第6話 詰問



「エリシア! 王太子殿下からの婚約の申し出を断ったというのは、本当かね!?」


 オトンから、お叱りを受けました。

 すまねぇ、父上。


「お、お父様。私めが王太子様の婚約相手だなんて、おこがましいですわ」


「それを断る方が不敬だろう!?」


 それはそうかもしれない。

 でもごめんなさい、私は前世でその結末を知ってるんです。

 幸運なご縁に浮かれて、自分の無力さに公開した選択は採れません。


 そんなことを知らない父上、ミダクス・ローゼ伯爵は、青ざめていらっしゃいました。


「幸いにも、王太子殿下はこの件で、我が家に気分を害することはない、とおっしゃってくださったが……即答だったそうじゃないかね!? もう少し、言いようがあったろうに!?」


 それはそうかもしれません。

 前回の人生がフラッシュバックして、思わず間髪入れず断ってしまいました。

 そこは反省していますわ、お父様。申し訳ありません。


 もっとやんわりと、私には無理です、って言えば良かった。

 ……相手はもっと傷ついたかも知れないけれど。


「その話は、もう広まっているんですか、お父様?」


「陰ながら、な。王太子殿下の話では、その場には二人きりだったそうだが……どこから伝わるかわからんのが、噂話の怖いところだ。お前も、王太子殿下を袖にした悪女、とささやかれているそうだぞ」


 悪女、ですか。

 前世はヴィルネアが悪役令嬢だったのですが、今回は私が悪役令嬢になりそうです。


 でもまぁ、仕方ない。

 王国を滅ぼした無能な王妃、になるよりは、ずいぶんマシでしょう。


「……では、嫁ぎ先も、もう私にはないでしょうね」


「かもしれん。わしとしては、お前に幸せな人生を与えてやりたいとは、心から願っているが……もっとも幸せな嫁ぎ先を、お前自身が蹴ってしまっては、な」


 きっと、私にとっては、幸福な嫁ぎ先だったのでしょう。

 ですが、この王国にとってはもっとも不幸な嫁ぎ先だったのです。


 王太子殿下の婚約者、王妃候補には、上級貴族の教育を受けた、もっと有能な女性がその座に就くべきです。


 ……その筆頭候補だったヴィルネアに、お相手らしき相手がいたのは意外だったけど。

 マーダイン侯爵と、良い仲、なのかな?


 あの路地で二人きりで一緒にいた、ってのはそういうことよね。


 ちょっと困った。

 ヴィルネアくらい機転が利いて、度胸と教養を兼ね備えた完璧女子は、あまりいないのに。

 誰が王妃になるのが一番良いのかしら?


「……しばらく、社交は控えなさい。笑いものになれば、お前が一番傷ついてしまう。結婚を焦る歳でもないし、我が家でゆっくり過ごせば良いさ」


 甘やかしてくれる父上様。お父様、素敵。ありがとう。


 でも家にこもってばっかりだと、『魔法少女』の力が活かせないわね。

 マサクリオンは空気を読んで、黙って浮かんでるだけだし。


「きっとお前にも、考えがあったのだろう、エリシア。伯爵家が王家の伴侶に見初められるのは光栄だが、中級貴族と王家では身分違いとののしる者もいる。それが家のことを考えてくれた結果ならば、わしも強くは言えないさ」


 それは実際にある。

 前回の人生のとき、中級貴族の伯爵家ということで、侯爵家や公爵家、他の同位の伯爵家からものすごい嫉妬と恨みを買った。


 当時の私は浮かれるばかりで知らなかったけど、お父様が社交界で孤立しかけて苦労していた、というのは後になって知った話だ。


 だからこそ、私自身も孤立して、王太子が倒れた後に自前で何とかできる、権力やコネクションが作れなかったのだけど。


 しょせん、この貴族社会は、コネ社会だ。

 王国内に影響力を持っていない家が立場を持っても、重責と嫌がらせに潰されるだけだ。


「話はここまでにしよう。お前も休みなさい。思うところがあって断ったのはわかる。――だからこそ、部屋ではいても立ってもいられず、屋敷を飛び出したのだろう? その後に警報が鳴ったのは不運だったが……」


 お父様は、自分の中でそう解決してくれたようだ。

 大まかには、というか、初めと最後だけは合っている。

 お断りに思うところはあったし、屋敷は飛び出した。


 ただ、それが『魔法少女』として戦うためだった、とは、さすがのお父様も考えが及ぶまい。

 逆の立場だったら、私には絶対思いつかないもの。

 誰も思いつかないだろう。


 だから私は一礼して、お父様の部屋を後にした。



******



 屋敷の自室に戻り、私はベッドに身を投げ出した。

 ドレスのままだけど、構っていられない。


 私の心は昂ぶっていた。


 倒した。

 私が、この手で、あの魔族軍の竜騎兵たちを撃ち落としたのだ。


 魔法攻撃だったので格闘した手応えはないけれど、魔法陣を打ち抜いた衝撃と手応えは、この手にまだ感覚が残っている。


 やれる。

 私は、王国を見殺しにした前世の私の、償いができる。


 その事実に、私の胸の高鳴りは止まらない。

 いや、落ち着いた今だからこそ、なおだ。この手応えを前に、あれが夢なのじゃなかったのだと実感できる。


「ありがとうね、マサクリオン。私に力をくれて」


「礼を言われるのはどうかな。むしろボクがお礼を言うべきかも知れないし。――先に言ったように、戦うのはきみだ。傷つくのも、死ぬのもきみだ。ボクじゃない」


 それでも。


「……だとしても、私はお礼を言うのよ、マサクリオン。力をこの手にしたなら、私にできることはある。死ぬかも知れないわ。傷つくかも知れない。それでも大事なのは――」


 私は、言った。


「根性よ!」


「良い答えだ。魔法は魔力と精神力で使用できる量が決まる。心が折れたら戦えない。だから、強い情念を持つ『契約者』を探す必要があったんだ。きみにそれを感じた」


 そうだったのか。

 あの泣き崩れたベッドで、私はそんなにも強い情念を発していたのか。


 そのことを考え、私はベッドに寝転んだまま拳を天に突き出し、握りしめた。


「――お嬢様。よろしいでしょうか?」


 侍女がノックする。

 なんだろう? 私はベッドから飛び起き、着衣の乱れを整えた。


「いいわよ、入って」


「失礼します。――お嬢様に、お手紙が届いております。先ほど、使いの方が届けに来られました」


 手紙? 誰からだろう?

 王太子様か。あり得る。

 でも、根には持ってなさそうだ、ってお父様が言ってたしなぁ。


「差出人は、誰から?」


 侍女は、お辞儀をして、その名を告げた。



「ヴィルネア・ローレンツ公爵令嬢様からでございます」


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