第29話 陰謀阻止、成功?
看板登録をし、魔石ライトの特許を申請して承認されて数日後、とんでもないニュースが飛び込んできた。
「旦那! 大変だ!」
もう何度目のグレルの「大変だ!」かしら。聞き飽きたわね。
「お前のそれ、もう聞き飽きたんだよ」
エカード先生も私の描いた設計図を見ながらため息をつく。
ドアを開け放つグレルに目もくれない。
「今度はなんだ? 看板登録もしたし特許も取ったし、他に何が」
「大変なんだよ! シュリヒト子爵が王城に連れてかれて尋問受けてるんだよ!」
「え……」
グレルは私たちの作業台に新聞を置いた。
それは確かに、大変だ……。
詳しく見てみると、シュリヒト子爵はどうも魔石ライトの改造を企て、錬金術師や鍛冶職人を使ったという疑いが出たという。
私たちが推測した通りに話が進んでいる。
「いやー、この前、魔石ライトの特許を取ってて良かったですねぇ」
「でも所詮は貴族。金でどうとでもなる。大した罪には問われないさ」
作業台の椅子に座り、エカード先生は鼻息荒く言った。
「でも、こんなに早く話が進むとは……」
私は改めて新聞の記事を見た。
不安そうな顔をしたシュリヒト子爵の写真の後ろに、あの悪漢たちと他の痩せた男性がいる。
そういえば私、この顔を最近見た気が……。
「あーーーっ!」
「何!? どうした!?」
私の叫びに、エカード先生とグレルが驚く。
「先生が飲んだくれて潰れてた時、私、この人たちとすれ違いました!」
そうだった。あの酒場に入る時、ちょうど出ようとしていた人だわ。
あんな近くにいたなんて……。
「僕が飲んだくれて……あぁ、あの時か。ノイギーアにいたのか、こいつ」
そう言って、先生も新聞記事の写真に鑑定メガネをかざし、じっくり見た。
「こいつ……学術研究所にいたヤツだ。僕を散々いじめてきたうちの一人」
「名前は?」
「……忘れた。いや、て言うか、そもそもよく知らないな」
この言葉に、私とグレルが同時にずっこけた。
「エカード先生ぇ……」
「すまん。だって、学術研究所はいろんな部署があるし名札なんてないし、その日入る仕事に応じて作業場も変わるし、いちいち僕に嫌がらせしてくるヤツの名前なんて覚えてられない。顔だけは覚えてるが」
「そうですか……」
それが不屈の精神を育んだのか、反骨精神に進化したのかわからないけれど、ともかくエカード先生も図太いところがあるんだと分かったわ。
むしろちょっと安心したわよ。先生って、なかなか繊細なところがあるからね。
「はー、そうか。こいつが関与してたのか……棚からぼた餅とはこのことだな」
エカード先生は嫌らしい笑みを浮かべた。
「さすがにタダじゃ済まないだろうなぁ。しかも僕の工房で作られた物の模倣だ。これは僕も訴えを起こせばいい仕返しになる」
「先生、仕返しなんていけませんよ!」
すかさず私が言うと、エカード先生は口元を緩めて笑った。
「冗談さ」
とはいえ、目は全然笑ってない。
冗談ならいいんだけど……。
するとグレルが手をポンと叩いて、まとめるように言った。
「ともかく、これで騒動がおさまればこっちとしては都合がいいんですよねぇ」
「そうだな……そう都合よくいくか分からんがな」
「うちの商会に問題が起きなきゃいいんですよぉ」
「勝手なやつめ」
軽口を叩き合う二人。私もグレルの考えのように、このまま何事も起きなければいいなぁと思う。
でも、一つ気がかりなのはトーマンのこと。
私が手紙を出した日──看板登録をした日以降、一切の音沙汰がない。
「ねぇ、グレル。お願いがあるんだけれど」
エカード先生と戯れあっているグレルに、私は静かな声で言う。
彼は「なんです?」とまん丸な目をぱちくりさせた。
「もし、私の実家の方面へ行くことがあったら、トーマンの様子を探ってくれないかしら?」
「えぇー……」
グレルはあからさまに嫌そうな顔をした。
「確かに、あれからトーマンの手紙がないな。大人しくていいと思ってたけど」
「もう先生!」
「冗談冗談……まぁ、もしかしたらハリエット夫人のことは杞憂だったのかもしれないだろ」
エカード先生の口調はおどけるようだったけど、心配は心配みたいで顎をつまんで思案げな顔をする。
「あんまり楽観的に考えるのは良くないかもな」
「そうですかねぇ? あんまり考えすぎるのも良くないと思いますけど」
グレルはなだめるように言った。でもこれはきっと面倒なことを回避したいように思える。
「なんだったら、うちのメイドをつけるわ。リタかパウラを近くまで運んでちょうだい」
「それなら……まぁ」
グレルは渋々承諾する。
そこに割り込むようにエカード先生が口を開いた。
「あのメイドのどっちかを実家近くまで連れて行くのは少々危険じゃないか? 二人とも行方不明扱いだし、屋敷の者に見つかったら騒ぎになるだろう」
「それもそうですけど……」
私は嫌な予感が拭えずにいた。
もし、トーマンがお義母様の逆鱗に触れるようなことをして、ひどい仕打ちを受けていたら──例えば、屋敷の地下に閉じ込められるとか。
トーマンも少なからず、そういったお仕置きはされてきたから、ないこともないのよね。
さすがに食事を抜かれるとか、何日も軟禁されるなんてことはない、かもしれない。そう願いたい。
その時、工房の扉が開いた。
「すみません。お話を聞かせてもらいまして……」
「パウラ!」
扉の向こうには、お茶を持ってきたパウラがいた。
「それでしたら、このパウラがグレル様と一緒に様子を見に行きますよ」
「パウラ……いいの?」
「えぇえぇ。リタだけだとワタワタして危なっかしいですからねぇ」
パウラはにこやかな笑顔でそう言った。
「それに、カトリーナ様だって本当は居ても立っても居られないはずです。でも、それは皆様に迷惑がかかるからと我慢していらっしゃるのでしょう?」
「パウラ……」
私はやりきれないため息を吐いた。
彼女の言うとおり、本当なら今にでも家へ戻って確かめたい。
でも、そうしてしまうとエカード先生やみんな、それとここまで頑張ってくれたトーマンの思いを無駄にしてしまう。
だから私はここで待つしかないの。
そんな私の決断に、エカード先生は苦笑を漏らした。
「君が行くなんて言い出したらどう叱ろうかと思っていたが、賢明な判断だな」
「家出するなら、それくらいの覚悟もしなくてはなりませんし、意外と頭を働かせなきゃいけないのです」
「そうだな」
そんな感じで話はまとまり、パウラをグレルに預けることになった。
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