31 太陽のピザは絶品です

「で、結局パンじゃなくてピザなわけね……」

「まぁ、どちらも似たようなものですよ」

「全然違うと思うけど」


 わたしが用意したのはフライパンです。

 さきほどのおばさまから借りてきました。


「ここにピザを乗せて、と──」


 トマトの輪切りとチーズを載せた王道ピザ。

 こちらをフライパンに敷き詰めたら魔法の出番です。

 手のひらをかざしてボボッと。

 わたしが生地をこねている間にノルさんが作ってくれたレンガのに火を灯したら、フライパンを置いてふたをして約五分。 


 いい香りが漂ってきました。

 わずかに蓋を開ければふつふつとチーズが泡立っています。

 トマトもしんなり。

 もう火は通ったでしょう。


「あとは……、ノルさん見ていてくださいね? これでこうして表面をあぶると……」


 指先に灯した炎を向けるとぷくーっと。

 生地が膨れ上がり、表面にほどよい焦げ目がついたら、


「はい、生トマトを使った『太陽のピザマルゲリータ』の完成です!」


 熱々のピザを切り分け、その上にたっぷりとバジル風味のオリーブオイルをかけて、ふたりでぱくり。


「んぅーーーーー! ああ、幸せです……」

「だなぁー。やっぱりパン系は焼きたてに限るよなぁ。見ろよ、このチーズの伸び具合」


 びよーんと。

 糸引くチーズごとピザをむぎゅっと頬張り、ゴッゴッゴッと一気にエールで流しこむノルさん。

 しまいには喉を鳴らして、


「ぷはー! うめぇ! あぁー、生きてて良かったー!」


 との、ご感想。

 いやいや大袈裟すぎやしませんか?

 でも、お酒好きな人って大概そうですよね。


 これはわたしの独断と偏見ですけど、エール好きの人は決まってノルさんと同じ感想を口にします。『生きててよかったー』というセリフですね。

 そんなんで人生華やかになるなら、いくらでも飲んでくださいと思うわたしです(もちろん飲み過ぎは体に障りますけれど)。


 そして葡萄酒ワイン

 こちらの場合は大抵ふたつのパターンに分かれますね。

 安いワインをカパカパ飲む人と、高級ワインをじっくりと楽しむ人。


 パン屋のジェシカさんは前者だそうでして、安酒をたくさん飲んで酔うほうが『次の日も頑張るか』ってなるんだそうです。

 結婚前に勤めていた職場がいろいろと大変だったようで、そのころから習慣になったのだとか。毎日お疲れ様です。


 お酒が飲めないわたしはレモン水を。

 ちびちびといただいていると、ノルさんがピザをもぐもぐしながら不思議そうな顔で聞いてきました。


「それにしても、さすがは腐っても食堂やってるだけあるよなぁ。こんな状況でピザが思いつくなんてさ。俺、ピザはじめて食ったけど、すげぇうまいよ」

「それはもちろん自信作ですから。故郷でもよく作っていましたし」

「ほほう、料理テロなお前が? 生地から作っていただと?」


 ……ふっ、なかなか鋭い質問ですね。

 ノルさんの推理が冴え渡っています。


 しかしながら『料理テロ』とは失敬ですね。

 それはサラさんに使うべき言葉であって、わたしはあそこまで破壊的な料理はしませんよ、ただ、


「……ピザ生地は、エルフィードおじさまが用意してくださるので、わたしは叔母様が切った具材をピザ生地の上に並べてお祖父さまが石窯で焼くところを見学していました」

「それ、お前なにもしてねぇんじゃん」

「──ごほん。それにしてもトマトのピザは初めて食べました。噂には聞いていましたけど、こんなにも美味しいものとは正直驚きましたね!」

「話を逸らすなよ」


 だって。

 呆れたように吐息をついてからノルさんがきょとんとした顔で聞いてきます。


「うん? ピザっていったら普通トマトだろ?」

「ああ……いえ。土壌の関係で、森ではトマトが育たないんですよ。時々いらっしゃる行商人さんから乾燥したものなら買えますけど、こうして新鮮なトマトを使ったピザ、というのは初めてですね」

「ほーん。トマトなんざ、そこかしこで見かけるがなぁ。つうかおまえの菜園でも作ってるし。そろそろ収穫時期だし」

「そうですね。帰ったら収穫が楽しみです」


 春に作った菜園。

 すくすくと順調に育っています。

 自家栽培した野菜を使いましたー、なんてうたい文句で更なる人気を獲得しちゃうのでは!?


 なんて、うへへと想像しながらわたしはピザにかぶりつきます。


「ピザ、そういえば懐かしいですねー。もともとは師匠に連れられて入った王都のピザ屋さんで食べたピザがおいしくて、森に帰ったあとエルフィードおじさまに頼んで再現してもらったんです。そのときのレシピを覚えていて今回作ってみたんですよ」

「ほーん。じゃあ、これはまさに懐かしの味ってやつなんだな」

「そうですねぇ」


 あれは師匠が『最近いい店を見つけた』とか言って、連れてってくれたピザ屋さんの話です。


『好きなものを頼むといい』と師匠は仰いました。

 しかし、わたしとて遠慮くらいします。

『師匠と同じもので』と答えると、師匠は頷き、店員さんに『これを二枚』と頼みました。


 そうして十五分後に出てきのは鮮やかなオレンジ色のピザでした。


 文字通り、オールオレンジ。

 オレンジの皮が練りこまれた生地の上に敷き詰められるオレンジジャム。

 その上には当然輪切りにされた、ふにゃりとした焼きオレンジが乗っています。


 わたしは絶句しました。

 メニュー表を見ると『オレンジづくし』との表記が。


 そう、師匠は無類のオレンジ好きだったのです。

 無言で淡々とオレンジピザを消化していく師匠。しまいには、追加でもう一枚注文されていました。


 …………。

 二度目ですけど絶句です。


 目の前のオレンジピザ。

 しかもオレンジサラダと、オレンジアイスの小鉢(デザート)まで添えられています。

 それらをもぎゅもぎゅと、一言も発することなくわたしは口の中へと詰め込みました。


 おしかったです。とても。


 だけど、王道の太陽のピザマルゲリータが食べたかったなあ……という無念だけはわたしの心に深く刻まれたのでした。

 その話をノルさんにしますと、


「お前のお師匠さん、食生活とか大丈夫?」


 偏らない? と、思い切り困惑した顔で返されました。

 ダメだと思います。

 あの人、ほうっておくとカビぱんとか平気で食べる人なので。


「そんなわけで、当時隣のテーブルに並んでいたトマトのピザを羨ましく思っていたわたしは、『ついにこの日が来た! 思う存分好きなピザが食えるぞ!』と本日、柄にもなくはしゃいでしまいました、すみません」

「いや。いいんだぞ? 存分にはしゃいで。あとほれ、残りの分は全部やるからいっぱい食え?」

「ありがとうございます。それでは遠慮なく」


 わたしは念願のピザを嚙み締めました。

 五臓六腑に染み渡るおいしさです。


「あのぉ……」


 さきほどのおばさまが近づいてきました。


「お昼を召し上がるのはいいんですどね? もう夕方なので……」


 たいへん言いにくそうにおっしゃいました。

 空を見ると、夕焼け空。

 うっすらと浮かぶ星々がもう間もなくやってくる夜を告げています。


 やってしまいした。

 ピザ作りに集中していて麦刈りの手伝いを忘れていました。

 村人さんたちがチラチラとこちらを見ながら刈り終えた麦を束ねています。


 でもまあ、あれですよ。

 報酬のパンが無い時点でこの依頼は不成立。

 これ以上タダ働きを続ける義理はありません。


 ですから本当ならこのまま早々においとましてもいいのですけど、ノルさんがポンと手を合わせて、


「よし、ロゼ! パン祭りならぬピザ祭りをやろうぜ!」


 などとオッサンなのに無邪気な笑顔を向けてくるのでわたしはつい頷いてしまいました。

 そうですね。

 麦狩りを頑張ったこの場にいる全員へのご褒美です。


「みなさーん! 集まってください! 夏のピザ祭りをやりますよ!」


 わいわいがやがや。

 炎を囲って、飲んで食べて踊って。

 その日の夜は楽しく更けていきました。

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