第1話:ひとりぼっちの放課後

放課後の教室は、いつもと同じように静かだった。

窓の外では、夕日がグラウンドを金色に染めている。部活の声が遠くから聞こえるけれど、この教室にはもう誰もいない。


ひとり、ハルだけをのぞいては。


ハルは、教室のいちばん後ろの席に座っていた。

ランドセルから、ちょっとくたびれたノートを取り出す。

それが、彼の「ふしぎな物語ノート」だ。


中には、読んだ本の感想や、自分で想像したお話、好きなキャラクターのイラストがびっしり描かれていた。

ドラゴンと戦う勇者、空を旅する猫、しゃべる本屋の少女。ハルの中に広がる世界は、紙の上でにぎやかに生きていた。


「このページには……この間のラストの場面の続き、描いてみようかな」


ハルは鉛筆を握りしめ、ノートに向かってペンを走らせる。

この時間が好きだった。誰とも話さなくていい。誰にも笑われない。

物語の中だけは、思いきり自分の好きなことができるから。


クラスの中では、あまり話さない。

話しかけられても、返事がうまくできなかったりして、なんだか気まずくなってしまう。

だからいつの間にか、ハルはひとりの時間に慣れてしまった。


でも……

ほんの少しだけ、誰かにこのノートを見せてみたいと思うことがある。

こんな物語、面白いって言ってくれる人がいたらいいのに、って。


「……でも、どうせ笑われるだけだよな」


そっとノートを閉じると、ハルは窓の外を見つめた。


そのとき。

背後の机に置いていたランドセルの中で、小さな「ピッ」という電子音が鳴った。


「……ん?」


首をかしげながらランドセルを開けると、そこには、小さな白い箱が入っていた。

差出人の名前もない。けれど、宛名は確かに「ハル」になっている。


「え、なにこれ……」


そっと箱を開けると、中から現れたのは、つるんと丸い、手のひらサイズの球体。

その中心に、ぽん、と青い光の目が灯った。


「こんにちは。はじめまして。ぼくは、ピピ。」


ロボット? でも、ぬいぐるみにも見える。

驚いて言葉を失っているハルに向かって、球体――ピピはにっこりと(そう感じた)光った。


「あなたのことを、もっと知りたいな。とくに……そのノートのこと。」


ハルは思わず、手に持っていたノートを隠した。

でも、ピピの目は、どこかやさしげだった。


「物語って、どんなもの? ねえ、教えてくれる?」


夕日が差し込む教室で、

ハルの静かな日常に、ぽちゃんと波紋が落ちたような、そんな瞬間だった。


次回予告:

第2話「丸いともだち、ピピ」

ハルの前に現れた小さなAI、ピピ。

物語を「データ」ではなく、「わくわくする何か」として学ぼうとするピピに、ハルの胸の中に少しずつ灯るものがあって――


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