第6話:名もなき王国、城下のひととき
「勇者様、着きました。ここが西の大陸の王国、その城下町です!」
「おおー!」
長くない旅だったとはいえ、道中出会うのは獣か虫かという状況だったので、城下町にたどり着き、最後に残った国だというのに絶望感を全く感じさせない人の多さと活気は、二人に心の底からの安心と元気を引き出させた。
「すごいなシア。いろんな人がいる」
「はい! 本当にいろんな人が居ます! 人間さんだけじゃなく
はしゃぐシアを傍らに、イサムは冷静に世界を分析した。
(そういえば元は個人制作ゲームの世界だったな。他所では俗にワーウルフだとか、リザードマンと言われる種族は、今シアが言ったような呼び方をするのか)
そんな考え込むイサムの様子を見て、シアは少々誤解したらしく、心配そうに声をかける。
「あれ、勇者様どうされました? もしかして野宿続きでお疲れでしょうか。今日は城下町のちゃんとした宿をとって、ゆっくり休んでいかれますか?」
「ああ、いや大丈夫だよシア。人の多さに驚いていただけさ」
「そうですか? 私、この国でも使えるお金の代わりになるものも持ってますから、遠慮なさらなくて大丈夫ですよ? 一緒に宿で休みますか?」
「遠慮なんてしてないから。第一、二人で宿に泊まるって色々マズイだろ」
「? なんでですか?」
「なんでって……ああ、いや、そうか、そうだ。部屋を別々にすりゃいいだけか」
「? なんでお部屋一緒じゃないんですか?」
「うぃえ!? なんでってそりゃ——」
イサムは説明しようとして改めて、シアの距離感の近さに困惑していた。
(野宿の時は仕方ないと思って側で一緒してたりしたが、そういや、この子、出会って最初からずっと無防備だし、オレに対して警戒心なさすぎんだよな。旅の時は緊張感があって理性を維持できてたが、こんな落ち着いて休める場所じゃ、自分という男が一番信用できんからな。しっかりせねば)
己と必死に向き合うイサムは、無意識の内に眉間のしわが深くなっていく。
その様子を見たシアの誤解も深まっていく。
「勇者様、やっぱり無理をなさってるんじゃ……今日はまず、宿を探しに——」
「ああ違う違う大丈夫だってシア! ほら、アレだよ、その、そう! 情報! 情報収集をどうすればいいのかなって考えていただけで!」
「なるほど! 確かにそれは大事ですね」
なんとか誤魔化しきったイサムと、笑顔で返すシア。そんな二人のやり取りに気づいた城下町の一人の警備兵が、二人に近づき声をかけてきた。
「失礼します。もしやお二人は、勇者様と
その丁寧な態度に、イサムよりも先にシアが胸を張って嬉しそうに話しだした。
「そうです、こちらの御方こそ
その元気いっぱい、高らかな自己紹介は辺りに響き渡り、警備兵どころか周りの住人をも巻き込んで大きな歓声が沸き上がった。あまりの盛り上がりように、イサムは気圧されてシアへ静止するかのように語りかける。
「ちょ、ちょっとまってくれシア! オレはまだ何も——」
だがそうした行動は歓声によって飲み込まれた。住人たちは勇者様だ、勇者様が来てくださった等ともてはやし、シアに対してはよくぞ勇者様を連れてきてくださっただの、流石巫女様はお美しいだの、褒め殺しの言葉の津波であった。
こんな大勢での盛り上がりの中心にいることが無かったイサムは、ついついどうして良いかわからず立ち尽くすしか無かったのだが、その状況を、この歓声を生み出した張本人であるシアが皮肉にも解決してみせた。
「警備兵さん、ブラックナイト達のことで国王様と話がしたく思います。どうかお目通り願えませんか?」
シアがブラックナイトの名を口にした途端、辺りに静寂が訪れた。
今この世界において、その名は最も強く重い、呪いだったのだ。
「巫女様、かしこまりました。陛下に取り次ぎますので、共に城まで来ていただけますか?」
「もちろんです。さぁ、勇者様も、いきましょう!」
「あ、ああ、わかった。兵士さん、よろしくお願いします」
一瞬の熱気は去り、永遠かと錯覚する静寂があたりを包む。
その中でイサムは決意した。
(次こそは——)
この世界で残った最後の、この場所を、シアも含めて守りたい、と。
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