第4話 王都守備兵の見た光景



 俺の名はグリムル。

 王都兵団の一員で、今は街壁警備に従事している。


 街壁警備は、あまり気が抜けない。

 飛行モンスターはそれなりにいるし、門衛も兼ねているので、不審者や侵入者が王都に入らないように防がなきゃいけない。


 何より、魔族軍が襲来しようものなら、騎士団が来るまで足止めをする必要がある。

 王都の防衛、その先駆けとなるのが城壁守備兵だ。


 言うなれば、王都の日常を守る仕事、となる。

 それなりにやりがいのある仕事だ。


 今日もこの街の日常を守らねば。

 そう思っていたが――


「なんだ、あの空の影は?」


「ずいぶん遠いが、陣形を組んでないか? 編隊に見える」


「てことは――魔族の侵攻か!?」


 城壁の外に、飛んでくる影が見える。

 編隊飛行を組んでいるが、距離を考えるとかなりの巨体だ。

 もしかすると、鳥型じゃなくてワイバーンかも知れない。


 その推測を話すと、同僚たちは露骨に動揺した。


「竜騎兵か!? マズいぞ、それが五騎も! 急いで隊長に知らせろ!」


 竜騎兵は、魔族の中でもかなりの高位戦力だ。

 モンスターの歩兵部隊に比べれば一騎当千、竜騎兵一騎で、数百人から千人ほどの王国兵を相手取ることができる。


 それほど、航空戦力というのは強力なのだ。


 ワイバーン自身も強ければ、それに騎乗する魔族兵の槍・弓・魔術も脅威。それを高所から一方的に撃ち込まれる。

 こちらの有効な攻撃手段は、低所から高所への、弓や魔術が関の山。


 城壁守備兵程度の戦力では、まったく相手にならない。

 何としても、王国騎士団が出陣するまで、足止めしなければならない。


 守備隊の兵隊長も、同じ考えだったようだ。


「お前ら、何としても注意を引きつけ、城壁を越えさせるな! どんな攻撃でもいい、一矢報いて必ずここに釘付けにしろ!」


 そうなるよな。

 鼓舞して檄を飛ばす兵隊長の声が心にしみる。

 俺はここで死ぬかもしれんが、俺たちの命を捨て駒にしても、ここに引きつけて抗戦しなけりゃならない。


 それが、街壁守備兵ってもんだ。


「ちくしょう、もっぺん、恋人の顔見たかったなぁ」


「ここで足止めしなけりゃ、街の中のその恋人が死ぬぞ! 惚れてる奴がいるなら弓を取れ、俺らの死に場所はここだ!」


 同僚たちも覚悟を決めている。

 竜騎兵が五騎、やれるとこまでやったろうじゃねぇか!


 迫り来る先駆けを前に、そう覚悟した瞬間だった。


 俺らの背後に、王都の中から、『何か』が城壁の上に跳び上がってきた。

 恐ろしい巨体。額に角が生えている。


 魔族か? いや、オーガ!? だが、何だか珍妙な衣装を着ている。

 まるで貴族のご婦人のような、それでいてスカート丈の短いドレス。

 だと言うのに、そこから見えるのは、鍛えられた兵士でも及びもつかない強靱な太ももだ。


 何なんだ、こいつは!?


「なんだっ、モンスターが壁の中からも現われたぞッ!?」


「くそっ、挟み撃ちかッ!」


 同僚たちが慌てふためく。

 そうだ、挟み撃ちの可能性はある。

 あれはモンスターじゃない。外見は少し違うが、たぶんオーガ族だ。


 他の奴らは知らないだろうが、俺は昔、旅のオーガ族を王都に入れたことがあるからわかる。

 言葉も通じる亜人で、特にモンスターや魔族というわけじゃない。


 けれど、このオーガが魔族軍に属していないとは、誰にも言い切れない。


 そう思っていたが、突然現われたオーガは、意外な行動に出た。


「どぉりゃァ――――ッ!!」


『ブラスターフィスト』


 オーガが何も無い正面をぶん殴ったかと思うと、そこから放たれた光の魔術が、迫っていたワイバーンを撃ち落とした!


 何だ、あの魔術!?

 一瞬、拳の前に魔法陣が見えた気がしたが。

 なぜ殴る? 詠唱して放たないのか!?


「や、やる気か、貴様! 総員、警戒!」


 守備隊長が動転して、全員に警戒指示を出す。

 違います、隊長! 今のは明らかに敵の竜騎兵を狙っていた!


 あのオーガは何なんだ!? 敵じゃないのか!?

 だとしても、どこから現われた!?

 オーガ族が街門を通った情報は、ここしばらくなかったぞ!?


「慌てないで、私は敵じゃない! モンスターでもない!」


「嘘をつくな、自分の姿を見ろ!」


 守備隊長が、威嚇気味に指し示す。

 確かにそうだ。


 守備隊長どころか、騎士団でも見たことのないほど大柄な体格。

 丸太のように太く、筋肉の張り詰めた腕や太もも。


 なぜか令嬢のようなドレスを着ているが、その胸元は豊満な胸部だけでなく、筋肉でパンパンに張り詰めている。

 しかも、王都どころか、この国では見たことのない特殊な意匠のドレスだ。

 あんな飾りの多い割りに腕や足の露出のある造りの服、今までに見たことがない。


 声は女の声だった。

 この存在感、もしやオーガ族の中でも地位のある個体か!?


「魔族やモンスターじゃないと言うなら、何者だ! 名乗れる名はあるか!?」


「あるわよ! 私は魔法しょ――」


 まほうしょう?

 やはり、褒章か何かを受勲している、地位のあるオーガか!?


 しかし、オーガはそれを隠したかったのか、途中で言葉を切り、言い直した。


「そ、そう! ――私の名は、魔法令嬢! 『グレイト☆オーガちゃん』とでも呼んで!」


「どう聞いても偽名だな!? 怪しい奴め!」


 守備隊長が怪しんでいる。


 しかし、そうか! やはりオーガ族の、名のある貴人か!

 名を隠すと言うことは、そういうことに違いない。


 なぜ隠す? それはわからん。だが、名乗れない事情があるのだろう。

 身分の高い貴人にはよくあることだ。


「構わない! あの魔族兵たちとは、私が一人で戦うわ! 貴方たちは下がっていて!」


 オーガの貴人は、そう宣言した。

 今の魔術で、戦うのか? 俺たちの代わりにか!?

 なんで、そんなことを!


 守備隊長も、俺と同じ気持ちだったようだ。


「な、何をバカな――」


「信じようと信じまいと、私は戦うわ! 行くわよ!


 オーガの姫が、宙の魔法陣を次々に拳で打ち抜く。


「どぉりゃぁ――――ッ!!」


「み、見ろ! 魔族の竜騎兵が次々と!」


 同僚たちの間に、驚きの声が広がっていく。

 俺たちでは絶対にかなわないはずの魔族の竜騎兵が、あっという間に撃ち落とされていくのだ。


 俺は今、何を見ているんだ?


「こぉれでェ! 最後ォ――――ッ!!」


『ブラスターフィスト』


 最後の竜騎兵が墜とされた。

 もはや、誰もが言葉も無かった。

 目の前に広がる信じられない光景を、同僚たちも、守備隊長も、必死に理解しようとするだけで精一杯だった。


 黙りこくる俺たちに、オーガの姫は、凜とした声で言った。


「私は、魔法令嬢。この王国を守る助けになると誓うわ」


「お、お待ちを! 礼を、せめて礼を――」


 気がつけば、俺は前に出て叫んでいた。

 この方を、このまま返してはいけない!

 俺たちを、王都を、王国を救ってくれたのこのオーガの令嬢を!


 だが、俺の声は届かず、オーガの姫は、そのまま城壁を飛び降り、消え去った。


「何だったんだ……?」


「勇者だ……伝説の勇者じゃない、俺たちの目の前に、本物の勇者が舞い降りたんだ……」


 俺は、呆然とつぶやいていた。

 その声に賛同したのか、次々と同僚たちの間に、彼女の存在が染みこんでいった。


 やがて、それが守備兵たち一同の喝采と、喜びの咆吼になるまでに、時間はかからなかった。


 勇者だ。いや、魔法令嬢? なのか?


 グレイト・オーガチャン。

 それが、この日、王都の城壁に舞い降りた、英雄の名だ。


 俺はその名を忘れない。

 今日の出来事を、きっと、詰め所でも酒場でも、何度でも誰にだって話し続けるだろう。語り続けるだろう。


 これからの人生で、今日の出来事を、きっと俺は、数え切れないくらいに語り継ぐ。

 それはきっと、この場にいた守備兵たちも同様だろう。


 だって、守備隊長はオーガチャンの去った方向に対し、いつの間にか敬礼の姿勢を取っていた。

 それにならって、その場の全員が敬礼と、最大限の感謝を向けていた。

 俺だってそうだ。


 俺たちを救ってくれた英雄への、敬意を向けた。



 俺は、俺たちはこの日、奇跡を見た。


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