第24話 腹黒、宣戦布告する

 翌日。

 第四層を攻略して、未亜と別れ、礼堂は学校に来ていた。


 ──未亜には邪魔をしないであげてほしい、と言われた。

 最初から、翠花のダンジョン探索を邪魔する気はなかったが──。


「なあ、両川」

「おん? なんだ、すっげえ顔の筋肉バカ」

「うっせー。……花柳を邪魔しないでほしいって言われたんだけどさ、どう思う?」

「ん? 順を追ってくんね?」


 礼堂は事の顛末を話そうとした、そのとき。

 ガラリと扉が開いて、可憐な少女──の、化けの皮が剥がれた翠花が入ってきた。


 昨日の礼堂と翠花のやりとりは、配信にバッチリ載っていた。礼堂は今注目の的ということもあり、学校の面々にも花柳の姿は拡散されていたのだった。


「なあ──ひっ」


 礼堂が話しかけると、ガルル、と柴犬の全力の威嚇。あまりの恐怖に、撫でようとした手を引っ込めるが如く、礼堂は思わず黙りを決め込んであらぬ方向を向いた。


 両川こういう時に頼りになるタイプの人間は──俺には無理だと言わんばかりに顔を背けた。

 引き際をわきまえている人間も、最初から怒っている相手には無力である。


 今や注目の的である花柳と礼堂の織りなす光景に、教室は静まり返ってしまった。


 どうすんだよコレ────!


 誰も喋る事のできない気まずい雰囲気の教室が生まれてしまう。いつもなら空気の読めない担任も、今だけは入ってきて欲しい。


 そう思わずにはいられないが、担任はいつも時間をちょっと過ぎてから来る。それだけの時間が地獄の空気で、しかも針の筵は勘弁願いたい。

 なんとか、なんとか解決策を──。


 暗中模索の礼堂に対して、手を差し伸べたのは──当の本人であるはずの翠花だった。


「来週の土曜日……探索の大会、本番あるから」

「ん……そ……うか」

「……じゃ、それだけ」


 そう言って、翠花は自分の席へと向かっていく。

 クラスメートたちがホッと胸を撫で下ろすのと対照的に、礼堂は首を傾けた。


「……えっと?」

「来て欲しいって事じゃねえの?」


 戸惑う礼堂に、両川は顔を背けていた人間とは思えない、揶揄うような笑みを浮かべていた。


「……探索の大会があるなら、それまでは誘ったりしないほうがいいよな」

「おう、そりゃもちろん。集中させてやれよ」


 それこそ、未亜の言っていた「邪魔をしないであげる」という事だろう。礼堂は両川の回答に頷いたのだった。


◇◆◇◆◇


「あ……あの、礼堂くん……っていますか」


 昼休み。

 普段、一緒に食事を取ることもある翠花はさっさと姿を消してしまった。両川に声をかけようとしたが、突然、背後から呼びかける声が聞こえた。


 振り向けば、擬態していた頃の翠花と変わらないくらいに穏やかな少女だ。──この間、花柳翠花と共にダンジョンに潜っていた少女だ、と礼堂は思い出した。

 確か、クラスは去年も今年も違うが、学年は一緒だったはずだ。


「君は……この間の」

「あ……はいっ。礼堂くんと、お話がしたくて……」

「えーっ……と……」

「とりあえず行ってこい、色男」


 戸惑う礼堂に対して、両川は礼堂の背中をバシっと叩いた。両川のちょっかいを跳ね除けながら、礼堂は頷いて少女──海野に連れられるまま席を立った。



 海野が礼堂を連れてきたのは、空き教室だった。

 池袋ダンジョン四層、草原フロアに負けないくらいの長閑な雰囲気が漂っている。


 本を持ち込んだり、ぼんやりと喋りながら、ダンジョン探索の計画を練る──。

 そんな幸せな光景が目に浮かぶような、そんな部屋だ。──もし、もしも。彼女の大会が終わったら、その後は──。


 妄想をしている場合ではない。脳裏に浮かんだ景色を礼堂は振り払い、柱の陰にいる海野に振り返った。


「……それで、要件は?」

「そ、その……翠花ちゃんが、自分を追い込んじゃいそうで……怖くて」

「……まあ、それはそうだろうな」


 昨日、未亜が話していたことと重なる内容だった。──助けられることに対する苦しさ。そこから脱却するための、「強くなる」という思い。


 わざわざ大会本番の日程を礼堂に伝えたのも、自分が強くなったところを見せつけるためなのだろう。


「……それで、ですね」

「おう」

「翠花ちゃんを……解放してあげて欲しいんですっ」

「……ん?」


 礼堂は海野のその言葉を、理解できなかった。抽象的な言葉に、思わずその意味を尋ねた。


「解放……?」

「はい……翠花ちゃん、とっても苦しそうなんです。ただ一言、彼女に強くならなくていいと、」

「それは出来ない」


 要請に応じて説明し始めた海野の言葉を、礼堂はピシャリと遮った。

 柱の影にいる海野からは、窓越しに日の当たる礼堂の顔は逆光で見えない。


「だっ、だって……!」

「彼女が強くなりたいと願ってるのは本当なんだろう」

「それは……はい」

「じゃあ、その思いを尊重するべきだ」


 それに。

 決めるのは自分ではない。彼女の意思を捻じ曲げる権利など、どこにもないのだ。


「で、でも……! あんなに辛そうで……!」

「話はそれで終わりか?」


 礼堂の冷ややかなまでの言葉と表情を受け、海野は押し黙ってしまう。

 礼堂の目は、慈しみに値しない弱者を見る目だ。名君が反乱を起こした農民を見るような目だった。


「──その言葉」

「え?」

「花柳には絶対に言うなよ。……彼女はそんな弱くねえ」


 別に礼堂土陽は、ダンジョン攻略の最中、花柳翠花が弱いと思って守っていたわけでは決してない。

 むしろ、逆だ。


 一つは役割分担。単純な近接戦闘力において、同レベル帯であれば、礼堂土陽を凌ぐものなど父親以外にはそうそういない。


 もう一つは、武人としての矜持だ。花柳翠花の強さを知るからこそ、自分だけは彼女の味方であろうという思い。


 最後の一つは──。


「…………ッ」


 礼堂土陽の言葉と直視に、海野は顔を背けると、教室を出て行ってしまった。

 置いて行かれた礼堂土陽は、それを見送りながら、困ったな、と首に手を当てた。


 けれど──約束はこれで守れるだろう。

 少なくとも大会が終わるまでは、花柳翠花の願いは果たされて欲しい。礼堂はそう、切に願うのだった。


◇◆◇◆◇


 ──放課後、池袋ダンジョン。


「なんだかちょっとだけ、吹っ切れた顔……してるね」

「そうか?」

「うん。あの子とは……話せたんです?」

「……アレを会話と呼んでいいものか……」


 礼堂のため息混じりの声に、小峰未亜はクスクスと笑う。


「吹っ切れたならよかった。それじゃあ、攻略再開する?」

「おう。今日の目標は第六層の突破だな」

「ね、聞きたいんだけど……ミノタウロスはどうする?」

「あー、アレなー……」


 ミノタウロスの動きを止める手段があれば、レベルが上がった今、ドロップアイテムの戦斧の攻撃力で倒せるだろう。

 前回も、スキルを使いこなした時と、斧での攻撃は通用していた。


「未亜の魔術でヤツの動きを止められるか次第だな。動きを止めてくれるなら安全に倒せる」

「……ん、わかった」


 礼堂の言葉に、未亜は頷いた。

 そうして二人はチェックポイントにワープすると、第四層に突入した。

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