第3話 気まぐれな提案②
「いま、なんて?」
確認を取るように訊くと、新倉はけろっとした顔で再度口を開く。
「私が天ちゃんの代わりになってあげようかなって」
「か、代わり? それは、つまりぃ……なに?」
「考えてた夏の計画が全部ダメになっちゃったんでしょ? なら私がその穴埋めをしてあげようかなって」
「あな、うめ?」
OK、ちょっと待て、わけが分からん。
「うん。その、要はね? 夏休み中は私が水瀬くんの思い出作りに付き合ってあげるよってこと。えーっと……ほら、いわゆる擬似彼女みたいな?」
──ぎ、ぎじ?
え、なにそれ、なにこの急展開。
「想像してた天ちゃんと比べたら満足はし足りないだろうけど、でも、だからってこのまま何も出来ずに夏が過ぎてっちゃうのもヤでしょ?」
「……た、確かに?」
「なら遠慮しなくていいよ。したいこと、行きたいとこ言ってくれれば私何でも付き合うからさ。私なりに水瀬くんの彼女っぽく振る舞ってみせるから」
「……」
落ち着け、マジで落ち着け俺。一旦ここまでの状況を整理しよう。
その、つまり? 完膚なきまでに西川天音にフラれた俺を気の毒に思って、代わりにこの新倉安沙乃が夏休み中『だけ』俺の彼女、本人曰く擬似彼女ってわけで西川天音の代役を買って出てくれてるってわけか?
穴埋め──失恋した空虚な穴を埋める、いわば彼女の代替品?
……それは……こう、なんだろう、どう言い表せばいいんだろう、この気持ちは……。
「やっぱ、私なんかじゃ不満かな? 大した魅力ないもんね」
「い、いやいやっ、別にそういう意味で黙ってたんじゃなくて、ただその、色々唐突すぎて一体どうすりゃいいもんかなーと分かんなくなっちゃって」
そう弁明すると、新倉は安堵したのかホッと息を吐く。
「あはは、確かにちょっと急すぎたかも。けど、このまま水瀬くんを放っておくのは目撃者の私としては忍びないし、少しでも心の支えになれたらいいなって思って」
「そう言ってくれるのは有り難いけど……でも、俺とは数時間前まで何の接点もない他人同士だったわけで……新倉さん、俺のことなんも知らないだろうし、得体が知れないだろ?」
「んー、まあそれはそうかもだけど、ここまで見てきた感じ水瀬くん悪い人じゃなさそうだし、多分大丈夫かなって」
そんな曖昧な。危機感なさすぎないかこの子。
「新倉さんにも夏休み中、俺以外の誰かと過ごしたい予定とかあるだろ? だからそんな無理しなくても」
「私のことは気にしなくていいよ〜。友達あんまいないし、部活も入ってないし、基本ずっと暇だし」
「え。そ、そうなの?」
「うん。だって見れば分かるでしょ? ︎︎私地味だもん」
……地味?
確かに、特別な華があるわけではないとは思うが、とはいえ顔立ちは綺麗に整っているし、そこまで卑下して言うほどではないと思うのだが。
「天ちゃんは私のこと可愛いって言ってくれるけど、私自身はとてもそうは思えないんだよね。他の子と比べて見ても私はオシャレとか精通してないから見劣りするし」
「別に、オシャレなんか気にしなくても、新倉さんは今のままでも十分に可愛い……ぞ?」
「え、ほんと〜? お世辞でもそう言ってくれると嬉しいよ〜」
「お世話じゃないって、真面目に」
「ありがと〜。それでどうかな、天ちゃんの代わりは私に務まりそうかな?」
……なんか、あからさまに話題を逸らされたな。
まあ、そういう面に触れられたくないならそうしておくけど。
で、一時的にとはいえ、新倉が俺の彼女に、か。
実際に想像してみれば全然悪くない。こう言ってはいるが、新倉は女の子として十分に魅力的で可愛いし、むしろ西川天音と比べて見れば新倉の方が気さくで接しやすくて現実味があるとまで言える。
総じて、良くも悪くも俺の身の丈に合った相手である。……ただ、
「──ちょっと、ちょーっと、少し! ︎︎……お、落ち着いて考える時間が欲しい。だってまだ、好きな子にフラれたばっかで、色々動揺してて」
フラれてすぐに、別の女子に切り替えるってのもなんだか情けない話だ。
しかも、切り替えるその相手ってのも西川天音の友達って、西川天音がそれを知ったら見境ない男だって余計に軽蔑してきそうだしな……。
「まあそっか、そうだよね、まだ心の整理がついてないもんね。でも否定はしないんだ?」
「あー……その、せっかくこう気遣ってはくれてるし、それ相応にちゃんと考えて結論を出したいっていうか」
そう言うと、新倉は納得したように頷く。
「うん、分かったよ。じゃあ今日はひとまずそれで保留ってことで」
「あ、ありがとう」
「ううん、私こそ色々勝手なこと言ってるのに耳傾けてくれてありがとね。せっかくLINEも交換したし、これからは気軽に私に声掛けてくれていいよ?」
「西川さんの前ではなるべく控えときたいかな、うん」
「大丈夫だよ、私が上手いことフォローするから」
「いや、俺のメンタル的に」
今日の明日で合わせる顔がなさすぎる。
「……ちなみにだけど、水瀬くんは女の子に告白したのって天ちゃんが初めて?」
「え? あ、う、うん、そうだけど」
「へぇ。なんだか女の子を相手にするの手馴れてるっぽいから、そういう経験けっこうあるのかなって思っちゃった」
「いやいやまさか、新倉さんが思ってるほど俺なんて大した男じゃないから」
俗に言う見掛け倒しというヤツだ。生まれ持った内面なんてそう易々と変えられるもんじゃない。
「そっかぁ。私もね、恋愛経験全くないから、もしためになるアドバイスでもあれば聞いとこっかなって思ったんだけど」
「恋愛、興味あるの?」
「あるかないかで訊かれたら若干あるかなぁ」
新倉はそう言い、飲み切ったバニラシェイクのストローをズコズコ音を立てて吸う。
「将来的には素敵な旦那さんと一つ屋根の下で幸せに暮らしたいって、女の子ならみんなある程度はそう想像しちゃう一つの憧れだよね。それに独身って響きもなんかヤじゃん?」
「そう、だな?」
「うん。だからね、今日から水瀬くんとの交流を今後の参考にしたいなって思ってるんだ。何をどう話せば男の子は喜んでくれるのかなーとか、どういう趣味があるのかなーとか」
「な、なるほど」
つまり言い換えれば、新倉にとって俺は都合のいい練習台──いやいやそんな偏屈な解釈しちゃダメだろう。新倉自身は本当にただ純粋に俺を気遣ってくれてるんだろうし。
「とは言っても、こんな私が男の子とお付き合いする姿なんて全然想像つかないんだけどね。男の子って心の中じゃ何考えてるのかよく分かんなくて怖いし」
「……それは、俺はどうなんだ? 俺は怖いって思わないの?」
「んー、今のところは特に何も。むしろ優しくていい人だなって感じてる」
いい人、か。意気地なしの間違いじゃないかな。
「心の中は分かんなくても見た感じの雰囲気でさ、それとなく察しはつくもんじゃん。この人は自己中そうだーとか、頭良さそうだーとか。私から見て水瀬くんは……こう、顔つきが温厚で話しやすいなって」
……温厚。嬉しいような微妙なような。
「私こう見えてけっこう気が弱いから、水瀬くんみたいな雰囲気が落ち着いてる男の子が好きだよ」
「──ッ。そ、そっか……あ、ありがとう」
予期せぬ『好き』で不覚にもドキッとさせられる。
対して新倉は平然とし、動揺する俺を見て不思議そうに小首を傾げていた。
……これまで、色んなタイプの女子と関わってきたつもりではいたが、これほどにまで『淡泊』と評する他ない独自色の女子は初めて見る。
「? どしたの?」
「い、いや、なんでも」
無自覚に俺の心を惑わせる西川天音の友達兼クラスメイト、新倉安沙乃。
学年一の美少女と目される彼女の友人枠というポジに居るだけあって、その人柄は少し特別で一癖二癖ある油断ならない存在だった。
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