第6話

 カラン……。


 喫茶店の扉が開いて、そっちに顔を向ける。そこに立っていたのはリキと弘敬ひろゆき、そして俊夫だった。

「リキ!弘敬と俊夫も一緒だったの?」

「おう。一緒だったところに、お前から電話入ったんだよ」

 そう言って隣のテーブルに座る。

「あ。そうそう。博、いなかったぜ」

「そう……」

 小声で私は答える。

 博くんはどこに行ったんだろう。

 練習……かな。

 不安で仕方ない顔をしていたのか、弘敬が私の頭を叩く。

「イタッ」

「んな顔してんなよ」

「……」

「お前は笑ってろ。笑ってねーと、ブスが余計にブスになる」

 弘敬はそう言う。

 これは弘敬なりの優しさ。

「もう、ブスなんて相変わらず失礼なヤツっ」

 プイと、私は横を向く。

 それを見て笑うみんな。



「相変わらずだな、お前と弘敬は」

 リキがそう言ってくる。

「だから、お前は弘敬が好きなのかと思った」

「へ?」

「あ。それは私も思った!」

 万理も同じことを言って来た。

 私と弘敬が……てありえないのに。

「もう、何言ってるのよ」

「そうだ。俺とこいつなんてありえねー」

 ふたりでこうして言い合うのは、久しぶりだった。



 私は、この空間がとても好きだった。



 私と弘敬は、いつもふたりでこうして言い合っていた。だから周りから「付き合ってるの?」と言われることは、よくあったんだ。

 だけど弘敬は、気の合う男友達のまま。



 好きなのは博くんなんだから。



「そういや、博ん家のおばさんが言ってたぜ」

 俊夫がそう話し出した。その俊夫に視線が集まる。

「最近、帰りが遅いって」

「……そう……なの?」

 声が出てこない。

 普段、彼はどこで何をしているの?

 どんな生活をしているの?

 私にはそれが分からない。



 彼のことを知りたい。

 もっと知りたい。



 これじゃ、付き合う前と一緒。

 片想いしている時と同じだよ……。



 俯いた私に!弘敬がバン!と背中を叩いた。

「そうやっていたってしょうがねーだろ。お前、博をもっと信じろよ」

 顔を上げて弘敬を見る。

 そこには昔と変わらない、ヤンチャな弘敬の顔があった。

 そしてリキや俊夫に美紀たち。みんな、私を心配してくれて集まってくれた。



「なぁ。こうしててもしょうがねぇからさ。カラオケ行こうぜ」

 場の空気が悪くなりそうな時。いつもリキが何かを提案してくる。

「そうね。カラオケ行こうよ」

「でも……」

「今日は思いっきり歌って、また考えればいいじゃん」

 弘敬もそうやって笑う。そして、伝票を持ってレジへと向かう。



(早い…)

 相変わらず、行動が早い。その早さについていけない時がある。

 リキたちは弘敬に続いて、立っていた。レジのところに行くと、弘敬は私たち女子の分まで、支払ってくれていた。

「弘敬。カッコつけ過ぎ」

 弘敬に向かって言うと、顔を真っ赤にしてこっちを見た。

「高校生になったんだ。それくらいカッコつけさせろよ」

 前を歩く後姿。

 その背中は、中学の時よりも頼もしく見えた。





     ☀️ ☀️ ☀️ ☀️ ☀️




 この町で唯一あるカラオケボックス。そこはいつも学生で一杯だ。

「あちゃ~。やっぱいっぱいかぁ」

 俊夫はそう頭を掻いた。

「どうする?駅、行く?」

 後ろを振り返って聞いてきた。

「いいよ」

「どうせ、ヒマだし」

 万理も美紀もそう答える。それに異論する気は私にはない。

「じゃ、行こうぜ」

 来た道を戻って行く。道を歩いていると、後輩たちと擦れ違う。顔を知ってる子も知らない子もいるけど、リキが有名だから、必ず声がかかる。

「お前ら、寄り道すんなっ」

 そう言ってるけど、リキ。あんたも同じこと、してたしこれからもするでしょ。

 呆れ顔のみんなは笑う。



「なんだよ~」

 笑ったみんなを振り返って脹れる。

「いや、相変わらず有名人」

「ほんと、顔が広い」

 リキは乱暴者だけど、先輩後輩に人気のある子だった。見かけとは逆に、優しいところがある。

 だから、みんなに慕われるんだ。



 みんなとバスに乗って、駅の方へ向かう。そのバスの中でも、リキたちがギャーギャー騒いでて、ほんと迷惑。でもそんな姿を見るのが大好きで、自然と笑顔になった。

 さっきまで笑顔は作り出さないと出来なかったのに、リキたちの行動を見ていると自然に出てきちゃうんだ。

 大好きな親友たち。

 彼らがいてくれるから、私は榛南中から転校してもやっていられたんだ。



 高校も怖かった。

 愛理がいてくれるだけで安心するのに、こうしてまたみんなと会えるって信じていられたから、怖さはどこかへいってしまったんだ。


 みんなと一緒にいる時間がこのまま続きますように……て。

 あの頃、よく祈ってた。



「……り。瑠璃!」

 呼ばれて振り返った。

「もう、何ボーとしてるのよ」

「駅、着くよ」

 そう言われるのと同時に、駅に到着した。バスはロータリーの中に滑り込んで、そして止まった。

 みんなでバスを降りて、カラオケボックスに向かった。



「しかし、あの町は不便だよなぁ」

 俊夫はそう言う。

「ロクに遊ぶ場所がねぇ」

「でも嫌いじゃないでしょ」

「まぁな。あの町は居易い」

「お前らと会った場所だしな」

「……よくそんなセリフ、言えるね~」

 万理はリキたちを振り返った。その万理の言葉に、なんだか可笑しくなって笑った。



 駅から少し歩いたところに、カラオケ店が何店舗かある。その1店に私たちは入った。

「え~じゃ、とりあえず4時間で!」

 リキがそう言っていた。

 もう、4時間……て。

 勝手に決めてるし。

「この人数だと、少ないかもな」

 な~んて言いながら、部屋へと入って行く。

 入ると同時に、リモコンでナンバーを入れ始めたリキ。そんなリキに呆れながらも笑ってしまった。

 結局、カラオケは2時間だけじゃ足りず、2時間延長した。




     ☀️ ☀️ ☀️ ☀️ ☀️




「いや~、久しぶりに歌たったぁ!」

 と、大声で言うリキ。

 会計を済ませてカラオケ店を出る。

「もう、リキったらそんな大声で」

 愛理は呆れた声を出して、ため息を吐いた。いろんな話をしながら、歩道をみんなで並んで歩いていた。

「ハラ減ったけど、どうする?」

「食べて行こうか」

 話は決まり、ファミレスへと足が向いていた。




 だけど……。

 私は見てしまった。




 道の向こう側。

 ファミレスはその先にある。みんなで横断歩道の前で信号待ちしている間、私の目に映ったのは、大好きな人の姿。


 

 彼が、繭子と一緒にいたんだ。

 私服姿の繭子と彼。

 ふたりは並んで笑っていた。



 そのふたりに気付いて、私は足が止まった。信号が変わっても、動くことが出来なかった。そんな私に気付いて、弘敬が私の目線の先を見た。

 その先を見た弘敬は、息を飲んだ。弘敬がそっちを見ていたから、他のみんなも自然とそっちへと視線が映り、同じように動けなかった。

 それくらい、ふたりは自然な状態で並んでいたんだ。


 

 繭子は博くんの腕に自分の腕を絡ませて、幸せそうに笑っていた。そんな繭子に優しい目で笑っている博くん。



 その顔を見たくはなかった。その顔を見ていいのは、私の筈なのに。




 ねぇ。

 なんで?

 なんで、彼女と一緒なの?




 ねぇ。

 なんで?

 私はどうなるの?




 ねぇ。

 なんで?




 なんで?




 なんで?




 なんで?




 なんで?




 グルグルグルグル……。

 頭の中を回る、言葉。




 なんで?




 グルグルグルグル…………。




 理解が出来ない。




 ねぇ。




 私は……。

 どうすればいい?




 ねぇ。

 博くん。




 私のこと、もう……。




 気付いたら、私はみんなから、そして博くんから逃げていた。みんなが私の名前を呼んでいても、振り返らずに逃げていた。呼ばれてるのに、気付かないでいたんだと思う。周りで何が起きたのか、どうなっているのか、それすら分からないでいた。

 そのくらい、私の頭の中は混乱していて……。






「……ぁ……っ……はぁ……はぁ……っ」

 走ったせいで、息遣いが荒い。

 路地に入り込んでしまった私は、その場にうずくってしまった。

 そして涙が止まらなくなっていて……。 

 視界が悪くなっていた。



「……んで……っく……なん……で……」

 泣きながら、考えてた。

 本当は博くん、私のことは好きじゃなかったんじゃないかって。

 あんな告白されたから、断れなくて私と付き合って。こんな私だから、みんなの前で宣言して私を安心させて。

 受験生だからっていう理由で、私にキスもしてこなかったのは、本当は恋愛対象に入ってなかったんじゃないかって。



 違う。

 本当は分かってた。


 

 博くんは、私のこと、友達以上には見ていないんだってこと。

 本当は知ってた……。






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