第7話
どのくらい、その場で泣いていただろう。
その感覚さえ分からないくらいに、動けないでいた。いつの間にか涙は止まり、そして顔を上げた。
「帰らなきゃ」
そう思い、立ち上がる。
路地から出て私は気付いた。どこをどう走って来たのか分からなくて、ここがどこなのかが分からなかった。
「……私、もしかして……」
そう。
私は迷ってしまったんだ。
私はあまり遊びに出たりはしない。誰かと一緒じゃなきゃ、出歩いたりはしない。だから、ここがどこか分からないでいた。
「……どう……しよう……」
小声でそう言うと、不安でまた涙が出てくる。
♪~♪~♪~♪~♪~!
その音にビクッとした。バッグに入れていたスマホが、鳴り出したのだ。スマホの音にビビリながら、私はバッグの中を漁った。
そしてその電話に出た。
「……はい」
怖々と私は声を発する。
「あ!やっと出た!」
聞こえて来たのは、宮下先輩の声だった。
「……や……した……せん……ぱ……い……」
相当、私の声が震えているんだろう。先輩は電話の向こうで、私に「落ち着け」と声をかけてくれる。
「瑠璃。今、どこだ?」
「……っ……!……んない……」
そう告げると、先輩は「しっかりしろっ!」と一喝した。その言葉にびっくりして、一瞬、涙が止まった。
「周りに何がある?」
「え……と。本屋が……見えます」
「分かった。動くなよ。すぐ行ってやる」
私の答えを待たずに、先輩は電話を切った。スマホを見つめて、私は先輩の声がこれほど安心させてくるものだったんだと感じていた。
☀️ ☀️ ☀️ ☀️ ☀️
グォォォンッ……!
遠くからバイクの音がした。その音にビクビクして、心の中でこっちに来ないでと願った。だけどバイクの音は、だんだん私の方に近付いて来た。
そして私の前で止まった。
私はバイクの方を、見ないようにしていた。だけど、バイクを運転していた人はこっちを見ているのか、視線を感じた。
「瑠璃」
その人から発せられた声は、宮下先輩の声だった。声のした方を見ると、そこにいたのは紛れもなく宮下先輩で、優しい笑顔を向けてくれていた。
「瑠璃」
バイクから降りると、もう一度私の名前を呼んで、私に近寄る。そして私の事を抱き寄せた。
「……良かった」
耳元で聞こえる、優しい声。背中を擦って、落ち着かせてくれる。その状態に恥ずかしくなりながらも、この優しさが嬉しかった。
「……先輩。もう……、大丈夫ですから」
そう言うと、先輩は私の身体を少し離し、そして顔を覗き込んだ。
「本当か?」
「うん……」
「瑠璃」
「本当に大丈夫です。でも……なんで?」
疑問だった。
先輩から電話があったこと。
疑問だった。
「愛理ちゃんから電話来たんだ。いなくなったって」
愛理は心配して、先輩に助けを求めたんだ。
「後で電話してやりな」
「はい……」
そう言って、愛理を思った。万理たちのことを思った。あのまま逃げしまって、心配しただろう。
いつも私の力になってくれてる、親友たちを心配させてしまって、とても申し訳なくなった。
「帰ろう。送るよ」
先輩はそう言った。
「でも……」
「大丈夫だ。安全運転してやるから。それにここら辺、この時間帯は危ないから」
ニカッと笑った顔に、頷くしかなかった。
☀️ ☀️ ☀️ ☀️ ☀️
バイクなんて初めてだった。とても怖い乗り物だって思っていた。街の不良たちが、いつも爆音を鳴らして乗ってるイメージしなかなった。でも先輩の乗るバイクは、そうじゃなかった。
私が後ろに乗ってるからなのかな?
とてもゆっくりと、走ってくれてるような気がした。
風が頬に当たって、痛い。
でもそれは今の私には、心地良い痛みだった。
「瑠璃っ!」
バイクを運転している、宮下先輩がそう私の名前を叫んだ。
「大丈夫かっ!」
声が出ない状態の私は、先輩の背中にしがみつきながら頷いた。
先輩の背中はとても暖かかった……。
バイクは、私がいつも使ってるバス停の近くまで来た。道の脇にバイクを一旦止めた先輩は、後ろに乗ってる私に笑った。
「どっちに行けばいい?」
「あ……。もう、ここでいいです」
そう言ったけど、先輩は険しい顔してこっちを見た。
「ダメだ。もうこんな時間だ。女の子が夜出歩くもんじゃない」
心配してそう言ってくれてる事は分かった。でも私は素直に受ける事が出来なくて、先輩から離れた。
「瑠璃」
「大丈夫です。すぐそこですから」
そう言って、歩き出した。
先輩はそんな私に呆れながら、バイクから降りて、バイクを押しながらついて来た。
「先輩」
「俺が勝手に瑠璃の傍にいるだけだ」
バイクを押しながら、前だけを見て歩くその姿に私は笑った。
「なに笑ってるんだよ」
隣にいる、宮下先輩がそう言っては脹れる。そんな姿が、なんだか子供っぽくてまた笑った。
「やっぱ、瑠璃には笑顔が一番だ」
そう言うと、安心した顔で私を見た。宮下先輩の視線に耐え切れずに、私は話題を変えた。
「せ、先輩っ。バイクなんて持ってたんですね!」
指差したバイクを見て、宮下先輩は笑った。
「おう。でもこれ、兄貴のなんだ」
「先輩、お兄さんいたの?」
「まあな」
「免許……ちゃんと持ってるんですよね」
「当たり前だっ」
「良かった。まだ死にたくない」
「お前な~……」
そんなやり取りをしていたら、心が安心しているのを感じた。
先輩は優しい。
とても優しい。
心から安心出来る。
楽に息が出来る。
何でかな……?
お兄ちゃんと同じ年だからかな?
理由は分からないけど、この場所がとても心地良いんだ。この隣に来れる人は、とても幸せだろうと思う。
家が見えて来た頃。私はある人影に気付いた。家の前に誰かが立っていた。その姿を見つけて、私が立ち止まってしまった。そんな私に、先輩は不思議そうに見る。
「瑠璃?」
「あ……」
「どうした?」
「なんでもないです」
そう言った次の瞬間。家の前にいる人影が、こっちに向かって来た。
「瑠璃っ!」
その人影は、お兄ちゃんだった。
「お、お兄ちゃん……」
その言葉に先輩は兄を見る。お兄ちゃんは先輩を睨んでいた。
「お前、誰だ?」
その声は凄く、機嫌が悪いことが分かる。
「学校の先輩っ」
私は先輩とお兄ちゃんの間に入った。でもお兄ちゃんは、まだ先輩を睨んでいた。そんなお兄ちゃんに、先輩は言った。
「初めまして。宮下柊冶と言います。妹さんを送りに来ました。こんな時間になってしまって申し訳ございません」
いつもの先輩とは違う言葉にびっくりした。
「瑠璃」
お兄ちゃんは私を見ると、家に入るように促した。でもこのまま先輩を残して、家に入ることが出来なかった。
でもお兄ちゃんは先輩に対して、何も言わなかった。そして、先輩が押して来たバイクに目を向けた。
「バイク?」
お兄ちゃんがそう呟くように言うと、宮下先輩は目を輝かせて言った。
「好きなんですか?」
「おうっ!今、教習所通ってて。で、バイトもしてるから金貯めてホレた女、ケツに乗せんの」
その話に宮下先輩は食い付いた。
「いいよな~、それ。俺もいつか自分の欲しい~!これ、兄貴のなんで」
それから暫くふたりで、私には分からないバイクの話で盛り上がっていた。傍にいる私の事なんか放っておいて……。
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