30 夏がやってきました

 麦刈祭むぎがりさい


 小麦の収穫を祝い、太陽の恵みに感謝を捧げる夏の祭りだと聞いていますが、その麦刈祭。

 想像を絶するほどに暑いです。

 なぜなら今は夏季の真っ只中。

 ジリジリとわたしの肌を容赦なく焼いてくる真夏の太陽は、当然どこまでもわたしを追いかけてきます。


 その上、大きな焚き火。

 幾重にも組まれた丸太の中ではメラメラと炎が揺れています。


 暑いです。

 死んじゃいます。

 具体的にはノルさんが。


「あちぃ……」

「大丈夫ですか? 毛皮刈りますか?」

「うん……。その気持ちだけ受けとっとく。──いいや、変身しよ」


 ということで、ノルさん(人間体)にも鎌を渡してふたりで麦を刈っていきます。

 すぱすぱ刈ります。

 さくさく刈ります。

 そうして積み上がった麦の束を見て、わたしは『はふぅ』と吐息をこぼしました。


 目の前に広がる黄金の麦畑。

 豊作のようでなによりです。


「さてと。ノルさん、これから本日のメインイベントと行きましょうか」

「メインイベント? 麦刈ることが今回の依頼だろ」

「チッチッチ、甘いですねノルさん。このわたしがたかだか麦刈りのためだけに出張サービスを受けるとでも?」

「うん、いろいろ言いたいことはあるが、ひとまず鎌をおろせよ」


 ノルさんにぴしりと鎌を向けて得意気に言ったわたしは道具を片付けると、指定の場所へと向かいました。

 村の中心部。

 ここはベルルーク領にある小さな農村でして、わたしはこの村から麦刈りの依頼を受ける形でやってきました。


 いわゆる出張サービスです。

 店の評判を広めるためには地方への営業も必要ですからね。

 この機会に始めました。


 正直、旅費とか色々かさむので、あまり利益にはならないんですけど、こういう地道な活動こそが案外目的達成への近道だったりする──なんてカッコいいことを言ってみましたが、ただパンが食べたかっただけです。


 すみません。


 日頃節制に徹している身としては(返済があるので)、こういう『食べ放題』というワードにはついつい心が惹かれてしまうものなのです。


 おかげで朝から食事を控え、空腹万端、いえ準備万端。

 わたしのお腹はいつでもパンを迎えられる状態になっています。


 しかしながらそのせいなのかはわかりませんけれど、さきほどから心臓がですね。


 こう、ぎゅーっと。締め付けられる感覚がしています。


 なんでしょう。水不足でしょうか。

 低血糖ていとうでしょうか。

 はたまた運動(麦刈り)後の低血圧による失神前の、視界が白くなるあの現象でしょうか。

 

 ともかく夏に朝食を抜くとこうなります。

 熱中症。

 怖いので、絶対にやらないようにしましょう。


 わたしがノルさんと一緒にパン食べ放題の会場(ごくふつうの屋外集会所です)で待っていると、村人たちがなにやら話しながらやってきました。


「すみません、ロゼッタさん。今日のパンはお休みになっちゃいましてねぇ」


 と、ふくよかボディなおばさまが仰いました。


「ええ⁉ どうしてですか⁉」

「実はパン焼きおじさんが腰をやってしまってねぇ。それで今日はパンは無しって話になってたんですよ」


 パン焼きおじさん……?

 は、さておき。


「そ、そんな……! パンが食べ放題だというから無料ただで受けた依頼だったのに!」

「え? 無償だったの、これ」


 わたしの悲壮感たっぷりな声を聞いて、おそらくわたしとは別の意味で衝撃を受けているノルさんです。

 申し訳無さそうにおばさまが頭をさげました。


「本当に申し訳ないのですが……。代わりに先日ひいたばかりの小麦粉をお好きなだけお渡ししますので、王都に戻ったらたくさんパンを焼いていただけたらと思います」

「小麦粉……」

「そんなぁ……」


 わたしはがくりとうなだれました。

 聞けば、ほかの村人たちがパンを焼くと言っても、そのパン焼きおじさんなるお人が断固として窯の前から動かないんだそうです。


 ここは小さな村ですから石窯は一つだけ。

 それを村のみんなで共同で使っているため、占拠させるとどうしようもないとおばさまが嘆いていました。


 うーん、腰をぎっくりしたのなら寝ていたほうがよいと思うのですが。

 石窯死守の防衛にあたる元気があるなら、そのパン焼きおじさんにはぜひパンを焼いてほしいものです。


「わかりました」

「え?」

「わたしが、パンを焼きます!」


 わたしは篝火かがりの魔女。

 かまどなしでもパンくらいさくっと焼いてみせましょう!

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