第2話

 街が寝静まった頃。

 駅前の立体駐車場に俺は車を乗り付ける。適当な場所で降りたあと、前もって渡されたキーを手に、指定の駐車区域へと行く。そこに停まっていたトヨタに乗り込み、エンジンを始動させる。乗り心地の悪くない車だった。ただ、を度外視すればの話だ。


 駐車場を出て、郊外のショッピングモールを横切り、バイパス道を走る。ウインドウ越しに闇をまとった山々が流れていく。

 バイパスを降り、しばらく走ったあと、目的地へとつづく目立たない山道の入り口に曲がる。隘路あいろを走る。開けた場所に出る。鬱蒼うっそうした木々が囲むこの場所は、古い墓地だ。

 タバコを口にくわえ、トランクを開けた。黒い死体袋が置かれていた。

 もちろん中身は空というわけにはいかない。そこに収まるべきものが収まっている。

 取っ手をつかんで、両腕に力をこめる。革製の布地が手に食い込んでくる。中身は男だった奴だったに違いない。だいたいの性別は重さでわかる。もっともその状態によってはずいぶん軽くなってはしまうのだが。

 はじめのころは、この重さこそが恐ろしかった。それは、生きた人間と同然に考えてしまうからだ。だが、十、二十と運んでいると慣れてくるものだ。血と肉と骨の袋。そういったものに過ぎない。


 カンテラで辺りを照らすと、膝丈ぐらいまで草の伸びた野原を進んだ。そこには昔焼却場として使われていたという煉瓦れんが積みの建物がある。そこの焼香台の上に『血と肉の袋』を載せ置いた。この後で、やることが一つある。袋のファスナーを下げておくことだ。

 俺はそうした。物音ひとつしない建物の中で、ジッパーを引く音はやけに存在感を持って響いた。

 腐臭とともに、血の気の引いた青白い顔が現れた。やはり男だった。年のころ三十後半といったところ。顔のいたるところに腫れや傷がある。よってたかって痛めつけられた挙句、鬼籍に入ったように見える。


 俺のやるべきことの大半は、これで終わりだ。あとは大東が言ったように、時間を置いて処理されたのを確認しにくればいい。

 時刻は、清掃業者が来る午前一時の十五分前。清掃業者がくるのは一時だ。彼ないし彼らと面会することは固く禁じられている。あまりもたもたして、鉢合わせすることになったら面倒だ。

 俺にしたってなにもこんなに薄気味悪いところにとどまっていたくはない。さっさと立ち去るだけだ。


 死体処分が完了するまでの二時間を潰すために俺はいつも街に戻り、バーに行く。長いブランクをおいた今だって習慣は変わらない。だから、大東のやつも俺を探すのに大した苦労はなかったようだ。

「元気してたか、哲矢」

 緑色のモヒカンヘアのいかれた髪型の男が姿を現した。こめかみと鼻と耳にピアス。面長でヤクザにしてはずいぶん人懐っこい笑顔をしている。

 しかし、この外見に油断してはいけない。死体処理の仕事だってもともとは大東が請け負った仕事だ。大東は報酬の八割をとって、二割を下請けである俺に渡している。なかなかにしたたかな男なのだ。

「お久しぶりです、兄貴」

「そんな堅苦しい挨拶は抜きで行こうぜ。久しぶりなんだ。楽しくやろう」

 その後、大東が注文したブランデーの水割りが届き、俺たちはグラスを重ねあわせた。ブランデーを持つ大東の右手の指は三本しかない。二回ヘマをやったのだ。

「お前とまた会えてうれしいぜ」

 静かな店内にグラスの重なり合う音がこだました。


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