第4話 タヌキ追いしあの山……ですわ。
やめて……! やめてちょうだい!
ワタクシはそのような、はしたない振る舞いなど断じていたしませんわ!
確かに、釣りたて焼きたてホヤホヤのイワナは絶品でしたけれど!
……いえ、違いますわ、これは……ワタクシ? ワタクシの前世の記憶?
嗚呼、まさに走馬燈ですわ!
逆再生するビデオテープの如く、ワタクシの過去世がいきなり次々と脳裏を駆け巡って……!
思い出しましたわ!
ワタクシ、地球という惑星の日本という国で死んだ42歳のオバサンでしたわ!
いえ、自分で自分を卑下するのはよろしくありませんわね、イケてる独身アラフォーでしたわよ? バツイチでしたの。昔から男運が悪かったのですわ。二人の間に子供など居りませんでしたことが不幸中の幸い。
離婚後、晴れて独身生活をエンジョイしていた引きこもり気味のバイカーですわよ、過疎地の古民家をDIYしてシロウト農業で生計を立てていたんですわ。ささやかな規模の養鶏を営んだり、色々と手広くやっておりましたのよー!
そうですわ、思い出しましたわ!
ある年の暮れのことですわ、ワタクシ、タヌキとの死闘の最中に死んでしまいましたのよ! 鶏小屋に忍び込んでいたタヌキを追いかけて、真夜中の山を深追いしたのがいけなかったんですわ、誤って崖から転落して……ああっ!
悔しいっ! あのタヌキ、次に見掛けたら必ずやタヌキ汁にして差し上げますわ!
「タヌキ……!」
憎悪を込めたワタクシの言葉に、皆さま思わず怯んで一歩下がられました。
そうでしたわ、ここは王立魔導院高等部。その宿舎にある大ホールでしたわ。
目の前のザコ男子が上ずった声を上げ、ワタクシの気を引き戻しましたの。
「た、タヌキ? タヌキが何だというんだ! 我々をバカにするつもりか、ミス・エリザベート! 事と次第によっては許されざる不敬となるぞ!」
奇しくも、こちらの世界と過去世の世界、タヌキという単語は共通ですの。ワタクシ、少しばかりドスの利いた声を使ってしまいましたから、場がざわめいておりますわ。令嬢らしからぬ声でしたかしら。今さら取り繕うつもりはございませんけど。
「ごめんあそばせ。失言ですわ、殿下や皆さまとは無関係のこと。考え事をしておりましたの。失礼いたしましたわ。」
ビビりまくっていらっしゃるサンシタ下級貴族の殿方など、もうどうでも宜しくてよ。背筋を伸ばしてふんぞり返り、それで粋がっているつもりですの? 顔が強張ってますわよ? せいぜいそうやって強がっていれば宜しいんじゃなくて。
明らかに顔色を変えて、狼狽えてらっしゃる王太子殿下にもワタクシ、幻滅いたしましたの。こうして見れば、あどけないお顔をされていましたのね。今、気付きましたわ。今年、お幾つでしたかしら?
オドオドしちゃって。お若いのですし、学生気分が抜けきらないのも仕方ありませんわね、多少は。確か今年19歳になったばかりでしたかしら。なんだか急にイメージが変わりましたわ。ワタクシの記憶年齢が急激に上がったせいですかしら。
かと思えばまた無関係な取り巻きがしゃしゃって出ていらして、偉そうな顔で喚きましたわ。下級貴族の分際でワタクシを指差すとはいい度胸ですわね。その蛮勇だけは褒めて差し上げてよ?
「この期に及んで悪巧みか! 魔性の女め!」
聞き捨てならないひと言ですわね、さすがに不問には出来ませんことよ?
「お黙りなさい、誰に向かって意見をなさっているの? 学園の席次においても、貴族の序列においても、ワタクシより劣ることをご自覚なさったらどう? 今でしたら特別に謝罪の言葉ひとつで許して差し上げますわよ。」
「エリザベート!」
殿下の鋭い声が会場内に響きましたわ。誰もが恐れて瞬時に沈黙が落ちましたの。国王陛下が病に伏せられた今、すべての執政を執り行っているのは殿下。そのお方に逆らう者などおりませんわね。どよめいていたホールが静かになりましたわ。
「……僕は、君との婚約を解消する。そして新たに、こちらに居る君の妹、イライザ・ミルフォード嬢を妃候補として迎えるつもりだ。慣例に従い、君は修道院にでも行くがいい。」
修道院、の単語を聞いた途端ですわ、どなただったかのセリフが脳裏に響きましたのよ。「尼になれ! この恥晒しめが!」と。そして同時に思い出しましたの。
ここは、と。この大ホールの景色には見覚えがありましたのよ。通い慣れた場所、という意味ではございませんの、この風景をワタクシは絵で見た憶えがありますの!
思わず息を呑みましたわ。だって、ここは、この世界は……
インディーズで私が仲間と一緒に作った同人ゲームの世界だ、これ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます