第8話

「じゃ、柊冶。また来いよ」

 なんか仲良くなっていていた、お兄ちゃんと先輩。連絡先を交換していた。

 その光景が、なんだか不思議だった。


「お前、まだそこにいたの?」

 呆気に取られている、私にお兄ちゃんが言った。

「お兄ちゃん……。なに私の先輩と仲良くなってんの」

 呆れた私は先輩を見た。

「先輩も、お兄ちゃんを煽らないで下さいね」

 宮下先輩は、あははっと笑って私を見た。

「お前、面白い兄ちゃん持ったな」

「面白くないですよ」

 人の部屋に勝手に入ったり、博くんに睨みを効かす兄なんて。




 博くん……。




 頭の中をあの映像が過ぎった。一瞬にして暗い表情になった私に、お兄ちゃんと宮下先輩が気付いた。ふたりの視線が、こっちに向いてるのが分かる。

 その視線に耐えられなくて無理に笑って、家の中に入って行った。



 家の中に入って、心配していた両親の顔を見ないで、部屋に閉じこもる。ベッドに置いてある、大好きなクッションを抱えてうずくまる。

 私はどうしたらいいのか、分からなくなっていた。


 あんな現場を見てしまって、みんなの前から逃げて。みんなに心配かけて。愛理が心配して先、輩にまで連絡いって。



(私……、どうしたらいいの?)




 博くん。

 私、博くんが大好きなんだよ。

 でも。

 博くんはそうじゃないの?

 今まで一緒にいた時間は、なんだったの?



 私、博くんのことが分からないよ。

 ねぇ。

 博くんはどう思ってるの???



 暫くそうしていたら、外でバイクの音がした。先輩がバイクを走らせて、帰って行ったんだと思った。

 それにも反応することなく、クッションに顔を埋めて、ただひたすらに泣いた。




     ☀️ ☀️ ☀️ ☀️ ☀️




 ガチャッ。

 部屋のドアが開いた音がして、私の傍に誰かが来た配がした。そして私の前にしゃがみ込んで、頭を撫でる。

「瑠璃」

 お兄ちゃんが私の名前を呼んだ。私はそっと顔を上げて、お兄ちゃんを見た。涙でグチャグチャになってる私を抱きしめて、そっと背中を擦る。

「柊冶から聞いた」

 先輩はお兄ちゃんに何があったのか、話したんだ。お兄ちゃんはそれ以上、何も言わないで、ただ私が落ち着くのを待っていた。



「瑠璃」

 暫く背中を擦っていたお兄ちゃんは、もう一度私の名前を呼ぶと言った。

「お前は博が好きなんだろ」

 黙って頷く私をきつく抱きしめて、ふっと笑った。

「お前はまだガキだな……」

 そう言っては、私の頬を触った。

 涙でいっぱいの目。

 そっと拭ってくれるお兄ちゃんが、優しかった。



「なぁ、瑠璃」 

 やっと落ち着いた私をまだ抱きしめて、お兄ちゃんは言う。この兄は妹の私が思うくらいに、シスコンだって思う。

 私がこうして泣いている時。昔から今してくれてるように、抱きしめてなだめてくれていた。



「お前は相手を想うだけが、愛だと思ってるか?」

 優しい声でお兄ちゃんは笑う。

「兄ちゃんはな、惚れた女が幸せならそれでいいって思うんだ」

 優しいせつない目をして言うお兄ちゃんが、なんだか遠くにいるようで寂しかった。

「お前はまだそう思えないか?」

 お兄ちゃんの言葉が、胸に突き刺さる。



 私、博くんの幸せを祈ったこと、あったのかな?

 受験する時だって、博くんのレベルまで達しなくて、博くんにレベル下げて一緒の学校に行こうって言った。



 それって、博くんの幸せを祈ってない……よね。





 そう思ったら、申し訳なくて。

 自分が恥ずかしくて。

 それがまた落ち込ませた。




 そんな私に気付いたのか、頭に手を置くお兄ちゃん。

「ハラ、減っただろ。母さんがメシ用意してくれてるから」

 そう言うと、お兄ちゃんは私の手を取って立ち上がった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る