死体清掃業者
馬村 ありん
第1話
兄貴分だった大東から仕事の電話があったのは、俺と宮子にとって奇跡的なタイミングと言えたかもしれない。あの時俺たちには金が必要だった。多額の金が。
「なに、難しい仕事じゃない。お前が組にいたころよくやってたやつだよ」
よく知っている仕事だ。ある場所からある場所にあるものを運んで、ずらかる。その後で、それがちゃんと片付けられていることを確かめに行く。それだけの仕事だ。
「やります」
俺は言った。胸の中に苦いものが広がっていくのをかみしめながら。
「そうこなくちゃな。じゃあ、詳しい話はあとで連絡するわ」
通話が途切れたことをしめす連続音が受話器の向こう側から聞こえてくるのを、俺は突っ立ったままで聞いていた。
さびれた商店街の一角に、目を引くような新しい店舗が立っている。ブティック『イル・フェ・ボウ』の銀色の看板は、正午の太陽の光を反射していた。中に入ると、むせかえるようなポワゾンの香水が俺を迎えた。ミニスカートやホットパンツ、ランジェリーが所せましと並んでいる。客は一人もいなかったが、それは時間帯のせいというばかりでもない。
「いらっしゃいませ」
営業用の笑顔を向けてきた宮子だが、俺だと気がつくと、表情の筋肉をゆるめた。
「哲っちゃん。LINEで言ってた話、本当なの?」
声を弾ませて宮子が言った。
「ああ」
「よかった。本当に。二号店の投資で何かと物入りだったのよ」宮子は胸をなで下ろした。「それはそうと、カタギの仕事でしょうね?」
「当たり前だろ」
嘘をつくのにためらいはなかった。
「よかった。アンタがまだ暴力団とつながってるんじゃないかって心配で。やっぱり危ないことに手を出して欲しくはないもの。ねえ、コーヒー淹れるけど、飲んでいくでしょ?」
俺はうなずいた。
「ブティックの経営者が妻なんだからさ、もうちょっと気の利いた格好はできないわけ? 上下ジャージなんて。お客さんにみられたら恥ずかしいわよ」
客なんて来ないだろ、とは口が裂けても言えなかった。機嫌を損ねると、いつまでも根にもつ女なのだ。
「髪には気を使ってる」
「アンタがそのチリチリパーマを気に入ってるのは分かってる。とっても素敵なこともね。問題は服装なのよ」
「金が入ってからだな。考えておくよ」
「まあ、仕方ないわよね。今は先立つものがないと何にもできないんだから」
宮子はため息をついた。
俺は宮子の入れた薄味のコーヒーを飲み干した。
「哲っちゃんは背も高いし足も長いし、スーツとか似合うわよ。そうしましょう?」
「考えておく」
そういう宮子は、フレアのワンピース。長い髪を結んで頭の片側に流している。普段は率先して店にあるような露出度の高い服装をしているのだが、何せ今は重身だ。体に優しい格好でいる。そう、俺との子どもだ。
「それにしても、何の仕事なの?」
「泊まり込みで内装を手がける仕事だよ。まあ、楽に儲けられそうなんだ」
嘘が俺の口をついて出た。白々しい話でも、口調に気をつけていれば、真実のように響くのだ。
宮子は、天涯孤独な身の上から俺を救ってくれた女だ。してやれることがあるならなんだってやるさ。
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