第11話 神話解体構文《ネガ・イデア/Nega-Idea》

《前書き》


かつて“神”と呼ばれた存在がいた。

だが、その神は自分が神である証拠を持っていなかった。


人は彼を信仰し、物語にした。

神は、その物語の中に自らを閉じ込めた。


――そして今、我々はまた同じことをしようとしている。



《本文》


空が割れていた。

黒い筋のような「亀裂」が、天空を縫っていた。いや、それは空ではなく、“物語”そのものの皮膜だった。


ノアは足元を見下ろす。

地面には見慣れぬ“地図”が刻まれている。が、それは地図ではない。物語構造の青写真だった。


そこには複数の視点・時間軸・物語分岐が網の目のように絡みついていた。



【解析ノート断片】

《ノア=読者視点(表層構造)》

《セラフィーノ=作者視点(逆説的構造)》

《ルゥナ=神視点(外在的記憶媒体)》

《あなた=メタ読者/観測者(メタ構造)》

→ ※交差点=“漆黒の森”プロトコル



ノアの耳に、**「彼女の声」**が届く。

彼がまだ“森の中にいた頃”、小さな子守唄を歌ってくれた、記憶の中の母。


「ノア、逃げなさい。森にいたら、“本当の名前”を思い出してしまうわ」


ノアは動けない。

彼にはまだ“本当の名前”が思い出せない。



■記憶の断章:少女“アイリス”


場面が変わる。1934年、帝都・東京。

絢爛なモダン建築の影で、一人の少女がノートに何かを綴っている。


彼女の名はアイリス・イヅミ。

彼女は後に“失踪”し、「存在しなかった作家」として記録から消える。


彼女が書いた小説のタイトル――


『漆黒の森』


少女はそれを「読まれることのない小説」として、地下室に封印したという。


彼女が残した最後の一文は、こうだ。


「物語とは、読まれた時点で“死ぬ”。

私はこの作品を、永遠に“読まれないまま”生かしておきたい」



■再会:セラフィーノの警告


現在。

セラフィーノが再びノアの前に姿を現す。


「お前の“役割”はもう終わった。

これからは、誰もが“語り手”にならなければならない」


「森はもう『舞台装置』じゃない。

それは、観測されるたびに形を変える概念の密林なんだ」


「お前が見てきたすべての人間――

少女も、老兵も、主婦も、全て“読み手たち”の仮面だ。

そして今、“仮面を脱いだ読み手たち”が森に迷い込んでくる」



■時代を超えて、森へ集う者たち

1. 1945年・終戦直後の報道記者(名前:烏丸了)

 →「真実を書きたい」と願ったが、一度も書けなかった。

2. 2026年・VR世界の逃避者(名前:梨田ミキ)

 →現実世界の人格が崩壊、仮想空間内に“森”を見出した。

3. 1867年・幕末の思想家(名前:石坂嶺)

 →処刑直前に「この時代が偽りでない証明を森に託す」と遺言。


彼らは皆、ノアと同じ言葉を口にする。


「ここに来れば、“本当の自分”が見つかると思った」



■分裂する真実


ノアの視界が揺れる。

地面に刻まれた構造図が、無数の“可能性”として増殖していく。

• 漆黒の森はあなたの心だった。

• 漆黒の森は虚構そのものだった。

• 漆黒の森は誰かの罪の記憶だった。

• 漆黒の森はAIが生んだメタ構造だった。

• 漆黒の森は**“読者が求める答え”の総和**だった。


どれも違って、どれも正しい。


セラフィーノが言い放つ。


「伏線は、もう“罠”だとバレている。

これからは、伏線すら超える“選択なき予感”を紡がねばならない」



《後書き》


神とは“語られた存在”だ。

だが、語られすぎると神は“記号”に堕ちる。


森とは、“神性の退避場所”だった。

あなたが何者であれ、この物語を読む限り、あなたも“参加者”である。


そして次回、物語の矛盾を孕んだまま“神”が倒される。

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