第25話 筋肉、実験をする

「……ん、いける、よ?」

「え゛」

『見てるだけで気持ち悪くなってきた 代わりに吐いとくわ 未亜メシマズ概念か…… 飯食え案件で草 たしかに 飯食え』

「うるさいなあ。ご飯食べないから、味覚おかしいってわけじゃ、ない……よ」


 そう言って、ぽこん、と未亜は配信用ドローンを軽く殴った。


 第四層、恒例のサルミアッキイベントに、礼堂は最初は涙目になりながら耐える一方で、未亜は平気な顔をしていた。


 遠距離に見える敵は未亜が一方的に屠り、近づいてきた敵は礼堂が処理する。

 未亜は魔力MPの消費をいかに少なくスキルを撃つか、という新しい実験に挑戦していた。そのせいで撃ち漏らしも出るが、抜けてくるのは精々1、2匹。それらはあっさり礼堂が撃破する。


『安定感すごいな 未亜、MP平気?』

「へーきへーき」


 そう言いながら、未亜は無表情のまま、ぶいぶい、とカメラにジェスチャーして見せる。そんな余裕さえ見せながら、二人はあっさりと第四層を突破した。


「レベル上げ……する?」

「ボス倒してからでもいいんじゃないかって思ってるんだけど、そうだな……」


 ダンジョンにおけるチェックポイントの間は、一つのステージである。

 第三層のモンスターと第四層のモンスターの間には、倒した時に得られる経験値や報酬、強さに大きな差があるのだ。


 第四層を突破したことで、未亜のレベルは7まで向上していた。レベル6、7で得られた計13のスキルポイントは、そのうち氷魔法のスキルレベルを1から4にあげるのに、12ポイントを消費していた。


 氷魔法スキルを上げて得られたスキルは「アイシクル」。氷柱を生成し射出するスキルだ。

 氷魔弾に比べて物理的な威力を持つアイシクルは、未亜に新たな魔法の実験の可能性をもたらした。


 魔術の独自利用は、魔術をスキルとして使用するよりも多くMPを消費する。自分で様々な応用を生み出し、それをどのように消費MPを減らすのかが、未亜の課題だ。

 その点、レベルを上げてSPスキルポイントが入れば、未亜による魔術の研究の幅も広がるだろう。


 逆に礼堂の方は、ミノタウロスを倒して大きくレベルが上がってしまったこともあり、もはや第四層の敵ではレベルが上がる気配は全くない。


 だが、レベルが上がらない限り、そのうち行き詰まるのは明白である。なるべく楽に、安全に攻略していきたいなら、どこかでレベリングは不可欠だ。


 ミノタウロスの戦斧という強力な武器も手に入ったが、戦斧は打撃判定。そのため「スラッシュ」は使用できないし、「居合」スキルは発動できない。


 微妙な噛み合いの悪さに辟易とするが、わがままを言っても仕方がない。

 礼堂は少しの思案の末、結論を出した。


「レベル上げはミノタウロスとの戦闘次第だな」

「……そっか、そうですね」


 未亜は礼堂の言葉に頷いた。


 ミノタウロスを安全に狩れるなら、ミノタウロス狩りによってレベル上げができる。礼堂も未亜も、二人とも大きくレベルを上げられるだろう。

 そうなれば、ミノタウロスが出現する本来の層まではかなり安全に進められるはずだ。


 話しているうちに、第五層からのモンスターであるオークが現れた。花柳翠花の魔弾では倒せなかった、喧嘩のきっかけにもなった相手。そいつらの習性なのか、現れたオークはまたも二匹一組で組んでいた。


「行けるか?」

「試してみるね」


 未亜はそう言うと同時に、銃の形にした指の先に魔力を貯め、極小の「アイシクル」を形成した。


 そのサイズと形状は、もはや氷柱というより氷の弾丸。空気抵抗を極限まで減らした流線型は、命を刈り取る最適解だ。

 そこにさらに魔力を注入し、事前の弾道誘導と回転、射出スピードを両立させる。


 小峰未亜の「知性」が攻撃力としてさらに上乗せされたそれは、ダンジョン内においては、氷ながらに鉄板を貫くことさえ可能。


 その弾丸は魔力による誘導に従い、放たれると──呆気なく、オークの眉間を貫いた。


「ブモォ──ッ」


 光になった相棒を見たもう一体は、魔法が飛んできた方向にいた礼堂に叫びながら向かってきた。


「試してみるか」


 礼堂はそれに対し、背中の戦斧を手に取り、ググ、と力を込めながら構える。左の肩口に柄を乗せ、腰を低く。──振り抜く手は、斧の刃と平行になるように、地面に水平に。

 そして、オークが体当たりを仕掛けてくる、その瞬間──。


「ハッ!!」


 礼堂は気勢を声に乗せて発すると同時に、斧を振り抜いた。ホームランが如き大振りは、オークをまるで靄のように呆気なく切り裂き──刃は、オークの頭を体から綺麗に切り離した。


「──!」


 勢いのまま、オークの頭と体はそれぞれ別の方向にゴロゴロと転がっていき、やがて光となって魔石に変わった。


『すっげ なんじゃこれ 達人技とかそういうレベルじゃねえ ワシより強くねー? ←お前は誰なんだよ』

「まだまだだな……」


 礼堂は自分が成し遂げたはずのそれを見て、小さくため息を吐いた。


 硬い首の骨まで綺麗に切ってしまえるのは、ダンジョンの特性と礼堂の実力が成せる技だ。

 本来、動いていない相手にすら、頸の骨を一刀両断することは達人的技術を要する。


 日本における剣術全盛である江戸時代でさえ、介錯や斬首を任され、それを一振りで果たせるのは一握りの達人のみだった。


 それを動く相手にやってのけたことに、未亜の配信は驚嘆と畏敬のコメントで溢れていた。

 しかしそれとは裏腹に、礼堂はその出来に満足していないのだ。


「……不満なの?」

「ああ、まあ──」


 礼堂がやってのけたのは、ダンジョンの特性も大きい。無論、巨大な戦斧をまっすぐに振り切るというだけでも、凄まじいまでの体幹と筋力だ。──だがそれだけでは、頸を斬るのには不足する。


 頚椎と頚椎の間の、微かな隙間。

 頸を断ち切ろうとするなら、その狭い空間に刃を当てる精密攻撃の必要がある。今回、礼堂にはそれが


 しかしダンジョン内の攻撃には、ステータスの影響が強く現れる。頸の関節の位置を見極めることなく、攻撃力で無理やり骨を斬り落とすことができてしまったのだ。


「ステータスで上がった筋肉と、武器の攻撃力で無理やり断ち切った状態だからな……これじゃ剣術とは言えねえ」


『なるほどわからん 何言ってるんだコイツ それを出来るのが世界に何人いると…… 一人だけ戦国時代生きてる?』


 攻撃力にモノを言わせただけの攻撃だった、と礼堂が反省を述べるも、コメント欄は受け入れられない。一方で、未亜はそれに対してなんとなくだが理解を示していた。


「なるほど。ステータス頼りなのが、よくないっていう考え……ですか?」

『ステータスがあって出来るもんでもねえだろ』

「それはまあ……」


 未亜は自分の魔術の経験とも照らし合わせることで納得する。しかし当の礼堂は、配信コメントに論破されていた。


「んー……説明が難しいんだけど……感覚的には、スキルで技を使ってる状態、です。技術を習得してないのに使えてしまえる……みたいな」

『スキルに頼りたくないとかそういう話か』

「あ、うん。そんな感じ」

『なんでスキルに頼っちゃダメなんだ?』


 礼堂の意図を汲み取り、未亜は配信に説明し始めた。ある種の通訳のような姿に、自分の感覚はこんなにも通じないものかと少し面白がっていると、配信のコメントからなかなかに鋭いところを突いた質問が飛んできた。


 実際、スキルは便利なものだ。斬撃なんて飛ぶはずのないものを飛ばすことができ、人間には使えないはずの魔法を使用することも可能になる。それでも、礼堂が嫌がるのは──。


「……なんで?」

「剣が鈍る」

「そ……っかあ」


 未亜も気になったのだろう。間に入って礼堂に聞くと、なおさら曖昧な言葉が返ってきた。


 父親に言われたアドバイスを、礼堂はそんな風に解釈していた。──事実、礼堂は自己流に「スラッシュ」を作り変えることで結果を出している。


 未亜が魔術を弄るのは知的好奇心と今後の実利に役立つ可能性があるからだが──礼堂はまた違う部分に、その脳筋の根源があるのだ。



◇◆◇◆◇


「ねえ、翠花ちゃん……大丈夫?」

「え、何が?」

「……無理しすぎだよ。疲れてるみたいだし」

「平気よこのくらい」


 同刻、ダンジョン三層。

 段々坂高校ダンジョン探索部の面々は、探索の実践訓練の最中、ボス戦前に一休憩を入れていた。


 今日はこのボスを倒して、それで帰還の予定だ。明日からは第四層以降の突破訓練になる。より一層過酷になるし──翠花の攻撃はオークには通用しない。


 休憩中、気丈に振る舞う花柳翠花に対して、海野は不安そうな表情をしていた。


「ねえ……無理しなくてもいいんだよ?」

「……はあ?」


 海野は思わずその姿に、言葉が口をついて出てしまった。それに対して翠花は怪訝な反応のあと、露骨に不機嫌になる。


 翠花は、これではいけない、と自分を落ち着かせて機嫌を振り払い、海野をまっすぐに見つめた。


「大丈夫。──大丈夫よ」

「……そっか」


 まるで、自分に言い聞かせるかのように、花柳翠花はそう答えた。その言葉に、海野は何も言えなくなってしまう。けれど──。


 翠花が去ったあと、彼女に気づかれないように、心に積み上がったものを小さく吐いた。


「嘘つき。なんで嘘つくの。なんで誰もわかってくれないの……。」


──その拳は硬くギュッと、握られていた。



◇◆◇◆◇


「あの……大丈夫ですか?」

「あ……部長さん」


 ダンジョンから出た海野に声をかけたのは、ダンジョン探索部の女子部長だった。

 四角いメガネが印象的な、理知的な先輩。その格好いい姿に、海野だけでなく、ダンジョン探索部に憧れている女子は少なくない。


「花柳さんと上手くいっていませんか?」

「そ、そんなこと……っ」


 ない、とは言い切れなかった。

 少なくとも、自分に対して彼女を慮る気持ちを抱いているのに、それを無視されているのは事実なのだ。


「後から来て、なのに大きい顔をされたら、思うところもありますよね?」

「い、いえ! そんなことないです!」


 女子部長の言葉に、海野は否定する。すると、意外そうな表情をした。


「ただ……彼女が無理をするから、心配で……」

「なるほど……それなら、いい話がありますよ」

「え?」


 海野の言葉に、狐のような目をして女子部長は笑った。


「教えてあげればいいのです。無理してもいいことがないのだと」

「で、でも……どれだけ言っても、理解してくれなくて……」


 自分の言葉じゃ、届かない。

 かと言って、彼女に言葉を届けることができそうな礼堂には、拒否されてしまった。


「言葉じゃわからないなら……ちょっと怖い目に遭うしかないですわ」

「え……?」


 予想外の言葉に、海野は目を剥いて女子部長の方を見た。その姿を見て、狐のようにクスクスと笑う。


「大丈夫ですわ。ダンジョンの中では、何があっても死にはしませんもの。それにこれは、みんなを守るためでもありますの」

「え……みんなを守る……?」


 意外な言葉に、海野は不思議そうな顔をし、女子部長はそれを見てさらに踏み込む。


「ええ、そうですわ。……ライバル校の、満沢高校、あるでしょう。あの学校、そろそろウチを潰すのに本気を出すつもりみたい」

「そ、そんな……」


 怯え出す海野に、安心させるために、にっこりと微笑んだ。


「大丈夫、向こうにも善意の協力者がいて、手は考えてます。……でも、"それ"が起こったと見せかけたいの」

「……だから、翠花ちゃんを?」

「ええ。……心苦しいのだけれど」


 まるで本当に辛い判断を迫られているかのような表情をする女子部長に、海野は「自分がなんとかしなければ」と思わされた。

 だが、一つ気になる点があるとしたら──。


「……あの」

「ん?」

「なんで翠花ちゃんなんですか?」

「んー……そうねえ」


 海野の疑問に、少し考える素振りを見せると、今まで見た中で一番の笑顔を見せた。


「このままいけば、次の女子の部長は彼女。けど、今まで来なかったのに都合が良すぎると思わない?」

「……それは」


 否定できない言葉に、海野は詰まる。

 その様子を見て、女子部長は満足げに頷いた。


 ──本当のことなど言ってやるものか。

 ただ、大好きな人に目をかけられている女を少しでも近づけたくない。後継にしたくない、など。


 狡猾でワガママ、それでいてあくまで恋情の深みである女子部長の考えは、理知の仮面に隠されて、誰も気づかないままだった。

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