第2章 夏

第1話

「暑いっ」

 半袖から見える腕に、陽射しが痛い。

「瑠璃~!」

 後ろから走ってくる愛理を待つ。

「ねぇ。聞いて聞いて!」

 朝から腕を捕まえて、私に話を振ってくる。



 最近の愛理の話はもっぱら彼氏の話。

 中学のクラスメートの、輝夫。

 通称、輝ちゃん。



 ふたりが付き合い出したって聞いた時、かなり驚いた。

「昨日、輝ちゃんがね」

 キラキラとした目で、私に話をしてくる。そんな愛理が可愛いと思える。



 ふたりでギャーギャー騒ぎながら、教室まで行く。教室ではいつものような視線が浴びせられる。今もまだ宮下先輩に気に入られてる私を睨む、沢村を始めとする女子たち。そんな目を気にしないって言ったら嘘になるけど、私は気にしないようにしていた。


 そういう態度を取る私と愛理。

 それを冷たい目線を向ける女子たち。

 そしてそれを面白がってる男子。

 そんな1年2組。

 1年2組の噂は、全学年に広まってる。

 だから部の先輩たちは、私たちふたりのことを心配してくれてる。部の先輩たちは、私たちのことをよく理解してくれてるから、そして何より私たちより大人だ。


 でも、宮下先輩の力が大きいのかもしれない。貢一先輩も私たちを庇うようにしてくれてるのか、休み時間になるとちょこちょこと宮下先輩と一緒に、1年2組に姿を現す。そのことが余計に反感を喰らうのか、女子たちに睨まれることが多いだけど。



「また睨んでるね~……」

 と、愛理。呑気な声を出す。

「ほら、沢村なんか形相が凄いよ~」

 なんてからかうかのように言うから、沢村は余計に顔を真っ赤にして睨んでくる。

「愛理。いい加減にしなよ」

 そう言ってはみるが、愛理はやめようとはしない。沢村をみてはケラケラと笑ってる。



 ダンダンダン……!

 足音を響かせて、沢村はこっちに近付いて来た。その表情は今にも爆発しそうだった。

「清水!」

 バン!

 私の机を叩く。目の前で叩いた、その手を見ないフリをしている愛理。

 私はハラハラした。

 私には、こういう愛理を止めることは出来ないから。



「ちょっと!」

 もう一度、沢村は叫ぶ。

「あんた、いい加減にしなさいよ!」

 沢村の目は力を持っていた。でもその目には負けない、愛理がそこにいる。ゆっくりと沢村を見ると、ひとこと言った。

「あ。いたの?」

 それ、やっちゃダメだってば。



 私の心の中の思いとは裏腹に、愛理は沢村にケンカを吹っ掛けている。ま、沢村も沢村で、ウザイことしてるわけだけどね。



 ふたりのやりとりは、つまらない学校生活で唯一の楽しみのように、クラスメートたちは煽ってる。それを聞く度に、私はイライラを募らせる。

 今もまた男子たちがふたりを煽ってる。




「沢村!清水に負けんなっ!」

「清水!沢村なんかに負けんなよ!」




 その言葉がイライラさせる。

 どうも、このクラスは頭に来ることばかり。こういうことを面白がってるなんて。

「白井。お前がこのケンカの元凶なのに、何、しらっとしてんだよ」

 クラスの男子にそう声をかけられた。1年2組の中でも一際目立ってる男子。他のクラスの女の子にも人気がある、倉沢孝。声をかけられたのは、初めてかもしれない。



「おい」

 私は倉沢を無視して、窓の外を見ていた。

「白井。清水はお前の親友だろ。止めないのか?」

 私は倉沢を見上げてから、愛理に視線を移した。

「止めても無駄。ああなったら、あの子を止められるのは私じゃない」

 あんな状況の愛理を止められるのは、私じゃない。中学の時、よくああやってケンカをしてた。あのクラスは仲は良かったけど、ケンカもよくやった。ケンカをする程、仲がいいって言うくらい。そのケンカの中心は、いつも愛理だった。

 そしてその愛理を止めていたのは、輝ちゃんだった。

「止められない?」

「うん。あの子は昔からああだから」

 そう言うと、私は倉沢を見上げる。

「お前ら、中学一緒だっけ?」

「2年までね。3年の時、私、転校したから」

「なるほど」

 倉沢は優しい目をしていた。そして愛理を見ると、呆れた顔をして言った。

「女って怖ぇ……」

 そのセリフ、女の私の前で言う?私を女扱いしてないってことだよね。ま、私はあなたには興味ないから、女扱いされても困るだけだけどね。



「愛理。そろそろ止めたら?予鈴、鳴ったよ」

 愛理にそう声をかけると、私はまた窓の外を見た。グラウンドに体育の為に出るクラスが目に入った。

 3年生だろうか。1年生よりとても大人っぽい。キャーキャー言いながら楽しそうに歩いていた。



 あんな風にみんなと仲良くしたいのになぁ。あのクラスがあまりにも仲良かったから、今のクラスがつまらなく見えるんだ。




     ☀️ ☀️ ☀️ ☀️ ☀️




 授業中、後ろの方から手紙が回って来た。ノートの切れ端の手紙。

 その相手は倉沢だった。

 手紙にはこう書かれていた。




 《白井へ



 いつもクラスのヤツらに嫌がらせ受けてて平気な顔してるけど、本当に平気なの?

 清水は向かっていくけど、お前はそんなことしないし。

 俺はクラス委員としてお前らが心配だ。

 お前はいつも何を考えているのか分からない。

 もう少し、クラスに馴染もうとしてもいいんじゃないのか?

 もう少し、自分をさらけ出してもいいんじゃないのか?



 俺はお前のことをもっと知りたい。



 俺と話す機会をくれ。

 放課後、教室で待ってるから。








       倉沢孝》





 その手紙を読んで困ってしまった。

(これって、どういうこと……???)

 私、もしかして好意を持たれてる?


 なんで?


 頭の中、グルグルとハテナが回ってる。今まで話したことない倉沢に、好意を持たれるなんて、思わない。


 じゃ、なんで???




     ☀️ ☀️ ☀️ ☀️ ☀️   




「え」

 昼休み、愛理に話していた。倉沢から回って来た、手紙のこと。愛理にその手紙を渡して、そして反応を待つ。

 私には判断出来ないこと。

「……放課後、話したいかぁ」

 愛理は呟いて、そして笑った。

「いいじゃない。話してみれば?」

 なんて軽いことを言ってくる。私がそんなこと、出来ないのを知ってて言って来るんだから。

「愛理っ」

「瑠璃は、博のことばっかり見すぎなの。他にも目を向けてもいいと思うよ」

 そんな愛理の言葉も分かる気はするんだけど。それでも私には彼しかいないから。

 それを知ってるくせに言う。

「瑠璃。友達としてなら話してもいいんじゃないの?そんなに構えなくても」

(友達……)

 私にとっての友達は!あのクラスの子たちしかいない。あいつらといると気が楽だ。

 でも、今のクラスは気が重いだけ。

 放課後の第2音楽室にいる時は、楽な気持ちでいられるけど。

 教室は結構辛いんだ。

 倉沢はそんな私に、気付いているんだろうか。


 教室にいる私は、息をしていない。傍に博くんがいない。

 彼の傍には、今、繭子がいる。

 放課後のグラウンドにも、繭子がいる。


 なんで同じ学校じゃないんだろう……。



 そう思ってしまう自分がイヤだ。彼を束縛したくはないのに。いつも傍にいて欲しいと願う。私以外を見ないでって。



 そんな私だから、教室で起こってる事には興味なくて。

 いつもひとりで窓の外を見てる。

 愛理はそんな私を心配しているみたいだ。



「依存、しすぎだよ」

 そう言われた。

「でも。ひとりじゃ心配だ」

「え」

 愛理の言葉の意味が分からなかった。

「私も一緒に放課後いてあげる。倉沢がなんかしてきても、私が守ってあげるわ」

 その言葉に目が点になる。

「……ちょ、ちょっと!どうしてそうなるのよっ」

 叫ぶ私を完全に無視して、楽しそうにする。

 愛理の暴走は放課後にまで続いた。





 

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