第10話:赤の行方
馬車に乗って王国へ帰ってきた時、イサムとシアを迎えたのは勝利に沸く大歓声であった。砦からの伝令で、グリーンデビルをイサムが倒したことが知れ渡っているのだろう。方々から勇者様万歳とか、巫女様万歳とかの大合唱が止むことはなく、あまりの熱狂っぷりに、馬車から顔を出すのがためらわれる程の勢いだった。
「勇者様、ちょっと馬車からでて手を振る、くらいはした方がよいのでは」
「やっぱ挨拶くらいはしないとマズイかなぁ」
シアに促されイサムが馬車から顔をだすと、勇者万歳という言葉は、ありがとうという感謝の波に変わった。
その波に気圧され、イサムはすぐ馬車へと引っ込んでしまった。
「勇者様、どうされました?」
「いや、思った以上に皆がまっすぐ礼をいうからな。照れくさくて」
「勇者様、そればっかりですね」
くすりと微笑むシアから視線をそらし、イサムは後頭部をゆるやかに掻くしかなく、この歓声のまま街でどう過ごせばよいのかと頭を悩ませていた。
だがそんな悩みは、馬車に伝令の兵士が接近したことで吹き飛んだ。
「勇者様、巫女様、国王陛下の元まで来ていただけますか。レッドドラゴンの足取りが掴めたので相談したい、とのことでございます」
その言葉を聞いて、シアの身体がびくりと跳ねた。イサムはそっとシアの肩を抱き寄せ、慰めるようにもう一方の手でシアの手を優しく握った。
「わかりました。このまま、お城へ向かってください」
手を握られたシアがそう答えると、馬車は速度を上げ国王の元へと向かった。
しばらくして——
王城に着き、以前と同じように謁見がかない、以前みた光景と全く同じで、立派な玉座に座る、立派な王の姿があった。
「お二人共、よく来てくれた。手短に言おう。調査部隊が、レッドドラゴンは北の山に隠れているという報告をしてきたのだ」
それを聞いたシアが不思議そうに首をかしげ質問をした。
「北の山、ですか? ここからすぐ近くの?」
「ああ、特に高くも険しくもない、何の変哲もない山に洞窟が一つあってな。その中に隠れるように休んでいるそうだ」
「休んで……? それはつまり王国は今は襲われる心配がなく——」
「逆に打って出る好機だと、王である私は考えている」
二人のやり取りを聞いていたイサムは、不意に疑問を口にした。
「お言葉ですが国王陛下。我々は聖域の村が焼き尽くされるのをはっきりと見ております。あの炎に対抗策が無い限り、不用意に近づけば——」
イサムが言葉を続けようとした途中で、シアが力強く割って入った。
「それは大丈夫です、勇者様。あの炎からは、勇者様一人であれば、絶対に私が守り通してみせます」
「シア? 確かに今まで何度か風の力で助けてもらった気がするが……あの炎もなんとかできるのかい?」
「はい。必ず」
シアの瞳は、全く揺れていなかった。ただまっすぐにイサムを見つめ、覚悟を感じさせる瞳の光は、すこし前までレッドドラゴンの名に怯えていた少女とは思えぬほど輝いて見えた。
「わかった。シアを信じよう」
イサムが即答すると、国王が配下に命令を下す。
「では、警備隊の者よ。南の砦への案内と同じく、今度は北の山へ勇者殿と巫女殿をお連れするのだ」
そうしてグリーンデビル討伐の功績を労われる間もなく、イサムとシアは北へ向かうのだった。
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