第5章 その仕事に正義はあるか
第30話 招かれざる客
シュリヒト子爵の件について、話は私とエカード先生の再会まで遡る。
あの時、エカード先生を襲った悪漢たちが返り討ちにあい、先生とグレルで彼らを自警団に引き渡した。
その後、彼らは出身地であるヤーデ地方まで送られた。
シュリヒト子爵はヤーデを治める領主。このことについて、貴族の間でかなり悪い噂になったみたい。
貴族たちの噂話は他愛もないものから悪質なものまで様々ある。
威厳があり、他を圧倒する力を持つ貴族はあまり被害はないようだけれど、大人しく内気な貴族は男女問わず肩身が狭い。
シュリヒト子爵はその性格が災いし、心身を病んでしまったらしい。
運悪く王宮での社交界で心労が祟り倒れてしまったそうで、その介抱をしたのが王子だった。
その王子のおかげで貴族の中での悪い噂はピタリと止み、その後は回復したという。
でも、その後に彼は、とある人に頼まれて偽魔石ライトの作成に関わることになった。
魔石ライトの性能を調べるために、あらゆる商会から同じ魔力で作られたものを探したら、ちょうど私たちが世に出したばかりの掃除用魔道具に行き着いたんですって。
それで、職人を呼び出そうとしてわざと魔道掃除用具を壊したと。
でも、エカード先生が行かないという選択をしたおかげで子爵は路頭に迷った。
仕方なく、彼は王立学術研究所からヤーデ出身の優秀な錬金術師を呼び寄せ、偽魔石ライトを作るに至った──。
「やっぱり子爵の裏に黒幕がいたな」
続報が載った新聞記事を畳んで、エカード先生がため息混じりに言う。
「まぁ子爵も錬金術師も、偽魔石ライト開発の意図は知らなかったということになっているが、罪を軽くするための嘘かもしれないな」
すると、素材搬入のためにやってきていたヴェルデがフンと鼻を鳴らした。
「直接会ったが、あの子爵が考えるには、ちと壮大だなと思ったんだ。オレたちが着いた時、心底安心したような顔をしてたし」
「ドワーフ製だと思ったんだな」
「あぁ。そんで、やけに掃除用魔道具のことを聞いてきやがる。オレたちが作ってたもんと、嬢ちゃんが作ったのは形状が違うからな、よく分からんので適当に答えたら、この世の終わりみてぇな顔をしやがった」
ヴェルデたちが謝罪しに行った時、そんなことがあったのね。
私はため息をついた。
「どうした、カトリーナ。手が止まってるぞ」
最近は薬の生成もおろそかになっている先生が不思議そうな顔をする。
私は作業台の椅子に座り、俯いた。作りかけの防具服はまだ完成しない。
「なんだか虚しい結末だなと思いまして」
「どういうことだい」
ヴェルデが眉を曲げながら訊く。私は机に肘を置いて答えた。
「だって、貴族のしがらみに囚われてこんなことになってしまう子爵のやるせなさを考えると……大人の世界は怖い。それにモノを作って売って、そんな事件に巻き込まれてしまうことがあるというのも、嫌だなって」
ただ楽しく作るだけではいけない。分かってる。
でも、この純粋な気持ちを踏みにじられる筋合いもないはず。
だいたい、難しいことは考えたくないわよ。それも自分勝手な思いだと分かってる。
各方面に迷惑がかからないよう安全なものを作って、必要としてくれてる人に届ける。それができて一人前なんだわ。
「嬢ちゃんが責任を感じる必要はないだろうよ」
ヴェルデが呆れたように笑った。
「そりゃあんたが作ったもんだからそう感じちまうんだろうが、これは全職人を侮辱した案件だぜ。むしろ怒ってやるくらいの気概を見せろ」
そう言うと彼は太い腕を窮屈そうに組んだ。
「ヴェルデ、ありがとう」
慰めてくれてるんだ。それに私のことを認めてくれることもね。
すると、ヴェルデは鼻息を飛ばしてそっぽを向いた。
「ムンターもそうやってたまにクヨクヨしてたさ! あいつを思い出しちまうからやめろ!」
「もう、私がムンターみたいだなんて、そんなの恐れ多いわ」
私は少し元気が出て、クスクス笑った。
その横ではエカード先生がムスッとした顔をし、ヴェルデの頭をガシッと掴んだ。
「おい、ヴェルデお前」
「何しやがる! やめろ!」
なぜか二人でごちゃごちゃと威嚇しあってる。
仲がいい、のかしら……うーん、ちょっとよく分からない。
そろそろお昼になる。
リタが平屋のお掃除を終えた頃だろうし、ショイも素材の搬入を終えたみたいで休憩してる。
多分、今日中にグレルが戻ってくるし、その前に防具服を作ってしまいたいわ。
「そろそろランチにしましょう。お腹が膨れればまた仕事ができると思うので」
「あぁ、そうだな」
エカード先生が同意し、つまんでいたヴェルデの頬を離す。
その時、工房のドアが大きく勢いよく開いた。入ってきたのはグレルで……。
「なんだ、また『大変だ!』か?」
エカード先生が面倒そうに言う。すると、グレルの体が前に倒れた。
「グレル!?」
グレルの額からは血が出ている。私とショイは驚きのあまり声が出ず、ヴェルデが持っていた斧を構える。
エカード先生がグレルを抱き起こす。その時だった。
「汚い工房ね」
扉の向こうから、すらっとしたシルエットが浮かぶ。
真っ黒な髪の毛と緑色のドレスに身を包んだ──
「お義母様……!」
真っ直ぐに私を見据える継母、ハリエット・ライデンシャフトがそこにいた。
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