第13話 筋肉、攻略する3

 礼堂と翠花はチェックポイントにワープし、そのまま雑踏と客引きの荒波をなんとか乗り越え、階段を降りて第四層までやって来た。


 第四層は第三層と同じくらい、探索者を挫折させてきている、なんて話を翠花から聞きながら歩いていると、突然視界が眩しく開けた。


 ──それと同時に、その視界に映った光景に、礼堂は膝から崩れ落ちた。


「壁えじゃん!」

「言ったよね?」


 悔しがり、ドンドンと地面を殴る礼堂に、翠花は呆れた顔をした。

 地面を叩く中で、何かに気づいたらしい。礼堂は動きをピタリと止めると、地面を手で押してみる。硬くない。むしろ柔らかい。ふにふにと、雑草の生える地面特有の弾力があった。


「……フカフカだな……」

「そうなのよ……空には青空も広がってるし、不思議よね」


 階段を降りて来た通路は残っている。だがそれを除けば、なだらかな起伏のある丘陵地帯が広がっていた。


 太陽の昇っている青い空さえどこまでも広がっている。雲は動き、遠景に雨が降っている様子が見えた。

 ゴブリンとは違う、これまでの三層では見たことないモンスターと戦う冒険者の姿も遠目に見える。


 草原は芝生──というよりはまるで本物の丘だ。モンスターの危険性さえなければ昼寝にピッタリ。程よい風と日差しの暖かさに、寝転がったらそのまま落ちてしまいそうだった。


 むしろこっちが自然の景色で、ダンジョンの中にいる、という事実の方が自然なことではないような、そんな感覚──。


 そんな風に思ってしまう礼堂を現実に引き戻したのは、空中にポツリと浮かぶ通路だった。

 その背後にも草原が広がるのに、そこに別の場所と繋がる口がある、強烈な違和感。


 そこを自分たちが通って来たことを思い出した。乗り越えて来た戦いがあり、また、戦うために自分はこのダンジョンに来たはずだ。


 そしてまた、このフロアにもモンスターは現れている。そうだ、戦わなくては。──刀を握る。

 その瞬間意識は澄む。同時に、礼堂は急に夢から覚めたような感覚になった。


「……これは、マズいな」

「初めて来ると不思議な感覚になるわよね……ふわあ」

「ね、寝るな! 寝たら終わりだ!」


 なんで自分がこっちなんだ──と思いつつ、礼堂は欠伸をした翠花の肩を揺さぶる。

 揺さぶられ、かくんかくんと揺れる翠花は人形のようだ。


「おい! 一回来てたんなら、対策とかないのか!?」

「対策……んー……」


 眠たげな翠花は、アイテムボックスから四角い箱を取り出した。特徴的なダイアグラムの模様の箱を礼堂は受け取り、その中身を取り出した。


「────っ」


 それをするのは、ちょっと覚悟がいる。

 けれどしょうがない。これをしなければパーティ全滅の危機だ。

 礼堂はむにゃむにゃと眠たげな顔をする翠花の口の中に、申し訳ない気持ちになりながら、その黒い直方体を捩じ込んだ。


 (唇柔らかっ)


 指に残った感触は、礼堂を完全に目覚めさせる。


 一方の翠花は、口に物体を捩じ込まれ、それを嫌がった表情だ。しかしそこから一転、「お? 行けるのか?」と訝しむ表情に変わる。

 瞼は開かず、しかしむにゃむにゃと口に入れられたそれを咀嚼していく。

 咀嚼が進むほど眉を顰め、表情はどんどん険しくなっていき──。


「まっっっずぅぅぅぅ」


 目を見開きながら悲鳴をあげた翠花は、口の中に入った物体を毒物だと認識し、ベッベッベッと、力強く吐き出した。


「対策ってこれなのかよ」

「そうよ!? 悪い!?」

「キレんなよ……」


 当然だが、礼堂が翠花に飲ませたのは毒物ではない。歴とした食べ物ではある。

 フィンランドで親しまれている、リコリスと塩化アンモニウムで作られる飴。別名世界一マズい飴──サルミアッキである。


「そうよ! このまっずい飴を口に入れておくことで、眠気の対策するのよ! 段々坂高校ダンジョン探索部の秘技の一つなの! 悪い!?」

「……そっかあ」


 つまり前回来た時も、翠花はこれを探索部の先輩たちに食わされたのだろう。可哀想に。


「……アンタは?」

「いや、俺は……ほら、刀持ってたらスキルの影響か効かないからさ」

「食べなさいよ」

「へ?」

「食べなさい」

「……はい」


 どれだけ理不尽でも、礼堂土陽は花柳翠花には逆らえないのである。



「あれ、意外と……いや無理!」

「あっはははッ! 思い知ったかしら!?」

「でも花柳も口に入れとかないとだよな?」

「……ッ」


 サルミアッキは最初、意外と行ける……? と思わせてからの落差でダメージを与えてくる。

 礼堂もお決まりの味蕾細胞へのダメージコンボを決められ、その様子に翠花は大笑いした。その姿、まるで悪役である。


 だが、反撃として出て来た礼堂の言葉に、翠花は何も言い返せなかった。また食べさせられるなんて無様を晒すのはごめんだ。


 結局二人してマズい物を口に入れ、テンションが駄々下がりの礼堂と翠花は、翠花の案内のもと次の層を目指していた。


「この層での戦闘は少なくていいの?」

「おう、早く抜けよう」


 何より、礼堂は早くサルミアッキの味から解放されたかった。

 ──別に自分はサルミアッキを口に入れておく必要はないのだが。


「……しかし、なんだ」


 サルミアッキは落差から不味いと直感してしまうが、ずっとタイヤのゴムのようなハードグミを噛み続けていると殊勝な味をし始めるものである。

 その味にファンがつき、それがサルミアッキが世界から絶滅しない所以だった。


 ──その殊勝な味をどう感じるかは、人によって大きく異なる。礼堂は「意外と行けてしまう」側の人間だった。

 食べ続けてるとなんか慣れてくるな? なんて話を翠花に振りたかったが、翠花はその味に対してずっと涙目なままだった。どうやら分かり合えないらしい。


 これは余計なことは言わない方が良さそうだぞ、と脳筋の処世術を発揮し、礼堂はただ前を向いて歩き続けた。

 ──そもそも自分には要らないんだけどなあ、なんて思いながら、顎の痛みを感じつつもサルミアッキを舐めていると、その時は突然訪れた。


「ん!?」


 刀にずっと手をかけておいてよかった。

 礼堂は突然目前に現れたモンスターの首を、思わず流れるように刀で刎ね飛ばした。

 だが、どうにも手応えはない。刀を振ったという手応えだけで、まるで霞か空でも切ったかのようだった。


「……今のは?」

「ウィスプね! 多分死んでないわよ!」


 言いながら、翠花は手を銃の形にした。魔弾を発射する時の姿勢だ。


 ──ウィスプは物理攻撃無効のモンスターである。多くの探索者が挫折する第四階層の、要因の一つとして知られていた。

 ウィスプの攻撃を警戒している間にも、少し離れた位置から、五匹の狼のモンスターが迫って来ているのが礼堂の目についた。


 平原は遠くまで見通せて便利だが、その分向こうからも発見されやすいということだろう。


「──ッ」


 狼の群れは、ゴブリンが乗っていたウルフライダーより脅威度は幾分下がるだろうか。

 だが、その攻撃力と機動力は健在だ。


「ウィスプを頼む!」


 礼堂は翠花に言いながら、狼の方に体を向ける。遠くからでは避けられてしまう。ギリギリまで引きつけ、そして──!


「『スラッシュ』ッ!」


 ──ここぞと言うタイミングで、礼堂はスキルを叫びながら刀を振り抜いた。

 横薙ぎの一閃は狼に飛来する巨大な斬撃となり、狼の群れを一掃する。


 後ろの方にいた2匹は跳躍して避けた。だが、前に出ていた3匹が真っ二つになったのを見て尻込みしてしまったらしい。

 文字通り、尻尾を巻いて逃げ出した。

 一安心、と礼堂が油断したその時──。



 ──翠花の弾丸が礼堂の頬を掠めるほどの真横を撃ち抜いた。

 ぼとりとも音を立てず、何かが地面に落ちた。



「な──ッ、びっくりしたァ……」


 礼堂の隣に、ウィスプ、と翠花が呼んでいたモンスターの死体が落ちてきたのだ。翠花の魔弾に頭を撃ち抜かれたウィスプは、魔石を残して光となっていく。


「あっぶねぇ……助かった!」

「もう、油断しないでよね」


 言いながら魔石を拾い始めた翠花にならって、礼堂も散らばっていたモンスターの魔石を回収した。


 収穫はあった。スキルを使う感覚は掴めている。

 けれど──未亜を助けた時の、あの手応えには足りていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る