第33話 怪鳥ガルーダの巣にて1

 ネストの村を救い、急いで試練の祠へと戻ってきたローゼリンデだったが、そこにはもう勇者たちの馬の姿がなかった。

 どうやら入れ違いになったらしい。

 

 ローゼリンデは肩を落とした。


 近くには焚火をしたような跡もある。

 祠を出て、馬たちが目を覚ますのを待ちながらここで休憩したのだろう。

 マーブルのいななきのせきで気を失っていると知らなければ、ただ馬たちが眠っているように見えたかもしれない。


「行ってしまわれたのですね……」

 

 試練の祠を、トラップに引っかかることなく見事踏破したにちがいない。

 勇者パーティーが無事であることの安堵感と、会えなかった残念感で、ローゼリンデの気持ちはなんとも複雑だ。

 しかし、ネストたちを救うためにここを離れた決断に後悔はない。


 すぐに追いかければ間に合うかもしれないけれど、マーブルの疲労を考えると無理をさせたくない。

 それに――。


「この際ですし、この一帯にまだ魔族がいないか、とことん調査しますわ!」

 ローゼリンデは、愁いを払った清々しい顔で拳を強く握った。


 ここから彼女は、この山岳地帯の集落をマーブルとともに駆け抜けた。

 予想通り、ネストの村と同様に魔族に支配されている集落がほかにもいくつかあった。

 そのすべてを解放し、時には食事をさせてもらったり、泊めてもらったりを繰り返すうちに十日が過ぎた。


「残す集落はあとひとつですわね!」


 ローゼリンデは元気よく青空を見上げた。

 山岳地帯の稜線や谷を、マーブルが通れそうな道を選びながら北東へ進んでいるところだ。

 

 この先にある集落を超えれば、広大で幻想的な森が広がっている。

 精霊たちの棲む森だ。

 強固な結界が張られ、他者を寄せつけない聖地だといわれている。

 

 となると、そのすぐ近くにある集落が魔族たちに支配されているとは考えにくい。

 ローゼリンデには別の目的もあった。

 勇者たちが試練の祠の次に目指すのが、精霊の森だ。

 その手前にある集落に立ち寄った可能性が大いにある。

 

 祠から最短ルートで行けば、馬で三日の距離。

 ローゼリンデは十日かかった。

 勇者たちは、さらなる目標地点へ向かってすでに旅立っているだろう。

 それでも動向の確認にはなるはずだ。


 そう思いながら精霊の森の手前にあるヒマル村へ到着したローゼリンデだったのだが――。


 ヒマル村には、ただならぬ雰囲気が漂っていた。


「ああっ! ついにうちの子までっ!」

 家の前で女性が泣き崩れている。

 その女性の背中をさすりながら、高齢の男性が険しい顔で怒っていた。

「どうにかならんのか!」


(魔族に悪さでもされているのかしら……?)


 ローゼリンデはマーブルから下り、泣き叫ぶ女性を遠巻きに見守る村人に声をかけた。

「失礼いたします。わたくしは旅の者ですが、いったいどうなさいまして?」


「旅のお方、巻き込まれないうちにここから立ち去ることをおすすめします。この村はいま、ガルーダの脅威に晒されているのです」

 20代と思しき若い女性が、沈痛な面持ちで言う。

 

「ガルーダ!?」

 ガルーダとは、両翼を広げた姿が空を覆うほどに大きいと称される巨大な怪鳥だ。

 感情が昂ると金色の光を放つともいわれ、神の使いとして崇めている地域もあるという。

 言われてみればここ数日、空に何度か大きな鳥の影を見かけた気がする。


 ただしガルーダは、魔物よりもどちらかといえば聖獣に近い存在だ。

 

「人間を襲うイメージは、あまりない生き物ですわよね?」

「はい。これまでも私たちは、ガルーダと平和に共存していました」

 女性が村の北方に連なる山を指さす。

「あの山のてっぺんにガルーダの巣があるのです」


 女性の話によれば、今年はこのあたり一帯が騒がしく、ガルーダが落ち着いて卵を温められない状況が続いたらしい。


 その説明にドキリとするローゼリンデだ。

(もしかしたら、騒がしくした原因はわたくしではなくて!?)


「そのせいで、うっかり卵を巣から落としてしまったようです」

「まあ……! それで、その卵は?」

 ローゼリンデがサファイヤのような目を大きく見開いた。

 

 再び女性が北方の山を見やり、悲しそうに語る。

「あそこは岩山でしょう? 卵は割れていました。産卵から日が浅く、卵の中身はまだ液体でした……」


 つまり、雛鳥は助からなかったということだろう。

 ローゼリンデはこの話を冷や汗をかきながら聞いている。


「それで……あちらの女性のお子様がどうかされたのですか?」

 嫌な予感にローゼリンデの声が震える。


「報復なのか、ガルーダが村人たちを攫うようになったのです」

「なんてこと……!」


 これまでに村人が数名、ガルーダによって攫われているという。

 今朝、寝ぼけてうっかりいつものように水汲みのために外へ出た男の子が連れていかれたらしい。


 ローゼリンデは言葉を失った。

(どうしましょう! わたくしのせいですわ!)


 ネストの村からはじまり、山に沿って北東へ移動しながら魔族に支配された村を解放してきた。

 善い行いをしているとばかり思っていたのに、思いもよらぬところでとんでもない問題を引き起こしていたとは、想像すらしていなかった。


 命がかかっているのだから、早くどうにかしなければならない。

「とりあえず、ガルーダさんと話してみるほかありませんわね……」


「いいえ。旅のお方はどうぞ早くここを立ち去って……」

 女性が言い終える前に、突然空が暗くなった。

 ハッとして空を見上げると、陽光を遮る大きな鳥の影が見える。


「ガルーダだ!」

「また来たぞ! 早く家の中へ!」

 村人たちの叫ぶような声が響く。


 ローゼリンデはマーブルに飛び乗った。

 このままUターンして村を出ると思ったのだろう。一礼した若い女性は、足早に近くの建物の中へ入っていく。


 マーブルの脇腹を軽く蹴ったローゼリンデは、引き返すのではなく誰もいなくなった村の広場へと進み出た。

 あぶみにつま先をかけて立ち上がる。


「ガルーダさん、お話ししましょう! わたくし、あなたに謝らなければならないことがありますのよ!」


 空に向かって声の限りに叫ぶ。

 すると、ガルーダがローゼリンデに向かって急降下してきた。


 広場に降り立ってくれたらどうにか説得を試みようと思っていたローゼリンデだったが、その考えは甘かった。

 ガルーダは鋭い鉤爪の足でマーブルの首を尻を掴むと、翼をバッサバッサを羽ばたかせて上昇する。

 

「あら?」


 ローゼリンデは、マーブルごとガルーダに攫われたのだった。

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