第13話 「忠誠をめぐって」


教祖様がまだ生きていた頃の話をしよう。



「雨宮は優しいね。スラム街にいた見ず知らずの少女に、一斤もパンをあげられるなんて」


「雨宮は優しいね。女の子から無理に事情を聞き出さないで、落ち着くまで、黙ってそばにいてあげるなんて」


「雨宮は優しいね。私を見放さないでいてくれるなんて」


「雨宮は優しいね、ほんとに優しい」


事あるごとに、教祖様は俺のことを優しいと言っていた。俺からすれば、弱い人を救おうとするあなたが、一番優しいと思うのだけれど。


俺が東雲に大きく忠誠を誓ったのは二度ある。


一度目は、大学三年の冬。

東雲が教祖服で俺の家に訪れたとき。

俺は玄関で東雲を「教祖様」と呼んだんだ。


二度目はというと、それはもう忘れもしない。


昔の記憶のトラウマから、東雲の情緒が不安定になった時期があって、俺が近づいても、俺の手をはねのけるくらいに人を怖がっていた。


そんな日々が続いたある日、今日は受け入れてくれるだろうかと、感情に囚われている東雲に近付いて、俺は言う。


「大丈夫、俺は味方だよ」と。


東雲は怯える目で俺を見つめて、足を前に出した。近付いてきたかと思ったら、すごい力で俺の首を絞めにきたんだ。


「な・・・・」


圧迫感で、息ができなくなる。


「ほんと?ほんとに味方?一緒にいてくれる?」


不安そのものであった東雲の声。

いつものやわらかい顔じゃない、余裕がない怯えた子羊のような顔をしている。

俺は無理やり自分の口角を上げて、声が出せない代わりに、表情で東雲の問いに答えた。


「・・・・ずっと?私、こんなことしてるのに?」


俺は頷こうとする。

東雲の手があるから頷けなかったけど、伝わってはいるだろう。


「ほんと・・・・」


東雲はついに落ち着いて、俺の首から手を放した。俺は必死に酸素を得ようと息をする。

東雲は、俺の目の前で膝から崩れて泣きだした。

こんなに弱い教祖様の姿を、俺はずっと覚えている。


「・・・・こういうときは、甘いものが効くらしい」


たまたまポケットにチョコレートが入っていたから、俺はそれを東雲に渡した。


「ありがとう」


この人は俺がいないとだめなんだ。

そう、心から気付いた日だった。


あなたは俺に依存して、

俺はあなたに忠誠を誓う。

東雲、いや、教祖様。


あなたと一緒に過ごした日々は、心の底から楽しくて幸せだった。気を遣わずに笑顔になれたこと。それはあなたといなければ叶わなかったことだ。


ねえ、教祖様。


俺は、あなたの脳天から足の爪先の全てに尽くす。だから、あなたも、我無しじゃ生きていけない体になってくれ。

だって、我からしたら、生きる理由はあなたしかいないのだから。


依存し合って、一緒に堕ちよう。


・・・・けれど、その矢先にこの結末だ。

ミアによって刺殺された教祖様の姿を見て、我は硬直する。でも、我はそれを受け止めることができた。なぜなら、教祖様の死に様がすごく綺麗だったから。

幸せそうな顔をして、教祖様はあの世へ逝ったのだから。


嗚呼、教祖様が存せぬ今、この教団は我が引き継ぐしかない。




*****



ここは極楽。

蜘蛛の糸を利用して、地獄から一名のみが救われる。


「やり方が汚いよ、律」


「戻ってきてほしかったから」


「蜘蛛の糸にみんなが夢中になっている間、私だけを狙って頑丈なロープを垂らしてきたもんだからびっくりした」


「あんな糸、すぐに切れるだろ。ロープのほうがいいに決まってる」


そう聞いて、東雲はいつものやわらかい笑顔で笑う。


「私は天国に逝っていい器じゃないのに」


「やだ、せっかく会えたんだよ。ここでいつもみたいに昼寝しよう」


桐生は、仕事をしているときとは違う、子どものような態度でいた。

唯一、気を許せる相手が東雲だけなのだ。

家族のいない彼らにとっては、互いが家族みたいなものなのだから。



「死には意味があると思うかい、律」


「無いね。何十億年も前からある地球の歴史にとったら、人間の生死なんてずっと小さなことなんだから」


「じゃあ、人はなんのために生まれてきたと思う?」


「うーん、なんでだろう。司はどう思う?」


「私はね、幸福で満たされるために生まれてきたんだと思うよ」


東雲の顔は青空の方を向いている。

蝶が東雲の鼻先に止まって、またどこかへ羽ばたいていく。


「なら僕、今すごく幸せだよ」


「・・・・うん、そうだね」


現世では、桐生の死を惜しんで宇賀が泣く。

そしてまた、桐生のために前を向く。

ミアと雨宮は教団を統率し直して、東雲の跡を継ぐ。これは、バッドエンド?


いいや、彼らにとってはハッピーエンドだ。



これで、良かった。

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救世主は壊れた。 生田こまこ @cchn_12

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