ページ8『麦刈祭』
29 パン祭りですよ!
雨期に入ったユーハルドではまことしやかにこんなウワサが流れていました。
「出るらしいんですよ、子供たちの霊が」
最近定休日を設けたわたしの店。週の中日になるとこうして『パピヨン亭』にお邪魔して、店主さんから経営のイロハを聞いているのですが、その時のことでした。
ふらりとやってきた兵士さん(本人いわく出世コースから外れたしがない門兵)が、そんな話を店主さんにしていました。
なんでもこのユーハルドではその昔、長雨に悩まされた年があったそうです。
そこで時の大祭司、いまでいう王佐(王の補佐役)にあたる人物が、王国中から子供たちをさらってきては、『晴れごいの儀』という、まあ太陽を喚ぶ儀式を行ったらしいのです。
そのときに犠牲になった子供たち。
その魂がさまよい、いまでもこの時期になると某所からすすり泣く声が聞こえてくるとか、聞こえないんだとか。
……うーん、なんでしょうね。
某所、ってところがもう作り話満点ですよね。
せめてどこに現れるかくらいはしっかり考えておいてほしいものです。
そして実際にそういうものが見える勢からすると、塩でも持ち歩いておけばいいんじゃないですかね。
そんなわけで、彼には食卓用の塩を紙に包んでお渡しました。
「……はあ、イヤだな。これから午後だけど、正門には出ないといいなぁ……」
大丈夫です。少なくともそんな人の行き交う場所で目撃されていたら、もっと騒ぎになっているはずですから。
断言はできませんけど、安心して午後のお仕事頑張ってください。
わたしと店主さんは兵士さんを見送ると、経営うんぬんの話に戻りました。
そこに、ことりと紅茶が出されます。
「お疲れさまです。ロゼッタ先生」
サラさんです。
先日の一件で、料理に目覚めたらしい彼女はわたしに言いました。
『先生! 私、もっと色んな料理を学びたいです!』
はい、たいへん立派な志ですね。
ですが、あなたの料理スキルはわたしが言うのもなんですけど壊滅的です。
料理の腕が、というよりも料理のセンスがメタメタなのです。
こういう場合どんなに料理を勉強しても一向に上達しません。
それはなぜか。
それは、アレンジキメるからですよ!
なんでスパイス的な感覚でお菓子に竜辛子(トウガラシ)を混ぜますかね。
からいですよ。
ヒリヒリですよ。
涙が出ますよ。
甘さに悶えるならともかく辛さに悶えてどうするんですか。
──てなわけで、パピヨン亭の店主さんに問題児を押し付け……いえ、サラさんをご紹介した次第です。
彼女はここで、料理を学びながらホールの仕事をお手伝いしているようです。
以前にも増して忙しくなったパピヨン亭。
店主さんは『助かる』と言ってくださいましたが、さきほどもサラさん、転んで盛大に料理を床にぶちまけてましたけど、本当に大丈夫なのでしょうか。心配です。
「そういえば、ロゼッタ先生。この前、人を探しているって言ってましたよね?」
ふと思い出したようにサラさんが切り出しました。
ちなみにいまの彼女の恰好は、伯爵令嬢としての煌びやかな衣装ではなく、下町に佇む老舗食堂の看板娘風の格好です。
簡素なエプロンドレスに三角巾。
頭部の低い位置でふたつに結われたキュートなおさげは、疲れた男性客の心を癒してくれることでしょう。
「あれからどうですか? 見つかりました?」
「全然ですねー。あれからも王都中を探してみたんですけど、やっぱりどこかほかの場所にいらっしゃるみたいです」
「それはまた残念ですね」
サラがしゅんとうなだれます。
すると、店主さんが「誰か探しているのかい? どんな人?」と聞いてきたので、白髪に黄昏色の瞳をした二十代半ばくらいの青年だと伝えると、
「それならこれなんかどうかな」
と、言って一枚の紙を持ってきてくださいました。
「来月にはなるけど、ベルルーク領の小さな村でパン祭りが開かれるみたいでね。見物客や行商人も多く来るだろうし、そこで話を聞いてみたら? ちょうど麦狩りの仕事を募集してるみたいだから、依頼として受けるのもいいと思うよ」
「……こ、これは!」
麦刈りを手伝ってくれた人は焼き立てのパンが食べ放題!
村自慢の各種ジャムをつけて食べよう!
チラシにはそのように書いてありました。
パン食べ放題。
おまけにジャム付き。
行かない手はありません。
さっそくわたしは店主さんにお礼を伝えて店に戻り、来たる日に向けて鎌の素振りを頑張るのでした。
「なにしてんの? ロゼ」
「パン祭りに向けての、素振りっ、です!」
たくさん麦を狩って、たらふくパンを食べますよ!
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