第11話:赤の結末

 イサムとシアの二人は南の砦へと向かったときと同じように、道中は何事もなく、レッドドラゴンが隠れているとされる北の山へとたどり着くことができた。

 馬車から降り、山道を歩いてしばらくすると、報告にあった洞窟を見つけることもできた。港町から王国を目指したときとは打って変わって、野生の犬だの熊だのに襲われることもなく、本当に驚くほど簡単にたどり着いたのである。


「ここが例の洞窟か。シア、準備はいいか?」

「はい。守護は私にお任せください」


 シアが魔法で生み出した小さな光の玉。それを頼りに二人は洞窟を進んでいく。

 内部はひどく単純な一本道で、しばらく歩くと開けた場所に出た。

 そこで見えた光景に、二人は驚きを隠せなかった。


「来た、か、勇者、よ……我に、とどめを刺しに、来たの、か……」


 なんと傷だらけで瀕死の状態のレッドドラゴンが横たわっているのである。


「レッドドラゴン!? どうしたんだその傷は!?」


 倒すべき相手であるにも関わらず、イサムは思わず質問せざるを得なかった。


「なんだ、知らなかった、のか。聖域の、村の、あのジジイ、が……予想、以上に手強かった、のだ……だから、ブラックナイト様の、命令を……捨て身で、実行するしか、なかった、のだ……」

「おじい様が……!?」


 シアも驚きを隠せなかった。村長の強さについてだけではなく、あれほど恐れ強大に見えた相手が、今は弱々しく、憐れみを覚えるほどに傷だらけで苦しそうだったからだ。

 そんな、完全に戦意を失ったイサムとシアを気にもとめず、レッドドラゴンは語りを続けた。


「巫女よ、あのジジイは本当に、強かった。称賛に、値する。だが、勝ったのは、我だ。どれだけ、傷を受け、死に、近づこうとも、ブラックナイト様の、命令を、完遂した、世界樹ワールドマザーを、焼いた、我の、勝ちだ……フッ……フハハッ……」


 弱々しく息も絶え絶えだったが、レットドラゴンの瞳だけは輝いており、かすかな声からは勝利への誇りが溢れていた。

 戸惑うシアの肩に触れ、イサムは彼女をレッドドラゴンから離れさせた。


「……答えるつもりはないだろうが、一応きいておく。ブルーメイジはどこに隠れている? ブラックナイトはどこで指揮を取っている?」


 その問いかけに、死にかけていた声に初めて熱が宿った。


「知らぬ、よ。両方とも、な。隠しているのでは、ない。我への命令は、声が届く、だけだ。ブルーメイジは、元々、関わりがなく、ブラックナイト様の正体も知らぬ」

「……? 見ず知らずの相手に協力していたっていうのか」

「利害が、一致した、だけだ。という、思いが、重なっただけだ。だから、世界樹ワールドマザーを滅ぼせ、という命令に、従った。それだけだ」

「なるほど。そっちにはそっちの執念があるってわけだ」


 たまに聞こえてくる、神を超えるという考え。グリーンデビルはそれを勇者に勝つことだと言った。目の前のレッドドラゴンは世界樹ワールドマザーを焼き尽くすことだと言う。ならば、残りはなんだろうかと、イサムが考えを巡らせていると——


「悩んで、いるのか、勇者よ……案じずとも、良い。貴様が、我にとどめを刺せば、残ったブルーメイジも、動き出す、だろう」

「……そうかい」


 イサムはレッドドラゴンへと近づき、手にした神樹刀ワールドセイバーに思いを込めて、全力で振り抜いた。

 殺意はまったくなかった。

 怒りや憎しみも、混ざらなかった。

 シアも同じ気持ちだったのだろう。

 イサムの背後で、祈るように手を合わせながら——


 ——どうか、もう安らかに眠れることを——


 そう願って振るわれた神樹刀ワールドセイバーが、レッドドラゴンの瞳の輝きを、完全に消し去った。


「……終わりましたね、勇者様……」

「ああ、そうだな」


 完全に冷たく、硬くなってゆく巨体を見つめながら、イサムはシアに話しかけた。


「これで、良かったんだよな」

「はい。これが良かったんだと思います」

「シアも、なんていうかその、大丈夫か?」

「はい。私もいろいろ言葉にできない思いはありますけど、大丈夫だと、胸を張ってまた歩き出せます」

「そうか、よかった」


 二人は踵を返し、待っている馬車の元へと歩き出した。

 そしてイサムは、神樹刀ワールドセイバーを力強く握りしめながら——


(レッドドラゴン……確かに覚えておくよ)


 いずれまみえるであろう相手のことを考えていた。

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