第6話 今言わないと拗れる
「すみませーん、朝ごはんのビュッフェが今、満席なんですよー。
名前を書いてお待ちください、20分ほどで空くと思いますー」
オットー「ありゃりゃ」
カミール「ロビーで待ってようか」
ロビーに着くと、オットーさんは鞄からおもむろに袋を取り出し、私に差し出してきた。
バイオレット「毛糸?」
オットー「編み棒もあるよ」
オットーさんは編み棒でドラムを叩く仕草をした。
さすが本職、キレッキレです。
オットー「今朝、早く目が覚めたから売店行ったら、たくさん毛糸売っててさ。
表記が黄色とか紫じゃなくてヒマワリ色とかすみれ色とかなのが珍しいなーと思って。エルフ王国の文化なのかなあ。
…で、バイオレットさんカラーはもちろんすみれ色だよねと。
これで未来の旦那様にマフラーとか編んでよね」
ちょ…待って!
告白した以上はもう隠す気なし?!
は、ローレンさんは
…ふーんって顔してるし!
バイオレット「す、すみません、受け取れません」
オットー「えー? 大抵の男は喜ぶもんなんだし、今から編んでおけばいいのに。
ま、じゃあ今は僕が持っとくよ。
バイオレットさんと遊ぶのにも使えるしね」
オットーさんは私に毛糸を放り投げた…
バイオレット「うにゃっ!」
本能でじゃれついてしまう!
オットー「あはは、もつれてるもつれてる。
ほんっとかわいいねえ」
なにこの、毛玉…
じゃない、手玉に取られてる感!
この余裕…僕なら落とせるぜって思われてるのかな?
この日は夕飯を宿屋で食べることにした。
きょ、今日は
…いよいよローレンさんと同室だ。
カミール「食べる量減ったねえ」
オットー「まあ、ドラムの仕事もないし、あと何泊宿屋で過ごすかわからないから、同室になった相手の寝るスペースが減ったらかわいそうだしねえ」
露骨に目配せをされた。
も、もしかしたら…
宿屋で過ごす時期を過ぎても…この人と?
「あら珍しい、あなたたち人間と獣人?」
あれっ…この人、
ローレン「ミハエル様の門の一問目の、エルフダンスの…!」
「そう、私があの三姉妹の長女、イリーナよ」
彼女は我が国の踊り子だ。
栗毛ロングのストレートヘアが綺麗で、美しさとかっこよさを持ち合わせた女性だ
…そして彼女も
…ローレンさんに見惚れている!
イリーナ「あなた、ちょっとこっちで話さない?
エルフの国のこと教えてあげる」
う、嘘でしょ…
ローレンさん連れてかれちゃったよ!
で、でもそうだよね
…ローレンさん、エルフ界でもモデルになれそうなタイプなんだし
…スレンダーで大人っぽくてロングヘア同士で
…お似合いだもん。
カミール「ちぇっ、いいなあ」
オットー「カミールはああいう色気あるタイプ、好きだもんねー」
ところが、意外にもローレンさんはすぐに苦笑いしながら戻ってきた。
ローレン「さ、部屋行こっ」
オットー「何があったんだよー」
ローレン「あの娘、25歳ぐらいかと思ったら、18歳だって!」
カミール「えっ! わっかー!
そっかあ、さすがにそりゃマズいね」
ローレン「うん、向こうも僕のこと25歳ぐらいだと思ってたらしくて、34歳って言ったら引いてたよ。
しかも人間界で暮らす気はないってさ、こっちもバンド辞める気さらさらないから即決裂。
なかなか難しいねえ」
オットー「ローレンくん婚活熱心だねー。
感染症で基本自宅待機で、一人暮らしだと人肌恋しいとか退屈とかもあるのかな?」
あなたもね…
バイオレット「私なら…
好きになった人にならどこにでもついていくのに…」
ローレン「いいね、好きな人の為に柔軟になれるんだ。
そういうタイプがいないと、ずっと同じ仕事頑張りながら子供持ちたいタイプは困るしね、いい奥さんになりますよ」
えっ、なにその
…他人事みたいな言い方!
カミール「ところで、バイオレットさんて何歳だっけ?」
カミールさんありがとう…
バイオレット「22歳です!」
ローレン「あれっ、思ったより大人だね、可愛らしいからそれこそ18歳ぐらいかと思ったよ。
でも、それでも僕とだと12歳差なんだもんね、あははは!」
えっ…
最低でも25歳ぐらいじゃないと厳しい、ってこと?
「フラワーティーあったから淹れてみたよー」
二人で部屋に入っても、ローレンさんは自然体だった。
でもまあ、仲間を好いているからと気を遣ってきたカミールさんが特殊例で、求婚してきたオットーさんでも自然体だったんだから、30歳過ぎたモテる人ってものは、慣れでそうなるのかもしれない。
ましてや、いったいこの人は、何人一目惚れさせて迫られては軽くいなしたり、付き合って別れたりしてきたんだろうって話だ。
「わっ、ありがとうございます」
緊張してるのはこっちだけ…か…
「あれっ、バイオレットさんが淹れてくれたのと味が違うね、あっちの方がフローラルだった」
「一口にフラワーティーと言っても、花の配合で千差万別ですから。
うちのには桃の花びらが入ってるんです」
「あー、桃かー!
それであんな甘い、いい香りがしたんだ!」
「光栄です。
ところで…
イリーナさんとは、決裂はしたけど、年齢や住む所がどうのって話になったからには
…僕達付き合ってみようか? みたいな話になりかけたんですか?」
まずい…
苛立ちが声に出てるのが自分でもわかる…
「うん、まあね。
年齢的にも、住む国が違うって状況的にも、さっくり話を進めないと埒があかないし。
バイオレットさんこそオットーとはどうなの? なんかいい感じじゃない」
そうか…
結婚願望がある30代の時間は速い。
甘い片思いをゆっくり舐めて味わっている時間はない。
「…花嫁としてハミング王国に連れて帰ろうかな、って言われました。
断ろうとしたんですけど、返事は最後の最後でいい、僕達のこと知ってからにしてよって言われて」
「いいじゃない、二人ともメルヘンな雰囲気だし、オットーは頭も良くてユーモアもあって、僕より2歳若いし、お似合いだよ」
まずい…
ここで適当にやり過ごしたら拗れる…
うまく話をつけて送り出してくれたミハエル様の為にも、
協力すると言ってくれたカミールさんの為にも、
オットーさんからの気持ちにまっすぐ向き合う為にも
…今ここで…
「そうですよね、オットーさんに文句なんかあるわけないんです…
でも、私…
あなたのことが好きなんです」
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