人もいるようだ。

 ヴィルネア・ローレンツ公爵令嬢は、私の態度に疑問の視線を投げかけている。


「なんだか巨大な、大男の姿が見えたような……」


「ここには私一人ですよ? むしろ、なんでヴィルネア嬢がこんなところに? マーダイン侯爵様は、軍務の途中なのだと思うのですけど……」


 私が話を逸らすと、ヴィルネアはギクリ、と気まずそうな顔をした。


「たまたま、ここで出会っただけです」


 私はその態度に、ピンときた。


 城壁の騎士団……じゃないな。マーダイン侯爵との、街中での逢瀬か?

 人気のないところだから、二人きりで会っていたところに、城壁の騒ぎを聞きつけたマーダイン侯爵に同行することになった。

 とか、そんなんじゃないか?


「……お二人は、親しい間柄ですか?」


「侯爵家と公爵家だから、上級貴族同士、子どもの頃からの親交はあるが……ここで二人でいたことは、内密にして欲しい。ローゼ伯爵令嬢殿」


 頭を下げるマーダイン侯爵。

 ここでその対応を取ると、二人の仲を認めているようなものだと思うけど。


 まぁいいか。特に、二人の関係になんかあまり興味はない。


「かしこまりました。私も散歩中に城壁の騒ぎを聞きつけ、向かっていたところなのですが。私も一人で散歩していると知られているのは面倒ですので。――お互い、ここでは会わなかった、ということでよろしいでしょうか?」


「ああ、そうしてくれると助かるな。……それでは、俺はヴィルネア嬢を送り届けた後、城壁に向かわねばならん。この場は失礼する」


 お互い一件落着。

 ただ、伝えることが一つ。


「城壁の騒ぎは、何やら収まっているように感じますけど……何があったんでしょう?」


「そう言えば、警報も止んだし、慌ただしさが収まっているな。どのみち、状況を確認しに向かわねばならん。それではな、ローゼ伯爵令嬢、御身お気をつけて」


 礼をして別れる。

 それでも、別れ際のヴィルネアの視線は私に向いていた。

 まだ、疑念が晴れていないのか。それとも、自分たちの関係を広められるとでも思っているのか。


 どっちかはわからないが、私だって早く自分の屋敷に戻らなきゃいけない。


 私は二人と別れて路地を抜け、王都の街中を歩き出した。



*******



 危ないところだった。

 魔法少女の正体は秘密、と決めた瞬間に他人にバレるところだった。


 ともあれ、表通りに出よう。

 貴族服、というかドレスのままだけど、王都の中なら何とかなるだろう。


 ついでに、雑貨屋や屋台を覗いていくのも良いかもしれない。


「そのまま出歩いて大丈夫かい、エリシア?」


「街がまだザワついてるから、私は気にされないわよ。マサクリオンも、屋台で何か食べる? 力をくれたお礼に、おごるわよ」


 聞いてみると、精霊は食事をしないらしい。

 生命体ではなく『現象』ということらしく、食事の機能がないんだとか。


「気持ちだけいただいておくよ」


「そうなの。残念ね。じゃあ私だけでも――って、ゲッ!」


 思わずうめいてしまう。

 通りの向こうから走ってくるのは、じいや!


「お嬢様! 見つけましたぞ!」


「じ、じいや! なんでここに!?」


 私の前に駆けつけて、息を切らせながら一礼してきたのは。


 ローゼ伯爵家の執事長。じいやこと、オスロ・ノーマンだ。

 五歳の頃から勤続六十年、我が家に仕え続けてきた、当家の使用人のトップである。


 いつもは使用人に任せて父上に付きっきりなのに、なんで今日に限って!?


「ご心配いたしました、お嬢様! お嬢様が外出されてからすぐ、街中に警報が鳴らされました。何かあっては一大事と、使用人総出で街中を探しておりました!」


「あ、あー……警報ね。そうね。そんなのも、あったわね」


 戦っていた最中か、城壁に向かってた最中か。気づかなかった。

 そりゃ警報も出るだろう。

 魔族軍の襲撃なんだから、避難指示や警戒警報くらいは街中に伝わっても不思議ではない。

 ちょうど私が飛び出した後に、時間差で警報が伝わって、急いで使用人たちが街中に散らばったわけだ。


 それはそうなる。


 大元の魔族軍は、もう撃退されてるんだけどなー……


「すぐに見つかってようございました。お嬢様、急いでお戻りを。街中は危のうございます」


「そうね、ごめんなさい。急に家を飛び出して、心配かけたわね」


 警報から間もないだろうに、迅速に使用人全てが動いてくれたのはありがたいことだ。

 我が家の使用人たちに頭が下がる。本当、優秀な人に恵まれてるな。


 その後は、じいやの付き添いで自宅の屋敷に戻ることにする。


 途中、出会った当家のメイドに、私が見つかったので他の者に伝えるように、と伝言して使用人たちを屋敷に帰投させるようにした。


 街中はそれなりに騒がしい。

 警報に怯える人もいれば、粛々と店じまいをしている人たちもいる。

 この様子だと、どのみち買い物はできなかったな。



 こうして、私は初陣を終え、屋敷に帰ってきたのだった。


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