第14話 筋肉、喧嘩する

「オラァッ!」


 礼堂の放ったスラッシュが、豚頭のモンスターを真っ二つにした。


 二人は第四階層、ついで第五階層を、あっさりと突破してしまった。

 突然現れるウィスプは厄介だったが、それ以外に現れたモンスターといえば上層と同じ狼とスケルトンに、豚の頭をした怪物──オークだけだった。


 ──そして、来たる第六階層。

 次のボスの待ち受けるフロアだ。

 ボスはこのフロアでは、前回のように部屋で待ち受けるのとは違い、徘徊という形になっているらしい。


 といっても、かなり巨大なモンスターだ。少し歩けば見つけることができるだろう、と礼堂は予想していた。


 礼堂の剣筋は、六層に入っても相変わらず安定して鋭い。スピード重視の攻略とはいえ、四層と五層の二層を突破してきたようには見えないほどだ。


 彼の場合、ゲームのような世界とはいえ、それでも普通の探索者であれば僅かに現れる、命を奪うことに対する躊躇がほとんどなかった。


 礼堂の剣筋の安定と鋭さは、それによってもたらされている。躊躇のなさは、礼堂の剣がメンタルや外的要因で乱されることのないことに直結していた。


 礼堂がオークを倒した丘の頂点、その影から、もう一体オークが現れる。礼堂の背後、完全に死角だ。


「背後にオーク! 私がやるわ!」


 広い丘陵エリアは、モンスターを発見した時の先制攻撃のアドバンテージが大きい。

 礼堂を狙うオークから見て、翠花は目についてない様子だ。


 礼堂にはボス戦のためのMPを確保しておいて欲しいこともあり、翠花は敵を発見すると同時に宣言。手を銃の形にし、人差し指を向ける。


 MPが指先に充填、『魔弾』スキルは自動で発動され、翠花の指先から放たれた魔弾は勢いよく射出された。向かう先はオークの側頭部だ。

 寸分の狂いもなくその魔弾は放たれて──。


「あ、え?」


 ──あっけなく、魔弾は分厚い皮膚に食い止められた。


「うそ……」


 翠花の顔が絶望に歪む。いつか、自分の攻撃が通用しなくなるタイミングが来るのではないかと思っていた。けれど──いくらなんでも早すぎる。


 確かに、第五階層ではオーク相手に魔弾を使ってはいない。だが、翠花の魔弾は狼ですら撃ち抜けるものだ。オーク相手には効果がないなんて、全く予想していなかった。


「落ち着け!」


 礼堂に声をかけられ、ハッとした。

 頭を狙われたオークは怒りのまま、礼堂狙いから変え、その重い体で地響きを鳴らしながら一目散に翠花に迫ってきた。


 しかし、それよりかは翠花の逃げるスピードの方が速い。──だが、オークの鈍重な体を突破する手段は翠花にはなかった。


 ここで逃げても、自分に突破手段は存在しない。

 撒菱だって、嫌がらせ程度にしかなるまい。

 まずった──と思ったその時。

 翠花を狙うオークは、的確に首の動脈を狙った背後からの一刺しで、その命を刈り取られた。


 オークの分厚い被毛や脂肪など、礼堂の技量の前では関係なかったのだ。


「大丈夫か?」

「あ……あんがと」


 感謝を述べながらも、翠花はふいと顔を背けた。

 ──自分が礼堂の戦闘力についていけないことなど、とうに分かり切っていた。

 けれど──それでも、差が開きすぎではないか。


 礼堂のアシストをしようにも、臭気爆弾や様々な状態異常を使うより、礼堂がスラッシュで切り裂いた方が早い。


 まあ、だからと言って腐るのは花柳翠花のやり方ではない。自分は自分なりに、できる貢献をしていくだけだ。


 ……そう、願っていたのだ。



◇◆◇◆◇


 オークが翠花の方に向かってきた一件以降、礼堂の周囲に対する警戒度は、明らかに高まっていた。


 だが、それでも死角は生まれる。翠花はそこに現れたモンスター相手に、礼堂をフォローしようと試みた。

 別に倒さなくても、足止めやヘイトを買うだけでいい。その一瞬があれば、礼堂は敵を倒して、助けてくれるはずだ。


 この形でなら、私も活躍できる。そう思ったのに──。


「私が──「『スラッシュ』ッ!」」


 ──なんでよ。


「あれは任せ──「『ラッシュ』ッ!」」


 ──なんで任せてくれないのよ。


「今度こそ──「『シュ』ッ!」」

「なんなのよッ!!」


 ずっと仕事を奪われ続け、翠花は思わず、声を荒げていた。


 何かしたいのに、何もできない状況。

 周りは動いてるのに、自分は足を止めている。

 何より──分かってくれていると思っていた礼堂までもだったのが、翠花には許せなかった。


「え……と……」


 オークを斬り捨てつつ、礼堂は狼狽えながら翠花を見た。なんで彼女が怒っているのかわからない。


 これまでも理不尽に怒られることはたくさんあったけど、八つ当たりだったことは(少ししか)ない。そういう時だって、原因やきっかけはいつも分かっていた。


 けれど、今回は違う。

 礼堂は、翠花がなんで怒っているのかわからなかった。さっき怖い思いをさせたのが嫌だった? それとも、オークを倒すのが遅い? MPの使いすぎ? まだ金を返せていないことか?


 なんと言ったらいいかわからずにあたふたしている間に、翠花の顔は怒りから悲しみへと変わっていった。


「わたし、だって……わたしだって、アンタの、あんたの役に、立ちたいのにぃ……役に立てなきゃ……役に立てないと……」


 ぐじゅぐじゅと泣きじゃくる少女の言葉に、礼堂は困惑していた。

 彼女が俺の役に立ちたい? 何を言っているんだ?


 ずっと助けられている。返せていない恩ばっかりだ。礼堂が手も足も出ないウィスプは、彼女にしか倒せない。常に死角になる部分を気にして、モンスターが出たら目や仕草で教えてくれる。


 ──何より、孤独だった自分に声をかけ、救ってくれたのは翠花だ。

 そんな彼女が、役に立ってない──?


「おい落ち着いてくれ、なんの冗談だよ。翠花が俺の役に立ちたいって、俺の方こそ君の役に立たないといけないのに……」


 なんとか慰めようと声をかけていると、背後からオークなんて比べ物にならないほどの地響きを礼堂は感じた。


 だだっ広く、壁のない丘。

 そこで泣き喚いたりすれば、モンスターが聞きつけるのは当然だ。だが……だからって、オークでもなく、こんな巨大なモンスターが来るなんて思わない。


 振り返るより先に、体が動いていた。


 礼堂は泣きじゃくる翠花を抱え、5メートルほど距離をとってから、ようやくその姿を視認するために振り返った。

 ──瞬間、礼堂の元いた場所に、巨大なバトルアックスが振り下ろされた。


 強い地響きに、煙が巻き上がった。それだけで、目前のモンスターがどれだけ強いのか分かるというもの。


 その巨体は、巻き上がった土煙に覆われて全貌は見えない。だが煙越しでも、短いながらも鋭い、頭の二本のツノは見てとれる。

 やがて土煙が晴れて──絶望さえ感じさせる、その全貌が露わになった。


「──ッ!」


 ボスモンスター──礼堂どころか、2メートルはあるオーク達の上背もはるかに超える、3メートルの巨体。

 筋肉という武装を、二足歩行の骨格にそれはもう贅沢に溜め込んだモンスターは、礼堂と翠花の姿を見て雄叫びを上げた。


「ヴモオオオオ!」

「み、ミノタウロス……!」


 六層のボスは、牛の頭を持った二本足の怪物──ミノタウロスだ。

 ミノタウロスは巨大な斧を持って、礼堂と翠花をじっと見つめる。


「ふぇっ……! ああもう私のバカ!」


 翠花はその怒声に正気を取り戻したかと思うとアイテムボックスから煙幕を取り出し、ミノタウロスに投げつけた。

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