第32話 その頃王城では

 王都から北東に位置する山岳地帯に点在するいくつかの集落が、魔族たちに乗っ取られていた。

 

 そんな驚愕と戦慄の入り混じる情報が王城にもたらされた。

 魔王の本拠地は遥か北の大地。いくら魔族たちが勢力を拡大しつつあるとはいえ、もうそんなところまで迫ってきているとは思ってもいなかった。

 用意周到に包囲網を狭め、虎視眈々と一斉攻撃を仕掛ける算段でもしていたのだろうか。


 あらゆる想定外の事態を想像するだけで、エドガーは背筋の凍る思いがした。


 我々はどうやら、ずいぶん平和ボケしていたらしい。

 国王の執務室に緊張が走る。


「勇者はいまどこに!?」

 青ざめる国王の問いに、報告に来た文官が冷静に答える。


「賢者からの定期報告によれば、試練の祠を難なくクリアして予定通りの旅程を進んでいるとのことです」


 幸いなことに、その点在する集落を支配していた魔族たちは、現在すべて征討済みだという。

 魔族に乗っ取られていた北東部の山岳地帯は、試練の祠のすぐ近くだ。


 国王の表情が少しだけ緩む。

「ということは、勇者たちがその集落を救ったのか?」

「それが……」

 途端に文官が言い淀んだ。

 

 エドガーは何やら嫌な予感がして、隣に立つロバートにチラリと視線を移した。

 目が合う。どうやら同じことを考えているらしい。

 

「試練の祠周辺の山間部に『ユニコーンの乙女』と呼ばれる救世主が現れたようです。まさかとは思いますが、伝説の聖獣ユニコーンを従える女傑に助けられたと聞き及んでおります」


「ユニコーンの乙女……」

 国王がつぶやいて黙り込む。

 両王子たちも眉間にしわを寄せ、険しい顔を見合わせている。


 何も知らない文官はその場の空気に耐え切れず、残りの報告を矢継ぎ早に終えるとそそくさと退室した。

 

 末娘のローゼリンデが、聖剣エクスカリバーを台座から引っこ抜いて王城を飛び出してから、ちょうど三週間経つ。

 表向き、ローゼリンデはいつものように王城内で読書をしながら静かに暮らしていることになっている。

 

 どうやら彼女はいま「ユニコーンの乙女」という二つ名で活躍中らしい。

 国王と両王子の大きなため息が執務室に響いた。

 

「勇者の後を追っていると思っていたが、そうではなかったのか?」

 エドガーとロバートは、執務室から出て廊下を進みながらヒソヒソ声で話す。

 

「いや、もう何が起きても笑うしかないな。元気そうでよかったじゃないか」

 エドガーの問いにロバートは肩をすくめて答えた。

 

 自分たちは王城を離れられない。

 だから、ここから勇者パーティーを支援するほかないと思い込んでいた。

 ローゼリンデもそうだったはずだ。

 毎朝熱心に礼拝堂で祈りを捧げていた理由は、これぐらいしかできないと思っていたからだろう。


 それなのに彼女はいまや、聖剣を振り回し、ユニコーンとともに旅をしている。


 もしも聖剣を抜いたのがローゼリンデではなく自分だったら――双子の王子たちは同時に同じことを考え、同時に苦笑して首を振った。

 たとえおとぎ話のような平行世界があるとしても、それはきっとどの世界線にも存在しないエピソードだ。


「今日の騎士団の訓練に、俺も参加していいか?」

 エドガーの申し出にロバートが笑う。

「久しぶりだな。楽しみだ」

 

 大方ローゼリンデに触発されてのことだろうと、ロバートは思った。

 妹に負けてはいられない。

 それに、平和ボケしていた王城騎士たちの気も引き締めなおさなければならない。訓練メニューの見直しが必要だ。


「ところで最近、赤毛の近衛兵を見かけないな」

 ロバートが首を傾げる。

 

 若くして近衛兵に抜擢された実力者だ。少々真っすぐすぎるところがあるが、謙虚で堅実。

 いざとなれば王族の護衛のために命を差し出さなければならない近衛兵にぴったりの性格だ。

 ローゼリンデが行方不明になった時に礼拝堂の警備を担当していて、死にそうな顔で青ざめていたのを覚えている。

 事情を話せないかわりに、ただひとこと、気に病まなくていいと声をかけたかったのだが。


「ああ、ガーラントといったか。母上の次に父上まで立て続けに病気になったとかで、看病のために長期休暇中だ」

「なるほど、それは大変だな」


 ガーラントがまさかローゼリンデを追いかけているとは、露ほども知らない兄王子たちだった。

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