第拾話 奉納祭
常世に戻ってから程なくして、私が子を孕んでいることが分かった。
当然のことながら雹雷は大喜びし、会う神会う神に子供の話を長々と語っては困らせたものだ。
他の神々たちからも祝福され、これまた盛大な宴が開かれたりもしたものの。その後は大事があってはいけないということで、屋敷で穏やかな生活を過ごすこととなった。
そうして月が満ち、無事に生まれて来た子は男子であり。雹雷が三日三晩頭を悩ませたすえに、「
幸いにも産後の肥立ちはよく、雹冷の世話に追われながら過ごすうちに、あっという間に月日は過ぎてゆき。
雹冷が二歳の誕生日を迎える頃、現世に里還りをしてから、約三年の月日が流れた頃のことだった。
その日も私はいつものように、雹冷の世話をしながら家事を行っていたのだが。
ふと外の方から物音がしたと思うと。表口の扉が開いて、勤めに出ていたはずの雹雷が姿を現した。
「雹雷、どうしたんですか、こんなに早く」
雹冷を抱いたまま私が駆け寄ると、雹雷はにやりと微笑んで、表に視線を向ける。
「少し、お前たちを連れていきたいところがあってね。一緒に、来てくれるかい」
「ええ、勿論ですが」
一体どこに連れていくのだろうと思いながら、私が雹雷に促されるまま、雹冷と共に眷属の引く車に乗り込むと。
果たして、動き出した車の辿り着いた先は、大神様の祭殿の前にある現世の鏡の前だった。
「雹雷、これは一体」
私が雹雷に顔を向けると、雹雷は私に対して頷いて微笑んで見せる。
「前々から方々に根回しをして、使わせていただけるように大神様にお願いしていてね。今回のことは、氷雪も知るべきだということで、今日やっと許可が下りたんだ」
「そういう、ことだったんですね」
どうやら驚かせようと、今まで私に秘密にしていたようだ。雹雷らしいと思いながら、私は現世の鏡へと視線を向ける。
すると現世の鏡の鏡面が揺らめいて、懐かしい下町の光景が映し出された。
下町では祭りがおこなわれている最中らしく、提灯と紙垂で町中が飾りつけられており、甘酒屋や焼菓子の出店が立ち並んでいる。
祭りの中心となっているのは、建て直されたあの神社のようだった。境内にはで店が立ち並び、行きかう人々で大変賑わっている。
「雹雷の神社、凄い人ですね」
現世の様子を見つめながら私が呟くと、雹雷はそっと、私の肩に手を置いて言った。
「あの神社に祀られているのは、私だけではないよ」
「……え」
「ほら」
雹雷が指さした先には、開催されている祭りの名を記した垂れ幕だった。
そこには達筆な文字で「
「これは、私達の」
垂れ幕に書かれた名前と、祭りを楽しむ下町の人々の変わらず元気そうな姿に、私は目頭が熱くなるのを感じる。そんな私に対して、抱いていた雹冷が小さな手を伸ばした。
そんな私の肩を、雹雷が優しく抱きしめる。触れた彼の体の感触と温度が、心まで届くようだった。
もはやあの場所戻ることはできないものの。彼らの心に神として、雹雷と私が根ざしている。それだけで、十分すぎるぐらいだった。
それから。時間が過ぎるまで祭りの様子を見守った後、私達は家族三人で、自分たちの居場所である都の外れの屋敷へと、帰路についた。
帰り際。泣いてはいたものの、今まで見たことが無いぐらいに嬉しそうに笑っていたと。同じように微笑む雹雷に言われた。
雹ノ夫婦神婚姻譚 錠月栞 @MOONLOCK
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