悪役令嬢は領地でタヌキを駆逐する ~ザマァを遂行した後はイケメン従者たちと共にDIYした自慢のカフェーで薫り豊かな珈琲を頂きましょう~(問題山積でいつになるかは解りませんことよ)
第1話 ワタクシの甘さが招いた、この婚約破棄ですわ。
第1話 ワタクシの甘さが招いた、この婚約破棄ですわ。
結局、あの方はワタクシの妹をお取りになりました。
この国が始まって以来、歴史上類を見ない、前代未聞のことですわ。
王太子が、すでに定まっているその婚約の破棄を宣言するだなどと……。
ありえないことですのよ。王国の歴史を照らしても、いいえ、諸外国の事情を探ってみてもこのような醜聞は聞いたこともございませんわ。
それとも……やはりあれは前日譚でしたのかしら。あの日、あの薔薇の園で見た輝くほどに麗しい光景は、どこか不穏な影を帯びておりましたもの。
あの舞台の一幕とは打って変わった、今日、この日の陰鬱とした光景ですわ。
ワタクシは、まるで自身が悪い夢でも見ているかの心地で、こちら、この場所へ参りましたの。大勢の男子学徒に囲まれ、ほぼ連行されるような形でこの大聖堂へと導かれましたわ。
誰も何も仰いませんでした。ワタクシも、何も言いはしませんでしたわ。
その、数時間とも思える行軍は学園全体の空気を異様なものにしておりました。
仄暗い大聖堂はいつにも増して薄暗く感じられ、普段よりも光量が抑えられていることに気付かされますのよ。舞台装置なのですわ。意図して灯りの魔法が抑えられておりますの。
誰だかも解らぬような見知らぬ学徒たちが聖堂内には群れておりました。入場する一団を、固唾を呑んで見守り、ワタクシを遠巻きに取り囲み、後はまるで見物客のような澄ました顔を取り繕って、この舞台に参加した人々。
ワタクシはたった独りきり、まるで罪人かのように彼らの中央に引き据えられました。それでなくとも鬱々とした気分ですのに、拍車を掛けてまいりますわ。
国王陛下が謎の病に伏してしまわれ、
ワタクシが見上げる先、一段高い壇上には進行役と思しき男子生徒と、王太子殿下、その腕に庇われるような姿で寄り添っている我が妹とが立っておりますの。その他ごちゃごちゃとした有象無象の取り巻きたちも、三人の後ろに控えておりましたけれど。
これがかの、断罪イベントとか申しますものですかしら。
断罪……イベント……? イベントとは、どこの言葉ですの?
「殿下の御前だぞ! なんとか言ったらどうなんだ!? ミス・ミルフォード!」
下郎! このワタクシに向かって、なんという礼儀知らずな男でしょう!
男は殿下のすぐ傍に控えておりましたの。殿下の取り巻きの一人ですわ。運動能力の高さを買われて、屈強さを誇る近衛隊への配属が決まったのではなかったかしら。
男は壇上より、颯爽と飛び降りてまいりました。そうして、あろうことかワタクシの目の前に、胸をそびやかして立ち塞がったのですわ。壇上の殿下との間に、関門であるかのような態度で。このワタクシの、公爵家という家門を無視して!
「まだ自分の立場が解らないようなら、教えてやろう。今さら悔いても、もう遅い。この場がどういう意向であるか、もう解っているはずだ。これより殿下が重大な発表をなさる、それを、ここで大人しく聞いているがいい。」
勝ち誇ったような朗々とした声で、この男はお決まりのセリフを読み上げましたわ。前もって用意していたであろう言葉を得意満面に。
ワタクシへの礼儀を欠いたそのシナリオは、いったいどなたがお書きになりましたの? 万死に値しますから、覚悟しておいてちょうだい。
男……いいえ、男子学生、と訂正いたしますわ。
殿下の級友でしたかしらね、確か。大人の男性と誤解させては大変ですわ。
今、ワタクシが俯いておりますのは、この激情を押し隠すため。ワタクシの唇がきつく噛みしめられているとすれば、それは己の甘さを悔いてのこと。昔日に見た、あの光景を軽んじた己への悔恨ですわ。あなた方が思うような理由ではありませんことよ。
ひそひそと、さざ波のような微かな話し声が耳朶を打ちますの。内容のひとつひとつは定かじゃございませんけれど、ワタクシのことを嘲っているに違いありませんわ。この現状こそが、ワタクシに打ち震えるほどの侮辱を与えておりますのよ。
今、殿下の一番近くにいるのは我が妹。殿下の腕の中で、顔を背けるかのように見えて、密かにワタクシを窺い見ておりますのは、我が妹ですのよ。怯えたような瞳の色に嘲りは乗っておりませんわ。ですけど、ワタクシを軽んじ、安堵の色を滲ませているなら、それはワタクシを嘲っているも同然ではありませんこと?
いいえ、これはワタクシの招いたこと。
家族と言うまやかしも、重々承知のつもりでおりましたのに、どこかで侮っていたのですわ。イライザの動向など歯牙にも掛けておりませんでしたもの。
僅かなりと他者に良識を期待したワタクシ自身の、それは甘さですわ。浅はかだった己自身が悔やまれてなりません。
ええ、そうですとも。
妹といえども、容赦などするべきではありませんでしたわ!
良家の子女として許すべからざる不徳を働いておきながら、我が妹イライザは未だ事態の重大さにも気付かずにいるおバカさんなのですもの。恥じ知らずにも、婚約者のある殿方と不義の関係を築くだなどと……。
ワタクシの不徳ですの? ワタクシが、甘かったせいですの?
よもや我がの家族が、家門を汚してまでワタクシの邪魔に走ると、そのようなことまで予測せねばならなかったと申されますの!?
ワタクシの抱く憤りが、まったくの筋違いであるかのように感じさせますわ、この陰気な聖堂内の空気は。そこへ加えて、人々の見当外れな眼差しが数の暴力を振りかざし、正義の所在を不明瞭にしているのですわ。
この茶番のような一幕が、誰の差配なのかもワタクシは存じておりますわ。
思い返せばここ数ヶ月のうちに何もかもが変わりましたのよ。微妙な変化ゆえに気付けなかったワタクシのミスですわ。国王陛下が体調を崩されましたことに気を取られている間に、父が、兄が、妹が、これまでとは少しだけ変わっておりましたの。
ワタクシの知らぬ間に、陰険極まりない謀りごとが進められておりましたのね。
それも、これほど幼稚に尽きる策を弄しておいでだったとは……!
すべてはワタクシの慢心が招いたのですわ。世に蔓延る、家族愛だなんだという愚かな戯言に、いつの間にやら毒されていたのですわ。
その挙げ句がこのような、殿下の取り巻きふぜいに誹られるなどという、あってはならぬ恥辱に繋がりましてよ。この口惜しさをご理解頂ける方など、きっとおられませんわね。
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