22 愛の日ですと……?

「いいのが見つかってよかったですね」

「ええ、本当に。ロゼッタさんには感謝の言葉しかありません」


 リリックさんはぺこりと頭をさげました。

 白地に赤いリボンが巻かれた平たい箱。リリックさんはプレゼントを抱えて満足そうにわたしの隣を歩いています。


「すみません。わたしまでいただいちゃって」

「いえ、ここまで付き合ってもらった礼ですから」


 わたしの手に握られた小さな包み。

 リリックさんがお礼にと買ってくださったハーブソルトです。


 帽子屋なのになぜか塩が置いてあり、不思議だなぁと眺めていたら、いつの間にか購入していたらしいリリックさんが、わたしの手のひらにぽんと。

 スマートでした。

 将来、こんな旦那さんが欲しいです(さすがにシャベルは勘弁ですけど)。


「ではそろそろこれで。氷の魔女のロゼッタが、たしかにリリックさんのご依頼を承りました。どうかあなたに火の加護がありますように」


 いつもの口上を述べて一礼すると、リリックさんが依頼料を渡してくれました。

 銀貨一枚。確かに頂戴いたしました。


「ロゼー!」

「?」


 銀貨をローブのポケットにしまうと、ざらついた声が耳に入りました。

 ノルさんです。人間体の。

 ノルさん(人間体)は大きく右手を振って近づいてきました。


 串焼きを持ったリックくんも一緒です。

 どうやらふたりで祭りを楽しんでいたようですね。

 わたしはこうして額に汗して仕事をしていたというのに。

 ずるいです。ノルさんの裏切者。


「おとうさん!」


 リックくんがリリックさんに駆け寄ります。


「リックどうした、こんなところで。おかあさんは一緒じゃないのか?」

「またおかあさん迷子になっちゃった」

「母ちゃんが、じゃなくて坊主が、だろ? なんだよロゼ、きょう依頼受けてたのか?」

「ええ、朝食後に。ノルさんが『祭りのパトロールだ!』とか言って、一緒に行くはずだったお祭りへ先に行ってしまったあとにいらっしゃったんですよ」

「ごめんて」


 わたしが無感情に淡々と返すと、ノルさんは頭を掻いて気まずそうに目をそらしました。

 その横で、リックくんが首をかしげます。


「おとうさん、それなぁに?」

「これか? お母さんへのプレゼントだよ」

「ぼくには?」

「あー……すまん。それは今度なぁ」


 リックくんがすこし拗ねた様子で自分が持つと言い張り、プレゼント箱を抱えました。

 ノルさんが屈んでリックくんの頭をぐしゃりと撫でます。


「それじゃあ、リック。おとうさんと会えたみたいだし、ノルさんはここまでなー」

「うん。ありがとう、うさぎさん」

「おうよ。もう迷子になんなよー」

「では、リリックさんも。わたしたちはこれで──」


 と、ふいに通りの先を見たときでした。

 人混みに紛れてやってきたのは、空色のワンピースを着た綺麗な女性です。


 ジェシカさんです。

 わたしたちの姿を見つけると、笑顔を浮かべて駆け寄り、リックくんに抱きつきました。


「リック! もうっ、探したのよ? あなたってば、また迷子になって」

「お母さん、見つけたー」

「ジェシー?」

「ああ、リリックさん。用事があるって言って、朝早くに出かけて行ったけど、もう終わったの? それからロゼちゃんと──ノルノさんでしたっけ? こんにちは」


 ノルノ、とは人間体のノルさんの偽名です。

 わたしがぺこりと会釈するのを見て、リリックさんが頷きました。


「さっき終わったところだよ。彼女に依頼を出していたんだ」

「依頼?」


 ジェシカさんが目をぱちくりさせて首を曲げます。

 わたしはリリックさんに『箱を』と促しました。


「リリックさん。せっかくですからこちらでお渡ししたらどうですか?」

「ああ、そうですね、リック。それをお母さんに」

「うん! おかあさん、これ」


 リックくんがジェシカさんに箱を渡します。


「これは……?」


 差し出された箱を、不思議そうに見つめるジェシカさんに、リリックさんはしゅるりと箱に巻かれたリボンを解きます。


 中から出てきたのは、つばの長い、白い帽子です。

 それを手に取り、リリックさんは微笑みました。


「明日が、何の日か覚えているかい?」

「あした?」

「そう、祭りの最終日。あの日の君はこれと同じ白い帽子を被っていただろう?」

「──!」


 ジェシカさんの瞳が大きく開かれます。


「そうだよ。明日は君と僕がはじめて出会った日だ」


 そう言って彼はジェシカさんの頭から黄色い帽子を外して白い帽子を乗せました。


「本当はもっと早くにプレゼントを用意するつもりだったんだけど、あれこれ悩んで今日まで買えなかったんだ。それでロゼさんに頼んでプレゼント選びを手伝ってもらったんだよ」


 恥ずかしそうに頬をポリポリと掻いて、リリックさんは「よく似合っているよ」と付け足しました。


「ありがとう、リリックさん……!」


 ジェシカさんがリリックさんの頬に、ちゅっと口づけます。

 するとリリックさんからもお返しが。

 それを繰り返すこと数回。

 なんとも仲睦まじい夫婦の光景です。


 しかし、おりしもここは天下の往来。みなさんの視線が集まってくる……と思いきや、通行人は誰も気に止めていないようでした。

 というより、よく見るとあちこちで手を握る男女カップルたちが──


「なんだか、やたらとカップルが多いような?」

「あら、ロゼちゃん知らないの? 豊穣祭は別名『愛の日』とも呼ばれていてね。この日に出会った男女は永遠に結ばれるっていう伝説があるのよ」

「へー、つまり出会いの日、ってことですか」


 それならすでに出会っている人とはどうなんでしょう。

 知り合いとか、友人とか、恋人とか。

 それこそ夫婦とか。

 そんなわたしの疑問を察したのか、ジェシカさんはニヤリといい笑顔を浮かべると、


「すでに出会ってる相手でも、気が合うようなら仲が進展するかもね。ちなみに恋人や夫婦の場合はもっと深く、ってところかしら?」

「ジェ、ジェシー……」


 リリックさんが困惑顔ではにかみながら、「そろそろ行こう」と言ってふたりの手取り、ジェシカさんが別れ際にぱちり。

 ウインクを飛ばして、「じゃあね」と家族三人仲良く雑踏へと消えて行きました。


「ふぅむ。あれは二人目が近そうだな」

「……ごほん。ノルさん。破廉恥な発言は、お慎みください」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る