第26話 筋肉/腹黒、周回する

「──うおッ!」


 ──池袋ダンジョン、第六層。牛王ミノタウロスの巨大な戦斧の横薙ぎが、礼堂の頭上を掠めた。


 礼堂はそれを刀で受け流しすことで間一髪で回避すると、そのまま股下に潜り込んで裏側へと抜ける。


「──未亜ッ!」

「うん……やるよ」


 礼堂の呼びかけに応じるのは、銀髪をはためかせる、現実に生まれてしまった魔導の天才。

 ミノタウロスを挟んで礼堂の反対側に位置する彼女は、指先から魔力照準を照射する。


 ミノタウロスは魔術の銃口が自分に向いていると気づくと、戦斧を盾にして未亜の攻撃に備えた。──その虚を突くのは反対側の礼堂だ。


「こっちを警戒しなくていいのかよッ」


 礼堂はそう言いながら刀を納めると、戦斧を装備。ミノタウロスは振り向きざまに戦斧を振るが礼堂はそれを予見して横に転がっていた。


 戦斧が空を切るも、ミノタウロスは魔術への警戒を怠らない。だが──自分の戦斧と同じモノを持っている相手。

 それはつまり、同族から武器を奪った相手ということだ。


 そう思い至り、その注意は礼堂に向いた。

 当の礼堂は、足でブレーキをかけ、小回りを効かせつつ小刻みなステップをかけながら、戦斧をいかにぶつけるか考えていた。


 体格、膂力。いずれにせよ自分を大きく凌駕するであろう相手。

 一時的な強化手段もスキルとしては持ち合わせない現状、そんな敵との戦いはセンスと作戦頼りだ。


 そして──その結末は最初から決めている。


「未亜ッ! 隙ができたら……!」

「ん……わかってる」


 礼堂の言葉に、未亜は指先に魔力を溜めつつ、安心させるように首を傾けながら首肯。


 ミノタウロスは流石に下層のモンスターというべきか、随分と戦い慣れていた。

 礼堂と未亜を常に半身で相手をし、決して背面が一方に曝されることのないように立ち回っている。


 ミノタウロスは素早いモンスターではないが──ゆえにこその立ち回り方だ。

 礼堂が三歩横に回るのにミノタウロスは一歩だけしか進めない。されどそのスピード差がありながら、礼堂の位置を見失わずにいた。


 ミノタウロスが、また一歩動いて体の向きを変える。礼堂はそれに合わせて進行方向を切り返し、フェイントを挟んだ。ミノタウロスの動きとは反対側に、急に進行を転換させる。


 向かってくる獲物にミノタウロスは斧を振り下ろして攻撃を狙う──が、礼堂はそれを食う直前、大きく体を跳ね上げた。

 空中前回りで、斧を華麗に回避。さらにすれ違いざまの刀での攻撃は、ミノタウロスに多少の傷をつけることに成功した。


 かつては、ほとんど傷を負わせられなかった表皮だ。レベル上げによって着実に成長している。


「──いくよ」

「おうッ、来いッ!」


 礼堂は未亜の呼びかけに頷いた。

 未亜の指先から放たれた魔力の照準は、牛王の右脚に向いている。


「──『アイシクル』」


 スキルとは、言い換えれば言霊だ。

 そのスキルの名前を呼ぶことで、スキルの実行を展開する。


 それは、イメージの力によるものだ。

 肉体がスキルを理解していれば、「スキル」を唱えることで、そのスキルを発動するのに必要なMPが「スキル」の形に形成される。


 スキル名を唱えることでイメージの確定。

 未亜の「知性」ステータスの魔法の拡張。

 そして、現実に生まれながらに持つ、卓越した魔力操作による魔法の改革。


 それが可能にしたのは新たな魔術の創成だ。


 「アイシクル」は通常、氷柱を生成し、射出する魔法。

 MPの水物質への変換と、水塊の凍結がその本質だ。


 ──牛王は持ち前の危険察知で未亜の方に向き直った。だが、どれだけ牛王が対策しても無力だ。


 なぜなら、極めて物理的な氷柱の生成魔法は、着弾地点にも生成効果を付随させるように形作られた──!


「──射出」


 未亜の指先から放たれたアイシクルは、戦斧を構えたミノタウロスの斧の傍をすり抜け、ミノタウロスの膝に命中。


 ミノタウロスの脚そのものが、まるで元々そうであったかのように、地面に生える巨大な氷柱へと変貌した。

 ──否、そう見えるだけだ。だが、その右足は確実に氷塊に飲み込まれ、地面と癒着した。


 ミノタウロスは右足を動かそうにも、一切動く気配はない。それどころか、無理に動かせばおそらく自分の右脚は氷結化に耐えかねて引き裂ける。


 ──動けない。

 完全に注意が自分の肉体へと向けられた、その瞬間。


「──ぐぼっ」


 ミノタウロスの首の右側、頭部を支える巨大な筋肉と動脈は、無情にも巨大な戦斧に抉り取られた。


「おっと……コメント読み上げ、オン」

『すっっっげー!!! やべえ なんだこれ これがミノタウロスキラーか! レベル幾つ上がるんだ 確かに 気になる 潜りたくなってきた 俺も行けるかな…… 攻撃通らないだろw』


 未亜が思い出したようにドローンの音をつけると、けたたましいまでの賞賛の声が鳴り響き始めた。

 喧しい音声にすこしうんざりした顔をしながら、礼堂は未亜の元へ戻った。


「どうだ? MPとか、調子は」

「うん……悪くはないけど、疲れる、ね」


 魔術の創造、それを維持し、そして発動する。それらの尋常でない集中力を要する作業を終えた未亜は、疲労の色は見せつつも、少しだけすっきりとしたような顔を浮かべていた。


 普段の澄まし顔から一転、額に雫の垂れた未亜の汗ばんだ顔に、少しだけじっとりと湿った銀髪。

 礼堂はそれに目を奪われないように注意しながら、未亜の言葉に頷いた。


 そして、礼堂は、思いっきりの笑顔になって、未亜に自分の意思を伝えた。


「……けどよ、これなら行けそうだな!」

「ん? えと……何、を?」

「ミノタウロスでレベリングだ!」


 未亜の前ではなるべく隠していたのに、その宣言をするのが楽しみで、思わず素が漏れてしまった。


 ミノタウロスを再び倒したおかげで、礼堂のレベルもまたかなり上がっていた。ついでにミノタウロスの魔石はそれなりに高価で売れることも考えたら、この周回はピッタリだ。


『阿保やん こんなん何度もやるもんじゃねえだろ 脳みそ筋肉かな?』

「ふふ……本当、ばか」


 礼堂の言葉に未亜はクスクスと笑う。そして、親愛の眼差しを向けながら頷いた。


「なにか……欲しいものとか、ないかな。してあげたいな」

「ん?」

「なんでもない、ですよ?」


 気づかれないように呟いた未亜に、礼堂は振り向く。未亜は秘めたる思いがバレないように、こてんと首を傾けながら、にっこりと微笑んだ。


◇◆◇◆◇


「そこッ!」


 翠花の声かけに応じて、前衛の二年生男子がウルフライダーを倒す。翠花はその背後に迫っていたウルフライダーを魔弾で麻痺をかけ、その隙をついて二年生男子はその首を槍で貫いた。


 もう一人の前衛である三年生男子は、ゴブリンリーダーと無数の盾持ちシールドゴブリンを相手に大立ち回りを見せていた。


 レベル1からスタートという競技としてのダンジョン探索によく慣れている動きだ。とても気弱な雰囲気を醸し出していた男には見えない。


 シールドゴブリンの盾をむしろ足場として、ゴブリンの頭を的確に落としながら空中をトントンと渡り、ゴブリンリーダーに迫る。


 八艘跳びもかくやという勢いで迫り、振るわれたナイフは一度は防がれるも、翠花の麻痺魔弾がゴブリンリーダーに炸裂。

 麻痺で痺れる間に、海野は障壁で三年生の足場を構築。


 三年生はそれをうまく利用して勢いをつけると、すれ違いざまに居合切り──。

 ゴブリンリーダーは胸に十字を作り、その場で光となって魔石に変化した。


 スキルトンやスライム、残りのゴブリンも、もはや物の数ではない。

 四人の連携の前に、第三層ボス部屋はあっさりと殲滅されていた。


「──よし、この調子なら行けるわね」


 確かな手応え。

 この四人の連携でなら、ダンジョン探索競技のゴールである第二チェックポイントまで、辿り着くだけならすでに可能だろう。


 あとはいかにモンスターを倒してポイントを稼ぎ、効率よく的確に進めるかだ。ここから先は、練習を繰り返して連携を重ねることで、練度を上げていくほかない。


「……よし、この調子で頑張りましょ」


 確かな充足感を手にした翠花の言葉に、チームメンバー三人は頷いた。

 ──大丈夫だ。この調子であれば、きっと礼堂土陽に自分の強さを証明できる。


 そしたら、そしたら……彼の隣に。

 ──本当に? 大会で結果を残したくらいで行けるの?


 脳裏に過った疑念を、花柳翠花は振り払った。

 今はとにかく、成果を出す。そして、学校でこびりついている自分の汚名返上に全てを尽くす。


「……ふっふっふ」


 いつかの礼堂のように、翠花は思いっきり「やるわよ──ッ!!」と叫んでやりたい気持ちだった。だが、それでは自分が不審者だ。グッと堪えて、不適な笑みを浮かべながら握り拳を作るのにとどまった。


 海野はそれを隣で、心配そうに眺めていた。


◇◆◇◆◇


 ──その翌週土曜日。

 大会当日。ついにその日がやって来た。

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